『弁道話』を読む――はじめに#
道元禅師の『正法眼蔵』は、曹洞宗の根本の書でありながら、宗門の僧侶にとっても読みこなすのがむずかしい書物です。このシリーズでは、その第一巻『弁道話』を、原文・現代語訳・解説をそろえて、仏教の予備知識のない方にも読んでいただけるよう、九回に分けて読んでいきます。
『弁道話』という書物#
『弁道話』は、道元禅師が坐禅の意義を、はじめて仏法にふれる人にも向けて説き示された書物です。「弁道」とは、仏道に力を尽くし、道をわきまえ究めることをいいます。「話」とあるとおり、堅い論書というよりは、語りかけるような和文で書かれています。
巻末の奥書には「寛喜辛卯中秋日 入宋伝法沙門道元記」とあり、寛喜三年(1231年)の秋に記されたことがわかります。宋から帰国されて四年後、興聖寺を開かれる前年のことで、禅師の最も早い時期の著作の一つです。
もともとは『正法眼蔵』の一巻として書かれたものではなく、のちの編集の過程で加えられ、本山版(九十五巻本)で第一巻に置かれました。坐禅を正門とする仏法の全体像を最初に示すこの巻が、九十五巻の入り口に置かれていることには、大きな意味があると受けとめられています。詳しくは第一回の解説をご覧ください。
全体の構成と目次#
『弁道話』は、坐禅の意義を説く前半の論述と、読者の疑問に一つずつ答えていく十八の問答、そして全体の結びから成っています。このシリーズでは、内容の切れ目にしたがって、次の九回に分けました。
| 回 | 題 | 内容 |
|---|---|---|
| 第一回 | 序 | 坐禅を説く理由、禅師の求法の歩み、仏法の伝来 |
| 第二回 | 自受用三昧の功徳 | 仏祖が歩んできた坐禅の道と、一人ひとときの坐禅の功徳 |
| 第三回 | 問答一 坐禅は仏法の正門 | 問1〜問3 なぜ坐禅だけをすすめるのか、ただ坐るだけで何になるのか |
| 第四回 | 問答二 教の殊劣を論ぜず | 問4〜問6 ほかの教え・修行の項目・ふるまいと坐禅 |
| 第五回 | 問答三 修証一等 | 問7〜問9 さとった人に坐禅は要るのか、なぜ先人はこの法を伝えなかったのか |
| 第六回 | 問答四 心常相滅の見 | 問10 からだは滅びても心は常住、という考えをめぐって |
| 第七回 | 問答五 戒律・兼修・在家・末法 | 問11〜問15 戒律、ほかの行との兼修、在家の修行、末の世の修行 |
| 第八回 | 問答六 即心是仏と正信 | 問16〜問18 即心是仏と知れば修行は要らないのか、わが国の人でも証を得られるのか |
| 第九回 | 結び | 問答を終えて全体を結ぶ段と、奥書 |
各回の読み方#
各回は、次の順に並んでいます。
- 原文 底本の本文を、段落ごとに【1】【2】…と番号を付けて載せています。仮名づかいは底本のままです。問答の回には、読みやすさのために(問1)(答1)などの小見出しを付けましたが、これは原文にはありません。
- 現代語訳 原文の段落番号と対応させて訳しています。( )内は原文にない語を補ったものです。仏教語や人名は訳さずに残し、「語注」で説明しています。
- 解説 その段で道元禅師が示されていることを、坐禅や日々の暮らしとのつながりとともに、順にたどります。
- 読みの分かれるところ 『正法眼蔵』には、言葉の取り方によって意味が変わる箇所が数多くあります。主なものを取り上げ、考えられる読み方を並べました。一つの読みを唯一の正解とはせず、読みの幅をそのまま示しています。
- 参考 底本と、参照した資料です。
原文が難しく感じられるときは、まず現代語訳と解説を読み、そのあとで原文に戻っていただくのもよいと思います。声に出して原文を読むと、禅師の語りの調子が伝わってきます。
底本と参照資料#
- 底本:『正法眼蔵』本山版(九十五巻本)第一「辦道話」
- 参照:曹洞宗宗務庁『Treasury of the True Dharma Eye: Dōgen's Shōbōgenzō』Vol. VII(Sōtō Zen Text Project、2023)
- 人名や年代の確かめ、読みの分かれる箇所の参考として用いました。本文中で「宗務庁版英訳」と呼んでいるのは、この書物のことです。
解説は、曹洞宗の宗門の立場から書いています。
坐ることへ#
『弁道話』は、読んで理解することにとどまらず、実際に坐ることを繰り返しすすめています。このシリーズを読んで坐禅をしてみたいと思われた方は、寺院の坐禅会などで、指導を受けながら坐ってみてください(第九回の解説もご覧ください)。