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一顆明珠(二)尽十方世界の拈提#

前回読んだ玄沙と僧の問答を、道元禅師が「尽十方世界」「是一顆明珠」から玄沙の最後のことばまで、一句ずつ順に取りあげて示してゆく八つの段落を読む回です。

原文#

「尽十方世界」#

【1】いま道取する「尽十方世界是一顆明珠(じんじっぽうせかいぜいっかみょうじゅ)」、はじめて玄沙にあり。その宗旨は、尽十方世界(じんじっぽうせかい)は、広大にあらず、微小にあらず、方円にあらず、中正にあらず、活鱍鱍(かっぱつぱつ)にあらず、露迥迥(ろけいけい)にあらず、さらに生死去来(しょうじきょらい)にあらざるゆゑに生死去来なり。恁麼(いんも)のゆゑに、昔日曾此去(せきじつぞうしこ)にして、而今従此来(にこんじゅうしらい)なり。究辨(ぐうべん)するに、たれか片片(へんぺん)なりと見徹するあらん、たれか兀兀(ごつごつ)なりと撿挙(けんこ)するあらん。

【2】尽十方といふは、逐物為己(ちくもついこ)、逐己為物(ちくこいもつ)の未休(みきゅう)なり。情生智隔(じょうしょうちきゃく)を隔(きゃく)と道取する、これ回頭換面(かいとうかんめん)なり、展事投機(てんじとうき)なり。逐己為物のゆゑに、未休なる尽十方なり。機先の道理なるゆゑに、機要の管得(かんとく)にあまれることあり。

「是一顆明珠」#

【3】是一顆珠(ぜいっかじゅ)は、いまだ名にあらざれども道得(どうとく)なり、これを名に認じきたることあり。一顆珠は、直須万年(じきしゅばんねん)なり。亙古未了(ごうこみりょう)なるに亙今到来なり。身今(しんこん)あり、心今(しんこん)ありといへども明珠なり。彼此(ひし)の草木(そうもく)にあらず、乾坤(けんこん)の山河(せんが)にあらず、明珠なり。

「学人如何会得」#

【4】学人如何会得。この道取は、たとひ僧の弄業識(ろうごっしき)に相似せりとも、大用現前是大軌則(だいゆうげんぜんこれだいきそく)なり。すすみて一尺水、一尺波を突兀(とつごつ)ならしむべし。いはゆる一丈珠、一丈明なり。

「用会作麼」#

【5】いはゆるの道得を道取するに、玄沙の道(どう)は「尽十方世界是一顆明珠、用会作麼(ようえそも)」なり。この道取は、仏は仏に嗣(し)し、祖は祖に嗣す、玄沙は玄沙に嗣する道得なり。嗣せざらんと廻避(かいひ)せんに、廻避のところなかるべきにあらざれども、しばらく灼然(しゃくねん)廻避するも、道取生(どうしゅしょう)あるは現前の蓋時節(がいじせつ)なり。

来日の問と僧の答#

【6】「玄沙来日問其僧(らいじつもんごそう)、尽十方世界是一顆明珠、汝作麼生会(にょそもさんえ)」。これは道取す、昨日説定法(さくじつせつじょうほう)なる、今日二枚をかりて出気す。今日説不定法(こんにちせつふじょうほう)なり、推倒昨日点頭笑(すいとうさくじつてんとうしょう)なり。「僧曰、尽十方世界是一顆明珠、用会作麼」。いふべし、騎賊馬逐賊(きぞくばちくぞく)なり。

【7】古仏為汝説(こぶついにょせつ)するには、異類中行(いるいちゅうぎょう)なり。しばらく回光返照(えこうへんしょう)すべし、幾箇枚(いくこまい)の用会作麼かある。試道(しどう)するには、乳餅(にゅうびょう)七枚、菜餅(さいびょう)五枚なりといへども、湘之南(しょうしなん)、潭之北(たんしほく)の教行(きょうぎょう)なり。

「黒山鬼窟裏作活計」#

【8】「玄沙曰、知汝向黒山鬼窟裏作活計(ちにょこうこくさんきくつりさかっけい)」。しるべし、日面月面(にちめんがちめん)は往古よりいまだ不換なり。日面は日面とともに共出(ぐうしゅつ)す、月面は月面とともに共出するゆゑに、若六月道正是時(にゃくろくがつどうしょうぜじ)、不可道我性熱(ふかどうがしょうねつ)也なり。

現代語訳#

原文は【1】〜【8】の八段落で、前回読んだ玄沙(げんしゃ)と僧との問答(第一回の【10】〜【15】)の句を、道元禅師が順に取りあげて拈提する部分にあたります。訳文も原文の段落ごとにつけ、原文の小見出しに従って並べました。小見出しは内容を示すために付けたもので、原文にはありません。( )内は、原文にない語を補ったもの、または直前の語の言い換え・読みです。漢文の句は、まず「 」で書き下しを示し、続けて( )で現代語訳を示しました。書き下しは本書の読みで、底本に付された訓ではありません。仏教語・禅語・道元禅師の用語(尽十方世界(じんじっぽうせかい)・一顆明珠(いっかみょうじゅ)・道取・道得(どうとく)・宗旨・生死去来(しょうじきょらい)・恁麼(いんも)・究辨(ぐうべん)・見徹・片片(へんぺん)・兀兀(ごつごつ)・撿挙(けんこ)・未休(みきゅう)・回頭換面(かいとうかんめん)・展事投機(てんじとうき)・機先・機要・管得(かんとく)・弄業識(ろうごっしき)・大用・軌則・突兀(とつごつ)・嗣・廻避(かいひ)・灼然(しゃくねん)・道取生(どうしゅしょう)・蓋時節(がいじせつ)・定法・不定法・出気・異類中行(いるいちゅうぎょう)・回光返照(えこうへんしょう)・教行(きょうぎょう)・活計・日面月面(にちめんがちめん)・共出(ぐうしゅつ)など)は訳さずに残し、段落の後の「語注」で短く説明しました。この範囲は一句ごとに読みの分かれる拈提が続きます。訳文には一つの訳を置き、訳文の語の選び方で一つの読みに寄りすぎないよう、原文の語はなるべく残しました。主な読みの幅は末尾の「読みの分かれるところ」に挙げました。

「尽十方世界」#

【1】いま道取している(言い表している)「尽十方世界は、是れ一顆の明珠なり」(十方を尽くした全世界は、一つぶの明珠である)ということばは、玄沙に始まる。その宗旨は(こうである)。尽十方世界は、広大なのでもなく、微小なのでもなく、方(四角)でもなく円(まる)でもなく、中正(かたよらずまっすぐ)でもなく、活鱍鱍(かっぱつぱつ)(魚がはねるように生き生きしている)でもなく、露迥迥(ろけいけい)(あらわに、はるかに見えている)でもない。さらに、生死去来ではないがゆえに、生死去来である。恁麼(そのよう)であるがゆえに、「昔日は曾て此(ここ)を去り」であって、「而今(いま)は此従(よ)り来る」である(昔日〔むかし〕かつてここから去り、而今〔いま〕ここから来る)。究辨してみれば(究めつくして見きわめるならば)、だれが(尽十方世界を)片片(ばらばらの切れはし)であると見徹する(見とおす)ことがあろうか。だれが兀兀(じっと動かずに定まっている)であると撿挙する(取りあげて示す)ことがあろうか。

語注

  • いま道取する:いま(ここで)言い表している、取りあげている。「道取」は、言うこと・言い表すこと。道元禅師がよく用いる語で、訳さずに残した。誰が「いま」道取しているのか(道元禅師がいまこの巻で取りあげている、の意か、問題になっている句そのもの、の意か)は示されていない。
  • 尽十方世界是一顆明珠(じんじっぽうせかいぜいっかみょうじゅ):書き下しは「尽十方世界は、是れ一顆の明珠なり」とした。【5】【6】では、問答の中の句として「尽十方世界、是れ一顆の明珠」と読んだ。前回の【10】の示衆では「一箇明珠」と書かれ、【11】の僧の問い以下では「一顆明珠」となっている。
    • 尽十方世界:十方(東西南北・その間の四方・上下)をことごとく尽くした世界。全世界、全宇宙。訳さずに残した。
    • 一顆明珠:一つぶの、明るく輝く珠。「顆」は粒・玉を数える語。宗務庁版英訳は "one bright pearl" と訳す。
  • はじめて玄沙にあり:この句は玄沙に始まる、玄沙がはじめて言った、の意に取った。宗務庁版英訳も「玄沙に始まる」と訳す。
  • 宗旨:むね、要旨、根本の趣旨。訳さずに残した。
  • 広大・微小・方円・中正:大きい・小さい、四角・まる、かたよらずまっすぐ(中ほどで正しい)。尽十方世界を、大小・形・位置などの尺度でとらえることを、一つずつ退けていく列挙と取った。
  • 活鱍鱍:宗務庁版英訳の注では、魚がはねる、すばやく力強い動きを言う中国語の慣用句とされる。生き生きとしたさま。訳さずに残した。
  • 露迥迥:宗務庁版英訳の注では、「はっきり見えている」とも「はるか遠くまで見わたされる」とも取れる語で、「露迥迥」「露回回」とも書かれる、とされる。
  • 生死去来:生まれ死に、去り来ること。宗務庁版英訳の注では、禅籍や『正法眼蔵』によく出る、生まれ変わり(輪廻)の過程を言う語で、道元禅師が何度か用いる「生死去来、真実人体」(生死去来は真実の人体である)の句にも見える、とされる。訳さずに残した。
  • 生死去来にあらざるゆゑに生死去来なり:生死去来ではないがゆえに生死去来である。前の「〜にあらず」の列挙とは違い、否定したものを、その否定を理由にして肯定する形になっている。この「ゆゑに」のつながりの取り方は解説で扱う(→読みの分かれるところ)。
  • 恁麼:そのよう、このよう(中国の口語)。訳さずに残した。「恁麼のゆゑに」で、そうであるから。
  • 昔日曾此去(せきじつぞうしこ)にして、而今従此来(にこんじゅうしらい)なり:書き下しは「昔日は曾て此を去り/而今は此従り来る」とした。漢文の句に和文の「にして」「なり」をつないだ文。宗務庁版英訳の注では、和文と漢文の語順を混ぜた文で、おそらく如浄禅師の語をふまえる、とされる。如浄禅師が浄慈寺の住持に再び就いたとき、山門を指して(自らを寺名で「浄慈」と呼び)「昔日、浄慈は曾て此より去り、浄慈は此より又還り来(き)たる」という意のことを言った、と『如浄和尚語録』に見えるという。また同じ注は、この文を、「尽十方世界」が去来する(生死去来なり)とも、去来しない(生死去来にあらず)とも言ったことの説明――「尽十方世界」であるから、すべての去来はその内で起こる――かもしれない、とする。「去る」「来る」の主語は原文に示されていない(→読みの分かれるところ)。
    • 昔日:むかし。曾:かつて。而今:いま。
  • 究辨:究め尽くしてわきまえること、究め明らかにすること。訳さずに残した。
  • 見徹:見とおすこと、見ぬくこと。
  • 片片:きれぎれ、ばらばら。宗務庁版英訳の注では、禅籍ではおそらく「赤心片片」(むき出しの真心が片片である)の句で最もよく見かける語、とされる。訳さずに残した。
  • 兀兀:宗務庁版英訳の注では、とくに坐禅の姿勢とその心のありようと結びつく語、とされる。じっと動かずに定まっているさま。訳さずに残した。
  • 撿挙:取りあげて調べ、示すこと(「撿」は「検」に同じ)。訳さずに残した。
  • たれか…あらん:だれが…することがあろうか。反語(だれもそうはしない・できない)に取った。二つの問いが、尽十方世界を「片片」とも「兀兀」とも言えないことを言うのか、それとも「片片」「兀兀」と見る者がいないことを惜しむ(だれがそこまで見徹しえようか)のかは読みが分かれる。

【2】尽十方というのは、「物を逐(お)うて己と為し、己を逐うて物と為す」(物を追いもとめて〔それを〕己とし、己を追いもとめて〔それを〕物とする)ことが、未休である(やむことがない)ということである。「情、生ずれば、智、隔つ」(情念が生じると、智は隔てられる)を「隔」と道取する、これが回頭換面(頭をめぐらし、顔をかえること)であり、展事投機(事をくりひろげて示し、機にかなうこと)である。「己を逐うて物と為す」がゆえに、未休である尽十方である。機先の道理であるがゆえに、機要の管得(とりおさえること)にあまるところがある。

語注

  • 逐物為己(ちくもついこ)、逐己為物(ちくこいもつ):書き下しは「物を逐うて己と為し、己を逐うて物と為す」とした。「逐」は、おう・追いもとめる。宗務庁版英訳の注では、漢文に切りかえて何かの語を引くような書き方だが、知られた典拠はない、とし、禅籍によく見える言い方をふまえるかもしれないとして、鏡清道怤(864–937)の語「衆生顛倒、迷己逐物」(衆生は顛倒して、己に迷い物を逐う)を挙げる(→読みの分かれるところ)。
  • 未休:いまだ休まない、やむことがない。訳さずに残した。
  • 情生智隔(じょうしょうちきゃく):書き下しは「情、生ずれば、智、隔つ」とした。「情」は、心のはたらき・情念・分別、「智」は、ちえ。宗務庁版英訳の注では、この句が、ある僧と報慈蔵嶼(生没年不明)との問答に出る句をふまえる、とされる。僧が「古人に『情生智隔、想変体殊』(情生ずれば智隔たり、想変ずれば体殊なる)という語があると聞きますが、情がまだ生じないときはどうですか」と問うと、報慈は「隔」と答えた、という問答で、『聯灯会要』に見える。
  • 情生智隔を隔(きゃく)と道取する:「情生智隔」(について)を「隔」と言うこと。上の報慈の問答で、情がまだ生じないときについても「隔」と答えたことを指すと取るか、より一般に、「情生智隔」をそのまま「隔(へだたり)」だと言うことと取るかで読みが分かれる。訳文は字句どおりに訳した。宗務庁版英訳は「『情生智隔』を『隔』と呼ぶこと」と訳す(→読みの分かれるところ)。
  • 回頭換面:書き下しは「頭を回らし、面を換う」。頭をめぐらせ、顔をかえる。宗務庁版英訳の注では、「ういとうかんめん」とも読み、禅籍によく見える句で、さまざまに解されてきた、とし、ここではおそらく、智とその隔たり(隔)とが離れず互いに依っていることを言うか、とされる。訳さずに残した。
  • 展事投機:書き下しは「事を展べ、機に投ず」。宗務庁版英訳の注では、禅籍で並べて用いられる二語で、「展事」は自分がほんとうに思うところを言い表すこと、「投機」は相手(多くは師)の理解にぴたりとかなうこと、とされる。訳さずに残した。
  • 逐己為物のゆゑに、未休なる尽十方なり:前文の二句のうち「逐己為物」だけを取りあげる。宗務庁版英訳はここを「逐物為己」にあたる語(pursuing things as the self)で訳している。本書は本文のまま「己を逐うて物と為す」で訳した。
  • 機先・機要・管得:「機」は、はたらき・はずみ・機縁。「機先」は、はたらきの先(はたらきが起こる前)、「機要」は、はたらきのかなめ。「管得」は、管轄し、とりおさえること。宗務庁版英訳の注は、この文を、「尽十方世界」はその現象としてのはたらきに先立つので、その本質ははたらきを通してはつかみきれない、の意か、とし、訳は「機先」「機要」の語の並びを残そうとして無理をした、と断っている。主語は原文に示されていない(尽十方世界と取るのが自然)。語を訳さずに残した。

「是一顆明珠」#

【3】「是一顆珠(ぜいっかじゅ)」は、いまだ名ではないけれども、道得(言いえたことば)である。(それなのに)これを名と認めてきたことがある。一顆珠は、「直に須く万年なるべし」(まさしく、万年でなければならない)である。「古に亙りて未だ了らず」であるのに、「今に亙りて到来す」である(古〔いにしえ〕にわたってまだ終わらないうちに、今にわたって到来している)。身今(しんこん)があり、心今(しんこん)があるといっても、(それは)明珠である。彼此(ひし)(あちらこちら)の草木(そうもく)ではなく、乾坤(けんこん)(天地)の山河(せんが)ではなく、明珠である。

語注

  • 是一顆珠:玄沙の句「尽十方世界是一顆明珠」の後半を取りあげたもの(「明珠」が「珠」になっている)。宗務庁版英訳の注では、「是」を、繋辞(「是れ〜なり」)でなく、指示語(「この」)と読んで「この一顆珠」と訳した、とされる。訳文は原文の語を残し、どちらの読みにも寄せなかった(→読みの分かれるところ)。
  • いまだ名にあらざれども道得なり、これを名に認じきたることあり:「名」は、なまえ・名目。「道得」は、言いえたこと・言いえたことば(「道取」と並んで道元禅師がよく用いる語)。「認ず」は、認める・そうだと受けとる。宗務庁版英訳の注では、「名」の意味ははっきりしない、とし、おそらく「一顆珠」はもともと術語ではないのに、この句に用いられたために術語として扱われるようになった、ということか、とされる(→読みの分かれるところ)。
  • 直須万年(じきしゅばんねん):書き下しは「直に須く万年なるべし」とした。宗務庁版英訳の注では、石霜慶諸(807–888)の語とされる句をふまえる、とされる。宗務庁版英訳はこの句を「きっと万年はかかるであろう」の意に訳す。訳文は書き下しに沿って訳し、どれほどの時を言うか(万年かかるものである、の意か、そのまま万年である、の意か)は決めなかった。
  • 亙古未了(ごうこみりょう)なるに亙今到来なり:「亙古未了」を「古に亙りて未だ了らず」、「亙今到来」を「今に亙りて到来す」と書き下した。「亙」は、わたる。宗務庁版英訳の注では、歴史全体にわたることを言う慣用句「亙古亙今」(古に亙り今に亙る)による言い方、とされる。宗務庁版英訳は、古にわたるものがまだ終わらないうちに、今にわたるものがすでに到来している、の意に訳す。
  • 身今あり、心今あり:身の今があり、心の今がある。宗務庁版英訳の注では、「いまの身心」を戯れに言いかえたものにすぎないかもしれないが、「身が今あり、心が今ある」とも区切って読める、とされる。訳文は語を残した。
  • 明珠なり:主語は原文に示されていない。訳文は(それは)と補うにとどめた。宗務庁版英訳は、この「身今あり……明珠なり」の「明珠なり」を複数の主語(they)で受けて訳している。続く段落末の「明珠なり」については、宗務庁版英訳の注に、主語は示されていないが「この一顆珠」と取って訳した、とある。
  • 彼此・乾坤:「彼此」は、かれとこれ、あちらこちら。「乾坤」は、天と地。訳文は( )で言いかえた。

「学人如何会得」#

【4】「学人、如何んが会得せん」(学人〔わたくし〕は、どのように会得したらよいのでしょうか)。この道取(問いのことば)は、たとえ僧が業識を弄している(迷いの思いにとらわれて、もてあそんでいる)のに似ているとしても、「大用現前は是れ大軌則なり」(大用が現前していることが、そのまま大いなる軌則である)である。進んで、一尺の水に一尺の波を突兀と(高々とそそり立つように)立たせるべきである。いわゆる、一丈の珠には一丈の明(ひかり)、である。

語注

  • 学人如何会得:前回の僧の問い(第一回の【11】)の後半。書き下しは「学人、如何んが会得せん」とした。「学人」は、修行者。僧が自分をへりくだって言う語。「会得」は、理解すること・のみこむこと。
  • この道取:この(僧の問いの)ことば。
  • 弄業識:業識を弄すること。宗務庁版英訳の注では、迷いの思いにとらわれていることを言う、禅籍によく見える表現、とされる。「業識」は、業(行為とその余力)によって起こる迷いの心のはたらき。訳さずに残した。
  • たとひ…相似せりとも:たとえ…に似ているとしても。僧の問いが、見かけは弄業識(ありきたりの迷いの問い)に似ている、という譲歩に取った(→読みの分かれるところ)。
  • 大用現前是大軌則(だいゆうげんぜんこれだいきそく):書き下しは「大用現前は是れ大軌則なり」とした(「なり」は本文の和文)。「大用」は、大いなるはたらき、「現前」は、目の前に現れていること、「軌則」は、のり・きまり・規範。宗務庁版英訳は、この句を「前」の字のない「大用現是大軌則」の形で読み、その注では、この形を、「大いなるはたらきの現れは軌則にとどまらない」という意の成句を逆にしたもの、とし、僧のありきたりに見える問いが「大用」を言い表している、ということか、とする。その成句の漢文の形と出所は、注には示されていない。底本の字句でも文意は通るので、本文のまま「大用現前は是れ大軌則」と訳した(→読みの分かれるところ)。
  • 一尺水、一尺波を突兀ならしむべし:一尺の水(が・に)、一尺の波を突兀とさせるべきである。「突兀」は、高く突き出てそびえるさま。訳さずに残した。宗務庁版英訳の注では、僧の問いは浅いけれども、それで完全である、という意か、とし、この句と次の句は、『宏智禅師広録』に見える偈の句「一尺水、一丈波」(一尺の水に一丈の波)をもじったものであろう、とされる。「すすみて」の主語(学人・読者・僧)は示されていない。
  • 一丈珠、一丈明:一丈の珠、一丈の明(ひかり)。「一尺」は約30センチ、「一丈」はその十倍。上の「一尺水、一尺波」と同じく、大きさが等しいことを言う言い方と取った。

「用会作麼」#

【5】いわゆる(その)道得を道取するにあたって、玄沙の道(ことば)は、「尽十方世界、是れ一顆の明珠、会(え)を用いて麼(なに)にか作(な)さん」(尽十方世界は一つぶの明珠である。会得してどうしようというのか)である。この道取は、仏は仏に嗣ぎ、祖は祖に嗣ぎ、玄沙は玄沙に嗣ぐ、という道得である。嗣ぐまいとして廻避しようとするとき、廻避するところがありえないというのではないけれども、しばらくはっきりと(灼然と)廻避したとしても、道取生(そのことば)があるのは、現前の蓋時節(目の前の、すべてを覆う時節)である。

語注

  • いはゆるの道得を道取するに:いわゆる(その)道得を道取するに。何を指して「いはゆるの道得」と言うのか(【4】の僧の問い「学人如何会得」か、玄沙の句「尽十方世界是一顆明珠」か)、またそれに答えて言うことか、その句をあらためて言うことか、は読みが分かれる。宗務庁版英訳は「(玄沙が)その言明をするにあたって」の意に訳す。
  • 尽十方世界是一顆明珠、用会作麼(ようえそも):前回の玄沙の答え(第一回の【12】)。書き下しは「尽十方世界、是れ一顆の明珠、会を用いて麼にか作さん」とした。「用会作麼」は、会(会得・理解)を用いて何をしようというのか、会得してどうするのか。宗務庁版英訳は "What's the use of understanding it?"(それを理解して何の役に立つのか)と訳す。
  • 嗣(し)す:嗣ぐ、受け継ぐ。仏祖から仏祖へ法が受け継がれる(嗣法)の「嗣」。訳文は「嗣ぐ」とした。
  • 仏は仏に嗣し、祖は祖に嗣す、玄沙は玄沙に嗣する:「AはAに嗣す」の形が三つ重なる。「玄沙は玄沙に嗣する」を、玄沙のことばが玄沙自身から出て玄沙自身に受け継がれる、の意に取るか、その他の読みを取るかは解説で扱う(→読みの分かれるところ)。
  • 廻避:さけること、のがれること。訳さずに残した。主語は原文に示されていない(宗務庁版英訳は玄沙と取って訳す)(→読みの分かれるところ)。
  • 廻避のところなかるべきにあらざれども:廻避するところがないはずだ、というわけではないけれども。二重の否定で、(廻避しようと思えば)廻避する余地はある、の意に取った。
  • 灼然:はっきりと、あきらかに。訳さずに( )で残した。
  • 道取生:宗務庁版英訳の注では、「どうしゅせい」とも読み、単に「ことば」と取ればよく、「生」は強めの口語の接尾辞としてはたらいている、とされる。訳さずに残した。
  • 蓋時節:宗務庁版英訳の注では、珍しい表現で、「蓋天」(天全体)・「蓋地」(地全体)のような語にならって作られたものであろう、とし、「あらゆる時(all time)」と訳す。またこの文全体を、解しにくい文で訳は仮のもの、と断ったうえで、玄沙が別の言い方をして(この句を嗣ぐことを廻避して)いたかもしれないとしても、この句そのものは常に目の前にある、という意か、とする。訳文は語を残し、( )に字義を添えるにとどめた(→読みの分かれるところ)。

来日の問と僧の答#

【6】「玄沙、来日、其の僧に問う、『尽十方世界、是れ一顆の明珠、汝、作麼生(そもさん)か会す』」(玄沙は翌日、その僧に問うた。「尽十方世界は一つぶの明珠である。おまえはどう会得するか」)。これは(こう)道取している。「昨日は定法を説く」(昨日は定法を説いた)であった(その口が)、今日は二枚(上下の唇)を借りて出気する(息を吐き出す、ものを言う)。(これは)「今日は不定法を説く」であり、「昨日を推倒し、点頭して笑う」(昨日〔のことば〕をおし倒して、うなずいて笑う)である。「僧曰く、『尽十方世界、是れ一顆の明珠、会を用いて麼にか作さん』」(僧は言った。「尽十方世界は一つぶの明珠である。会得してどうしようというのか」)。言うべきである、(これは)「賊馬に騎(の)りて賊を逐う」(賊の馬に乗って賊を追う)である、と。

語注

  • 玄沙来日問其僧(らいじつもんごそう)…汝作麼生会(にょそもさんえ):前回の問答の句(第一回の【13】)を、主語を「玄沙」とし、「却」を除いて引いたもの。書き下しは「玄沙、来日、其の僧に問う」とした。「来日」は、翌日。「作麼生」は、どのように(中国の口語)。
  • これは道取す:これ(玄沙の来日の問い)は、(次のように)言っている。以下の「昨日説定法(さくじつせつじょうほう)」「今日説不定法(こんにちせつふじょうほう)」「推倒昨日点頭笑(すいとうさくじつてんとうしょう)」で、玄沙の問いを言いかえていると取った(→読みの分かれるところ)。
  • 昨日説定法・今日説不定法:書き下しは「昨日は定法を説く」「今日は不定法を説く」とした。「定法」は、定まった法、「不定法」は、定まらない法。宗務庁版英訳の注では、『聯灯会要』に見える釈尊(世尊)の語による、とされる。外道が世尊に「昨日は何の法を説いたか」と問うと「定法を説いた」と答え、「今日は何の法を説くか」と問うと「不定法を説く」と答え、「昨日は定法を説いたのに、今日はなぜ不定法を説くのか」と問うと「昨日は定、今日は不定」と答えた、という話である。訳さずに残した。
  • 昨日説定法なる、今日二枚をかりて出気す:「昨日説定法」である(者が)、今日は二枚を借りて出気する。昨日(前回の玄沙の答え「用会作麼」)を「定法」、今日の問い「汝作麼生会」を「不定法」に当てて読むものと取った。「なる、」のあとに主語を補う読み方には幅がある(→読みの分かれるところ)。
  • 二枚をかりて出気す:宗務庁版英訳の注では、「二枚」はおそらく唇を指し、「出気」(息を出す)はものを言うことを指す、とし、この言い方は「身心学道」の巻の「仏祖の鼻孔をかりて出気せしめ」という言い方と同じ組み立てである、とされる。訳文は( )にこの注による字義を添えた。
  • 推倒昨日点頭笑:書き下しは「昨日を推倒し、点頭して笑う」とした。「推倒」は、おし倒す、「点頭」は、うなずく。宗務庁版英訳の注では、「点頭笑」はよく見られる決まった言い方で、語順を逆にした「笑点頭」の形の方が多い、とされる。
  • 僧曰…用会作麼:前回の僧の答え(第一回の【14】)。書き下しは「僧曰く、『尽十方世界、是れ一顆の明珠、会を用いて麼にか作さん』」とした。僧は、前日の玄沙の答えをそのまま玄沙に返している。
  • 騎賊馬逐賊(きぞくばちくぞく):書き下しは「賊馬に騎りて賊を逐う」とした。宗務庁版英訳の注では、相手の言ったことをその相手に向けて返すことを言う、よく見られる慣用句(「追う」の動詞はいろいろに入れかわる)、とされる。ここでは、僧が玄沙のことばで玄沙に答えたことを言うと取った。それを肯定して言うのか、否定して言うのかは原文に示されていない(→読みの分かれるところ)。
  • いふべし:言うべきである、こう言わなければならない。

【7】「古仏、汝が為に説く」(古仏がおまえのために説く)というのは、異類中行である。しばらく回光返照せよ(光をめぐらして、自己を照らし返してみよ)。幾箇枚(いくこまい)の(いくつの)「用会作麼」があるか。試みに道(い)う(言ってみる)ならば、乳餅(にゅうびょう)七枚、菜餅(さいびょう)五枚であるけれども、(それは)「湘の南、潭の北」の教行である。

語注

  • 古仏為汝説(こぶついにょせつ):書き下しは「古仏、汝が為に説く」とした。「古仏」は、いにしえの仏、また、すぐれた祖師を仏と仰いで言う語。ここで誰を指すか(玄沙か、仏祖一般か)は原文に示されていない。宗務庁版英訳の注では、「汝」を話の中の僧と取り、この段全体を道元禅師がその僧に直接語りかけたものとして訳した(別の読み方もありうるが)、とされる。
  • 異類中行:書き下しは「異類中に行く」。宗務庁版英訳の注では、道元禅師の著作によく出る決まった言い方で、ふつう、仏・菩薩がさまざまな姿の衆生のあいだに入って救いのはたらきをすることを言う、とされる。訳さずに残した。
  • 回光返照:書き下しは「光を回らし、返照す」。宗務庁版英訳の注では、仏道の修行を、外の世界でなく自己を学ぶことと言うときに用いる、禅籍によく見える慣用句、とされる。訳さずに残した。
  • 幾箇枚の用会作麼かある:いくつの「用会作麼」があるか。「幾箇」は、いくつ、「枚」は、平たいもの・薄いものを数える語で、後の「乳餅七枚、菜餅五枚」の「枚」と響き合う。宗務庁版英訳は "how many instances"(いくつの例)と訳す。問いかけとして、答えを求めるものか、反語か、は決めなかった。
  • 試道(しどう):書き下しは「試みに道う」。試しに言ってみる。
  • 乳餅七枚、菜餅五枚:乳でつくった餅が七枚、菜でつくった餅が五枚。宗務庁版英訳の注では、「ありきたりの食事」「つつましい食べもの」の意か、とし、『如浄和尚語録』の、斎時(昼の食事)に乳餅と菜餅を出すことを言う句をふまえるかもしれない、とされる。ただしその典拠の句では、乳餅は三枚、菜餅は七枚であり、本文の「乳餅七枚、菜餅五枚」とは数が違う。訳文は本文の数のまま訳した。
  • 湘之南(しょうしなん)、潭之北(たんしほく):書き下しは「湘の南、潭の北」。宗務庁版英訳の注では、応真(生没年不明)が無縫塔について詠んだ偈の句「湘之南、潭之北、中に黄金有りて一国に充つ」(湘の南、潭の北、その中に黄金があって一国を満たす)による、とされる(『景徳伝灯録』)。「湘」「潭」は、ふつう今の湖南省の湘州・潭州を指すとされるが、正確な場所については見方が分かれ、句の意は一般に「どこでも」と受けとられている、とし、ここでは、僧の問いは平凡に見えても普遍的な意味をもつ、と道元禅師は言っているのであろう、とする。
  • 教行:教えと行(修行)。訳さずに残した。

「黒山鬼窟裏作活計」#

【8】「玄沙曰く、『知る、汝が黒山鬼窟裏(こくさんきくつり)に向かって活計を作すことを』」(玄沙は言った。「わかったぞ、おまえが黒山の鬼窟の中で活計を立てている〔暮らしを営んでいる〕ことが」)。知るべきである、日面月面は、往古(むかし)からいまだ換わっていない(とりかえられたことがない)。日面は日面とともに共出し、月面は月面とともに共出する(ともに出る)がゆえに、「若し六月正(まさ)に是れ時と道うも、我が性、熱と道うべからざるなり」である(もし六月に「まさしくこれ時である」と言っても、わが性は熱だ、と言ってはならない)。

語注

  • 玄沙曰、知汝向黒山鬼窟裏作活計(ちにょこうこくさんきくつりさかっけい):前回の玄沙の最後のことば(第一回の【15】)。前回の「師曰」が、ここでは「玄沙曰」となっている。書き下しは「玄沙曰く、『知る、汝が黒山鬼窟裏に向かって活計を作すことを』」とした。
    • 黒山鬼窟:黒い山の鬼のすむ洞窟。宗務庁版英訳の注では、決まりきった知的・精神的な立場にとじこもっていることを言う、禅籍によく見えるたとえ、とされる。訳さずに残した。
    • 活計:生計、暮らしの手だて。「活計を作す」で、暮らしを立てる・そこで日々をいとなむ。訳さずに残した。
    • この玄沙のことばを、僧をたしなめたもの(叱責)と取るか、それ以外の受けとめ方をするかは、【8】の拈提の読みと結びつく(→読みの分かれるところ)。
  • しるべし:知るべきである。
  • 日面月面:日の面と月の面。宗務庁版英訳の注では、『仏名経』に見える二仏の名(日面仏・月面仏)を指すこともあり、また馬祖道一(709–788)の名高い語をふまえることもある、としたうえで、ここではまちがいなく玄沙と僧を指し、玄沙の問いは玄沙の問い、僧の問いは僧の問いである、の意であろう、とされる。訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
  • 不換:換わらない、とりかえない。訳文は「換わっていない」とした。
  • 共出:ともに出ること。宗務庁版英訳の注では、「日面は日面とともに共出す」を、日はただ日であり、月はただ月である、の意とする。訳さずに残した。
  • 若六月道正是時(にゃくろくがつどうしょうぜじ)、不可道我性熱(ふかどうがしょうねつ)也:書き下しは「若し六月正に是れ時と道うも、我が性、熱と道うべからざるなり」とした。宗務庁版英訳の注では、薬山惟儼(751–834)の語とし、『嘉泰普灯録』に見える話を引く。その話の大意は、ある役人が薬山に「和尚の姓は何か」と問うと、薬山は「正是時」(まさしくこれ時なり)と答え、役人がとまどって知事(寺の役僧)に問うと、知事は「姓は韓(寒と同音)です」と答えた、それを聞いた薬山が「若し六月に正是時と言ったら、わが姓は熱だと言ってはならない」と言った、というものである。
    • 性/姓:底本の本文は「我性熱也」で「性」。宗務庁版英訳はここを「姓」の字で読み、その注が引く典拠の話も「姓」(名字)を問う話である。訳文は本文のまま「性」として「わが性」と訳した。「性」を「姓」と同じ意(同音の字)に取るか、「性」(本性・性質)の意に取るかは読みが分かれる(→読みの分かれるところ)。
    • 也なり:漢文末の「也」に和文の「なり」が続く形。訳文では一つの「〜である」として訳した。
    • 「道うも」:書き下しは「道うも」(〜と言っても)とした。「道わば」(〜と言うならば)と仮定に取る読みもありうる。
    • 正是時:まさしくこれ時である。訳さずに( )で字義を添えた。典拠の話で薬山がなぜ「正是時」と答えたかについて、宗務庁版英訳の注は説明していない。

解説#

はじめに――玄沙と僧の問答から、一句ずつの拈提へ#

前回は、玄沙師備という方の伝(第一回の【1】〜【9】)と、雪峰(せっぽう)とのやりとり、そして、道を得たのちに玄沙が人に示した「尽十方世界是一箇明珠」(第一回の【10】)のことば、さらにそれをめぐる一人の僧との問答(第一回の【11】〜【15】)を読みました。

問答の流れを、もう一度たどっておきましょう。僧が「和尚は『尽十方世界は一顆の明珠である』とおっしゃったと聞きました。学人(わたくし)は、それをどのように会得したらよいのでしょうか」と問います。玄沙は「尽十方世界は一顆の明珠である。会得してどうしようというのか(用会作麼)」と答えました。翌日、玄沙は今度は逆にその僧に、「尽十方世界は一顆の明珠である。おまえはどう会得するか」と問います。僧は、前の日の玄沙の答えをそのまま、「尽十方世界は一顆の明珠である。会得してどうしようというのか」と返しました。そこで玄沙は、「わかったぞ、おまえが黒山の鬼窟の中で活計を立てていることが」と言った、という問答です。

前回の範囲では、この問答は、漢文のまま、説明を添えずに掲げられていました。玄沙の最後のことばが僧をどう評したものなのかも、そこでは語られていませんでした。今回読む八つの段落は、その問答を、道元禅師が一句ずつ取りあげて示してゆく部分です。本書では、このように古人のことばを一句ずつ取りあげて示してゆく部分を「拈提」と呼び、この回の表題にも用いました。

今回の八つの段落と、前回の問答の句との対応は、おおよそ次のようになります。

問答の句(第一回) 今回の段
「尽十方世界」 【1】宗旨――広大にあらず、生死去来
同 【2】尽十方――逐物為己、逐己為物の未休
「是一顆明珠」 【3】是一顆珠――名にあらざれども道得なり
僧の問い「学人如何会得」 【4】大用現前是大軌則
玄沙の答え「用会作麼」 【5】玄沙は玄沙に嗣する道得
翌日の玄沙の問い・僧の答え 【6】定法・不定法、騎賊馬逐賊
同 【7】異類中行、乳餅七枚・菜餅五枚
玄沙の最後のことば「知汝向黒山鬼窟裏作活計」 【8】日面月面、六月道正是時

こうして並べてみると、道元禅師は、玄沙の示した一句(尽十方世界是一顆明珠)を前半と後半に分けて取りあげ、つづいて僧の問い、玄沙の答え、翌日の問い、僧の答え、玄沙の評語と、問答を頭から順に、一つも飛ばさずに取りあげておられることがわかります。とくに、ありきたりにも見えて読み過ごしてしまいそうな僧のことばにも、一段ずつが当てられていることに、まず心をとめておきたいと思います。

なお、前回の【10】では、玄沙の示衆のことばは「一箇明珠」と書かれ、僧の問い以下では「一顆明珠」となっていました。今回の拈提では、すべて「一顆」で取りあげられています。この違いに意味を見るかどうかは、ここでは決めずにおきます。

この巻の奥書(本巻第三回で読みます)には、「爾時嘉禎四年四月十八日、在雍州宇治県観音(かんのん)導利興聖宝林寺示衆」とあります。宇治の興聖寺で、衆に示されたものです。今回の拈提も、修行者たちに向けて示されたことばとして、読んでいきたいと思います。

読み方の手順は、これまでの巻と同じです。まず、ことばとして何が言われているかを字面のうえで確かめ、そのうえで、それが何を指して言われているのかを考えます。今回の範囲は、一句ごとに読みの分かれる拈提がつづきます。解説では、そうした箇所では読みの幅を残したまま要点を述べるにとどめ、主なものを末尾の「読みの分かれるところ」に挙げました。典拠となる祖師の語などは、宗務庁版英訳の注が挙げる範囲で示し、それ以上は補いません。そのうえで、坐禅や日々の修行、暮らしとのつながりを、一つの受けとめ方として申し添えてまいります。

一句一句が短く、しかも次々と別の古人のことばがふまえられていくので、はじめて読む方には、たいへん入りくんだ箇所に見えると思います。どうか、すべてを一度にわかろうとなさらずに、一句ずつ、ゆっくりとお付き合いください。

「尽十方世界」――その宗旨〔【1】〕#

はじめて玄沙にあり#

「いま道取する「尽十方世界是一顆明珠」、はじめて玄沙にあり」(【1】)。

いま取りあげている「尽十方世界是一顆明珠」ということばは、玄沙に始まる、と。

「道取」は、言うこと、言い表すことです。この「いま道取する」が、道元禅師がいまこの巻で取りあげている、という意味なのか、それとも、いま問題にしているこの句そのもの、という意味なのかは、本文からは決められません。いずれにしても、ここで禅師は、これから一句一句をほどいてゆく前に、この句が玄沙のことばであることを、あらためて確かめておられます。

「はじめて玄沙にあり」。これは、玄沙がこの句の作者である、という出どころの確認として読むことができます。けれども同時に、前回読んだ玄沙の伝と重ねてみると、もう少し含みのある言い方にも聞こえます。釣りを好み、舟を南台江に浮かべていた人が、三十歳で山に入り、雪峰のもとで昼夜に辨道(べんどう)し、遍参に出ようとして足の指を石に打ちつけ、そこで猛省した(第一回の【1】【2】)。その玄沙が、「つひにみちをえてのち」(第一回の【10】)、はじめて口にしたことばである、と。尽十方世界が一顆の明珠であるということは、誰かが考え出した世界の説明ではなく、一人の修行者が、身をもって道を得たところから出てきたことばである――そのように受けとめることもできるでしょう。

広大にあらず、微小にあらず#

「その宗旨は、尽十方世界は、広大にあらず、微小にあらず、方円にあらず、中正にあらず、活鱍鱍にあらず、露迥迥にあらず」(【1】)。

「宗旨」は、根本の趣旨です。禅師は、尽十方世界とは何か、を語りはじめるにあたって、まず「〜にあらず」を六つ重ねられます。広大でもなく、微小でもない。四角でもまるでもない。かたよらずまっすぐ、というのでもない。

「尽十方世界」と聞けば、私たちはまず、果てしなく大きなものを思い浮かべます。十方、つまり東西南北とその間の四方、それに上と下、そのすべてを尽くした世界ですから、「広大」と言いたくなります。けれども禅師は、その「広大」をまず退けられます。そして、その反対の「微小」も退けられます。大きいとも小さいとも言わない。形についても、四角とも円いとも言わない。どこかに中心があってまっすぐ正しい、というのでもない。

ここで思い起こされるのは、「現成公案」の巻の大海のたとえです。船に乗って山の見えない沖に出ると、海はただ円く見える。「しかあれど、この大海、まろなるにあらず、方なるにあらず、のこれる海徳、つくすべからざるなり」(『現成公案』第三回【1】)。海は円いのでも四角いのでもない、と。円く見えるのは、見る者の目の届くところがさしあたりそう見えているからであって、海そのものの形ではない、と示されていました。今回の「方円にあらず」も、尽十方世界を、私たちの側の物差しで囲い取ることを退けている点で、どこか響き合うように感じられます。もとより、二つの巻は書かれた時も主題も違いますから、並べて示すにとどめます。

注意したいのは、そのあとの「活鱍鱍にあらず、露迥迥にあらず」です。「活鱍鱍」は、宗務庁版英訳の注によれば、魚がはねる、すばやく力強い動きを言う中国語の慣用句です。「露迥迥」は、同じく宗務庁版英訳の注によれば、「はっきり見えている」とも「はるか遠くまで見わたされる」とも取れる語です。どちらも、字義からすれば、いきいきとしたさま、ありありと現れているさまを言う語で、私たちはつい、よい意味のことばとして受けとりたくなります。禅師は、それさえも退けられます(→読みの分かれるところ)。

大きい・小さいといった物差しを退けるだけなら、まだわかりやすいのです。けれども、「いきいきとしている」「ありありと現れている」という、よい意味に受けとりたくなる語までも退けられる。ここに、この段のきびしさがあるように思います。尽十方世界を、どれほどよい言葉で言い表しても、その言葉で囲ってしまえば、それはもう尽十方世界そのものではない。そう言われているように読むこともできますし、また、広大/微小、方/円のように、対になるものの両方を退けて、対立そのものを越えることが示されている、と読むこともできます(→読みの分かれるところ)。

生死去来にあらざるゆゑに生死去来なり#

「さらに生死去来にあらざるゆゑに生死去来なり」(【1】)。

ここで、言い方が変わります。それまでは「〜にあらず」と退けるばかりでしたが、ここでは、「生死去来ではない、だから生死去来である」と、退けたものを、退けたことを理由にして、そのまま言い切られます。

「生死去来」は、生まれ、死に、去り、来ることです。宗務庁版英訳の注は、禅の書物や『正法眼蔵』によく出る、生まれ変わりの過程を言う語であり、道元禅師がたびたび用いる「生死去来、真実人体」の句にも見える、としています。生死去来は、そのまま真実の人体である、という句です。

では、「生死去来にあらざるゆゑに生死去来なり」とは、どういうことでしょうか。ここも読みの分かれるところです(→読みの分かれるところ)。一つには、尽十方世界は、生死去来というものに限られるものではない、だからこそ、そのまま生死去来として現れている、という、否定を通しての肯定として読むことができます。もう一つには、「あらず」と「なり」とを、どちらか一方に決めずに、同時に言っている、と読むこともできます。

いずれの読みをとるにしても、ここで禅師が、尽十方世界を、生き死にの外にある、何か不動の、遠い世界として語ってはおられない、ということは言えそうです。尽十方世界は、生まれ、死に、去り、来る、そのただ中にある。けれども、生まれ死ぬということに尽きてしまうものでもない。そのように受けとめることができるでしょう。

昔日曾此去にして、而今従此来なり#

「恁麼のゆゑに、昔日曾此去にして、而今従此来なり」(【1】)。

そうであるから、むかしかつてここから去り、いまここから来る、と。

この一句には、宗務庁版英訳の注に、たいへん興味深い指摘があります。この句は、和文と漢文の語順を混ぜた文で、おそらく如浄禅師のことばをふまえている、というのです。如浄禅師が浄慈寺の住持に再び就いたとき、寺の山門を指して、自らを寺の名で「浄慈」と呼び、むかし浄慈はかつてここから去り、浄慈はまたここから還ってきた、という意味のことを言われた、と宗務庁版英訳は注しています。如浄禅師は、道元禅師の本師です。もしこの指摘のとおりであれば、玄沙の句を説くこの段に、禅師はご自身の本師のことばを織りこんでおられることになります。

宗務庁版英訳の注は、さらに、この文は、尽十方世界が去来する(生死去来なり)とも、去来しない(生死去来にあらず)とも言ったことの説明――尽十方世界であるから、すべての去来はその内で起こる――なのかもしれない、としています。去るのも来るのも、尽十方世界の外へ出て行ったり、外から入ってきたりするのではない。去るときも尽十方世界の中を去り、来るときも尽十方世界の中を来る。そのように読むと、前の句の「生死去来にあらざるゆゑに生死去来なり」と、すっと結びつきます。

ただし、ここで「去る」「来る」の主語は、原文に示されていません(→読みの分かれるところ)。尽十方世界が去来するのか、人が去来するのか、主語を立てずに読むのか。「此」は尽十方世界を指すのか、山門のような具体的な場所を指すのか。「にして」で結ばれた二句を、かつて去り、いま来る、と時の前後で読むのか、同時のこととして並べて読むのか。どれも、本文だけからは決めきれません。

私は、この句を読むたびに、朝、山門を出て、夕方、山門をくぐって帰ってくる、日々の出入りの姿を思い浮かべます。出てゆくのも、帰ってくるのも、同じ一つの門です。出てゆくとき、私たちは何かを置いてゆくのでもなく、帰ってくるとき、何かを持ちこむのでもない。むかし去り、いま来る、その全体が、尽十方世界の中のことである。もとより、これは本文から一歩出た、私の受けとめ方です。

たれか片片なりと見徹するあらん、たれか兀兀なりと撿挙するあらん#

「究辨するに、たれか片片なりと見徹するあらん、たれか兀兀なりと撿挙するあらん」(【1】)。

究めつくして見きわめるならば、だれが(尽十方世界を)片片であると見とおすことがあろうか。だれが兀兀であると取りあげて示すことがあろうか、と。

「片片」は、きれぎれ、ばらばら。宗務庁版英訳の注によれば、禅の書物では「赤心片片」(むき出しの真心がきれぎれに現れる)という句で最もよく見かける語です。「兀兀」は、じっと動かずに定まっているさまで、宗務庁版英訳の注は、とくに坐禅の姿勢とその心のありようと結びつく語、としています。

この二つの問いを、反語として読めば、尽十方世界は、ばらばらの切れはしとも、動かない一かたまりとも、言うことはできない、という意味になります(訳文の方向)。けれども、「片片」「兀兀」と見とおし、取りあげて示すことのできる者が、いったいいるだろうか、それほどの者はまれだ、という問いとして読むこともできますし、ばらばらであることと、動かずに定まっていることとを、ともに尽十方世界の一面として示している、と読むこともできます。

宗門の者として、ここで「兀兀」の語が出てくることには、心を動かされます。先に見たとおり、宗務庁版英訳の注も、この語をとくに坐禅の姿勢とその心のありようと結びつく語としています。

その兀兀という語を、禅師はここで、尽十方世界について「たれか兀兀なりと撿挙するあらん」と、問いの形で用いておられます。これをどう受けとめるか。一つの受けとめ方として、坐禅をして兀兀と坐っているとき、私たちは、尽十方世界を兀兀という一つの姿に固めているのではない、ということを思います。坐っているこの身は兀兀として動かない。けれども、その坐禅の中にも、息は出入りし、音は聞こえ、思いは浮かんでは消えてゆきます。片片と言えば片片、兀兀と言えば兀兀。けれども、そのどちらかを取りあげて「これが尽十方世界だ」と言い切ることはできない。兀兀と坐ることは、世界を兀兀に固めることではない――そのように受けとめることもできるのではないでしょうか。もとより、これは段のことばを坐禅に引き寄せて読む者の一つの受けとめ方であり、この句の読みを決めるものではありません。

「尽十方」――逐物為己、逐己為物の未休〔【2】〕#

物を逐うて己と為し、己を逐うて物と為す#

「尽十方といふは、逐物為己、逐己為物の未休なり」(【2】)。

尽十方というのは、物を追いもとめてそれを己とし、己を追いもとめてそれを物とすることが、やむことがない、ということである、と。

【1】では、尽十方世界を「〜にあらず」と退けることから始まりましたが、この段では、「尽十方」とは何かが、正面から言い表されます。そしてそれは、物と己とが、互いに追い、追われて、休むことがない、という姿として示されます。

宗務庁版英訳の注は、この句について、漢文に切りかえて何かのことばを引いているような書き方だが、知られた典拠はない、としています。そのうえで、禅の書物によく見える言い方をふまえるかもしれないとして、鏡清道怤のことば「衆生顛倒、迷己逐物」(衆生は顛倒して、己に迷い物を逐う)を挙げています。

もしこの言い方が下敷きにあるとすれば、ここには大きな転換があることになります。「己に迷って物を逐う」というのは、ふつうは、衆生の顛倒、つまり迷いのありさまを言うことばです。自分を見失って、外のものばかりを追いかけている。ところが禅師は、「物を逐うて己と為し、己を逐うて物と為す」と、物と己との追いかけあいを、両方向に言い、しかもそれを「尽十方といふは」と、尽十方そのもののありようとして言われるのです。

ここも、読みの分かれるところです(→読みの分かれるところ)。物と己とが互いに追い追われて休まないことを、尽十方世界の休みないはたらきとして、肯定的に読むこともできます。また、迷いの姿を言うことばを、あえて尽十方の姿として言いかえたもの、と読むこともできます。「為」を「〜と為す」と読むか「〜と為る」と読むか、「未休」を「やむことがない」と読むか「まだ休んでいない」と読むかでも、受けとめ方は変わってきます。

ここで思い起こされるのは、「現成公案」の巻のはじめのほうの一節です。「自己をはこびて万法を修証するを迷とす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり」(『現成公案』第一回【4】)。自己を運んでいって万法を修証するのは迷いであり、万法が進んできて自己を修証するのはさとりである、と。そこでは、自己から万法へ、万法から自己へ、という二つの向きが対比されていました。今回の「逐物為己、逐己為物」も、物から己へ、己から物へ、という二つの向きを言うものです。ただし、今回はどちらか一方を迷い、他方をさとりとは言わず、二つの向きがともに「未休」であることを、そのまま尽十方と言われます。両者を同じことを言うものとして重ねてよいかどうかは慎重であるべきですが、並べて読むと、禅師が、自己と万法、己と物との関わりを、くり返し、さまざまな角度から見つめておられることが感じられます。

情生智隔を隔と道取する#

「情生智隔を隔と道取する、これ回頭換面なり、展事投機なり」(【2】)。

この句も、典拠を知らないと、ほとんど意味がとれません。宗務庁版英訳の注によれば、これは、ある僧と報慈蔵嶼という禅師との問答をふまえています。僧が、「古人に『情生ずれば智隔たり、想変ずれば体殊なる』ということばがあると聞きます。では、情がまだ生じないときはどうですか」と問うた。報慈は、ただ「隔」と答えた、という問答です(『聯灯会要』)。

情、すなわち心の動きや分別が生じると、智は隔てられる。これは、わかりやすい話です。思いにとらわれると、ものごとがありのままに見えなくなる。そこで僧は、それならば、情がまだ生じないとき、思いが起こる前はどうなのか、と問うたわけです。ところが報慈は、そこでも「隔」と答えた。

禅師は、この「隔」と言うことを、「回頭換面」であり、「展事投機」である、と言われます。「回頭換面」は、頭をめぐらし、顔をかえること。宗務庁版英訳の注は、禅の書物によく見える句で、さまざまに解されてきたとしたうえで、ここではおそらく、智とその隔たりとが離れず互いに依っていることを言うのであろう、としています。「展事投機」は、宗務庁版英訳の注によれば、禅の書物で並べて用いられる二語で、「展事」は自分がほんとうに思うところを言い表すこと、「投機」は相手(多くは師)の理解にぴたりとかなうことです。

「情生智隔を隔と道取する」を、報慈のこの問答を指すと取るのか、より広く、「情生智隔」をそのまま「隔」と言い表すことと取るのか、また、だれが「隔」と道取するのか、は読みが分かれます(→読みの分かれるところ)。

一つの受けとめ方として申しますと、ここには、「隔たりのない、純粋な状態」をどこかに思い描いて、そこへ行こうとする私たちの心の動きに対する、静かな戒めがあるように感じられます。情が生じれば智が隔たる。では、情が生じなければ隔たりはないのか。報慈はそこでも「隔」と言った。隔たりのない世界を、隔たりのある今の外に求めるのではなく、隔たりと言われるそのことを、そのまま言い表す。そのとき、頭をめぐらせば顔が変わるように、隔たりと言われていたものが、別の面を見せる。そう読むこともできるでしょう。

逐己為物のゆゑに、未休なる尽十方なり#

「逐己為物のゆゑに、未休なる尽十方なり」(【2】)。

ここで禅師は、前に挙げた二句のうち、「逐己為物」、己を逐うて物と為す、の方だけを取りあげて、それゆえに未休なる尽十方である、と言われます。

なぜ「逐物為己」ではなく「逐己為物」なのか、本文には説明がありません(→読みの分かれるところ)。なお、宗務庁版英訳は、ここを「逐物為己」にあたる語で訳しています。本書は本文のとおり「己を逐うて物と為す」として読みました。

己を追いもとめて、それを物とする。自分というものを、自分の内に閉じこめておかず、物として、世界の一つ一つとして現してゆく。そのはたらきが休むことなくつづいているからこそ、尽十方は「未休なる尽十方」である。そのように受けとめることもできるかもしれません。もとより、ここは読みの幅の大きいところで、一つの受けとめ方にとどまります。

機先の道理なるゆゑに、機要の管得にあまれることあり#

「機先の道理なるゆゑに、機要の管得にあまれることあり」(【2】)。

「機」は、はたらき、はずみ、機縁。「機先」は、はたらきの先、はたらきが起こる前。「機要」は、はたらきのかなめ。「管得」は、とりおさえること。宗務庁版英訳の注は、この文を、尽十方世界はその現象としてのはたらきに先立つので、その本質ははたらきを通してはつかみきれない、の意か、と推しています。宗務庁版英訳は、訳が「機先」「機要」の語の並びを残そうとして無理をしたものだ、とも断っています。主語も示されておらず、「機」を修行者の機根・機縁の意に取る読みもありえます。

いずれの読みをとるにしても、尽十方には、つかもうとする手からあふれ出るところがある、と受けとめることはできるでしょう。休むことなく物と己とが追い追われる、その未休の尽十方を、「これがそのかなめだ」ととりおさえようとしても、とりおさえきれないものが残る。

坐禅と「未休」#

この段を、坐禅に引き寄せて受けとめてみたいと思います。

坐禅をしていると、思いはつぎつぎに浮かんできます。浮かんだ思いを追いかけ、追いかけているうちに、また別の思いに追いかけられる。「逐物為己、逐己為物」を、そのような心の動きに重ねて読みたくなる方もおられるでしょう。そして、坐禅とは、その追いかけっこを止めて、静かな一点に落ち着くことだ、と考えたくなります。

けれども、この段は、尽十方を「未休」として語ります。物と己との行き来がやむことのないこと、それが尽十方である、と。そうであれば、坐禅は、その未休をむりに止めようとすることではないのかもしれません。報慈は、情がまだ生じないときにも「隔」と言いました。思いが起こる前の、何もない状態をつくり出して、そこに安住しようとしても、それもまた一つの隔たりになってしまう。

禅師は「弁道話」で、「いまをしふる功夫弁道は、証上に万法をあらしめ、出路に一如を行ずるなり」(『弁道話』第一回【3】)と言われました。いま教える功夫弁道は、証の上に万法をあらしめ、出路において一如を行ずるものである、と。万法をなくしてしまうのではなく、万法をあらしめる。坐禅の中で、思いが浮かんでも、音が聞こえても、それを追いかけもせず、追い払いもしない。休むことのない尽十方のはたらきの中に、ただ身を置いて坐る。そのように受けとめることもできるでしょう。もとより、弁道話のこの一句と今回の段とを、同じことを言うものとして重ねてよいかどうかは慎重であるべきで、並べて読む者の受けとめ方として申し添えるにとどめます。

「是一顆明珠」――名にあらざれども道得なり〔【3】〕#

是一顆珠は、いまだ名にあらざれども道得なり#

「是一顆珠は、いまだ名にあらざれども道得なり、これを名に認じきたることあり」(【3】)。

ここから、玄沙の句の後半、「是一顆明珠」が取りあげられます。

まず「是」の字です。玄沙の句「尽十方世界是一顆明珠」では、「是」はふつう「是れ〜なり」、つまり「〜である」と読まれます。前回の訳もそのように読みました。ところが宗務庁版英訳は、この段では、禅師が「是」を指示語の「この」の意に読んでいると見て、「この一顆珠」と訳しています。本書の訳文は、原文の語を残して、どちらの読みにも寄せませんでした(→読みの分かれるところ)。

もし「この一顆珠」と読むなら、禅師は、玄沙の句の「是」の一字を、「である」から「この」へと、読みかえて示されたことになります。尽十方世界が一顆珠「である」、という説明の文から、「この」一顆珠、と、目の前に差し出されたものへ。そう読むと、句の手ざわりが、ずいぶん変わってきます。

「いまだ名にあらざれども道得なり」。名ではないけれども、道得である。「道得」は、言いえたこと、言いえたことばです。宗務庁版英訳の注は、「名」の意味ははっきりしないとしたうえで、おそらく「一顆珠」はもともと術語ではないのに、この句に用いられたために術語のように扱われるようになった、ということか、としています。名づけられる以前のものが、それでも言い表されている、と読むこともできます(→読みの分かれるところ)。

そして、「これを名に認じきたることあり」。それを名と認めてきたことがある。これを、名と取り違えてきた、と否定的に読むか、名として認められてきたこともある、と中立的に読むかも、分かれます(→読みの分かれるところ)。

一つの受けとめ方として申しますと、一顆珠は、何かのものにつけられた名札ではなく、玄沙という一人の仏祖が言いえたことばである。そのことばを、名札のように扱ってしまうと、「一顆明珠というものがどこかにあるのだろう」と、それを探しに出かけることになります。この段の冒頭は、そうした取り違えを正すことばとしても読めます。

一顆珠は、直須万年なり#

「一顆珠は、直須万年なり」(【3】)。

宗務庁版英訳の注は、この句が、石霜慶諸のことばとされる句をふまえる、としています。宗務庁版英訳は、この句を「きっと万年はかかるであろう」の意に訳しています。本書は「直に須く万年なるべし」と書き下し、訳文は「まさしく、万年でなければならない」としましたが、万年かかるものだ、という意味なのか、一顆珠がそのまま万年にわたるものだ、という意味なのかは、決めていません。典拠の句がどのような文脈で言われたものかによって、読みが左右される可能性もあります。

「万年」と聞くと、私たちは気が遠くなるような長さを思います。けれども、この「万年」を、遠い未来のいつかに達成されるもの、として受けとめる必要はないのかもしれません。一顆珠という道得もまた、一瞬の思いつきではなく、万年にわたる功夫とともにある。そう受けとめるとき、「直須万年」は、私たちの日々の修行をおびやかす遠さではなく、今日の一日が、そのまま万年の功夫の一日である、というはげましのようにも聞こえてきます。もとより、これは読む者の受けとめ方の一つです。

亙古未了なるに亙今到来なり#

「亙古未了なるに亙今到来なり」(【3】)。

古にわたって、まだ終わらないのに、今にわたって、到来している、と。宗務庁版英訳の注によれば、これは、歴史全体にわたることを言う慣用句「亙古亙今」(古に亙り今に亙る)による言い方です。宗務庁版英訳は、古にわたるものがまだ終わらないうちに、今にわたるものがすでに到来している、の意に訳しています。古から終わることなく今に至っている、と、連続として読むこともできます。

前の「直須万年」と並べてみると、ここでは、時の重なりが語られているように読めます。古がまだ終わらないうちに、今がもう来ている。一顆珠は、古から今へと順に受け渡されてゆくものではなく、古も今も、そのただ中にあるもの。この回の【1】の「昔日曾此去にして、而今従此来なり」とも、どこか呼びかわしているように感じられます。

身今あり、心今ありといへども明珠なり#

「身今あり、心今ありといへども明珠なり。彼此の草木にあらず、乾坤の山河にあらず、明珠なり」(【3】)。

「身今」「心今」は、ふつうには見なれない言い方です。宗務庁版英訳の注は、「いまの身心」を戯れに言いかえたものにすぎないかもしれない、とする一方で、「身が今あり、心が今ある」とも区切って読める、としています。「明珠なり」の主語も原文に示されていません。宗務庁版英訳は、この文の「明珠なり」は複数の主語で受け、続く「彼此の草木にあらず、乾坤の山河にあらず、明珠なり」の主語を「この一顆珠」と取っています。

身の今があり、心の今がある、といっても、明珠である。この「といへども」を、身心があっても、それでもやはり明珠である、と逆接に読むこともできますし、身心があるといっても、それがそのまま明珠である、と読むこともできます。

そして、「彼此の草木にあらず、乾坤の山河にあらず、明珠なり」。あちらこちらの草木ではない、天地の山河ではない、明珠である。これも、草木や山河を、明珠とは別のものとして退けている、と読むこともできますし、「彼此の」「乾坤の」と、あちら・こちら、天・地と区切って、向こう側に眺められた草木・山河ではない、という意味で、草木・山河そのものは退けていない、と読むこともできます。

私は、ここに、【1】の「広大にあらず、微小にあらず」と同じ筆づかいを感じます。草木や山河を「あそこにあるもの」として眺めるかぎり、それは明珠ではない。けれども、身の今、心の今として、いまここに生きられているとき、それは明珠である。そのように受けとめることもできるでしょう。

暮らしの中の明珠#

この段を、日々の行持に引き寄せて受けとめてみたいと思います。

「身今あり、心今ありといへども明珠なり」を、明珠はどこか遠くに隠された宝物ではなく、身の今、心の今のほかにはない、と受けとめてみます。朝起きて顔を洗い、衣をととのえ、ご飯をいただき、掃除をし、仕事に向かう。その一つ一つの「今」が、行持として行われるとき、それが明珠として現れている、と受けとめることもできるのではないでしょうか。「直須万年」の万年も、そうした一日一日の行持の外にあるのではない、と思われます。もとより、これは段のことばを暮らしに引き寄せて読む、一つの受けとめ方です。

「学人如何会得」――大用現前是大軌則〔【4】〕#

僧の問いを取りあげる#

「学人如何会得。この道取は、たとひ僧の弄業識に相似せりとも、大用現前是大軌則なり」(【4】)。

ここで禅師は、玄沙の句を離れて、僧の問いを取りあげます。「学人、如何んが会得せん」。わたくしは、どのように会得したらよいのでしょうか。

この問いは、字面だけを見れば、ごくありきたりの問いです。師のことばを聞いて、その意味がわからない。だから、どう理解すればよいのですか、と尋ねる。ことばの意味をつかもうとする、まだ浅い問いのようにも見えます。

禅師も、そのことを認めておられます。「たとひ僧の弄業識に相似せりとも」。たとえ、僧が業識を弄しているのに似ているとしても。「弄業識」は、宗務庁版英訳の注によれば、迷いの思いにとらわれていることを言う、禅の書物によく見える表現です。見かけは、迷いの思いをもてあそんでいるような問いである、と。ただし、これを、見かけが似ているだけと読むか、僧が実際に弄業識しているとしても、と読むかは分かれます(→読みの分かれるところ)。

そのうえで、禅師は言い切られます。「大用現前是大軌則なり」。大いなるはたらきが現前している、それがそのまま大いなる軌則(のり、規範)である、と。

大用現前是大軌則#

宗務庁版英訳は、この句を「前」の字のない「大用現是大軌則」の形で読んでおり、その注は、この形を、「大いなるはたらきの現れは軌則にとどまらない」という意の成句を逆にしたもの、とし、僧のありきたりに見える問いが「大用」を言い表している、ということか、としています(→読みの分かれるところ)。本書は底本の字句のまま、「大用現前は是れ大軌則なり」と読みました。

大いなるはたらきの現れは、決まりごとにとどまらない――宗務庁版英訳の注のとおり、その成句を下敷きにしているのだとすれば、禅師はここで、軌則を超えるはずの大用が、そのまま大軌則である、と、成句をひっくり返して言われたことになります。底本の字句で読んでも、この向きは変わらないように思われます。ただし、その成句の漢文の形と出所は、宗務庁版英訳の注には示されていません。

僧の問いは、ありきたりの、型どおりの問いに見える。けれども、その型どおりの問いが、そのまま大いなるはたらきの現れであり、それが大いなる規範である。そのように受けとめるとき、私たちが坐禅や修行の中でいだく、素朴な問いの重みが、まったく違って見えてきます。

一尺水、一尺波を突兀ならしむべし#

「すすみて一尺水、一尺波を突兀ならしむべし。いはゆる一丈珠、一丈明なり」(【4】)。

進んで、一尺の水に一尺の波を、高々とそそり立たせるべきである。いわゆる、一丈の珠には一丈の明(ひかり)、である、と。

宗務庁版英訳の注は、この句と次の句は、『宏智禅師広録』に見える偈の句「一尺水、一丈波」(一尺の水に一丈の波)をもじったものであろう、としています。そして、僧の問いは浅いけれども、それで完全である、という意か、としています。もとの句は、一尺の水に一丈、つまり十倍の波が立つ、という言い方だったのを、禅師は「一尺水、一尺波」と、水と波を同じ大きさにそろえ、さらに「一丈珠、一丈明」と、珠とその光を同じ大きさにそろえておられます。

ここも、読みはいくつかに分かれます。「すすみて」の主語は、学人(僧)なのか、読む私たち修行者なのか、あるいは問いのことばそのものなのか。宏智の句を改めたことに意味を見るのか、どうか。

一つの受けとめ方として申しますと、ここには、問いを、身の丈以上に大きく見せようとしなくてよい、というはげましがあるように感じられます。一尺の水からは一尺の波が立つ。それで足りている。一丈の珠には一丈の光がある。それ以上でもそれ以下でもない。僧の問いは、僧の身の丈の問いであり、その身の丈のままに、高々と波を立てればよい。

坐禅会での問い#

坐禅会などで、はじめて坐られた方から、「足の組み方はこれでよいのでしょうか」「坐っている間、何を考えればよいのでしょうか」「どうすれば無心になれますか」と尋ねられることがあります。尋ねられる方は、ときに、「こんな初歩的なことを聞いてよいのだろうか」と、遠慮がちにおっしゃいます。

けれども、この段を読むと、そのような問いを、決して小さなものとは思えなくなります。「学人如何会得」。わたくしは、どうしたらよいのでしょう。その問いが、弄業識に似ていようとも、大用現前であり、大軌則である。仏道を歩もうとする者が、自分の身の丈で、わからないことを、わからないと言って問う。その問いは、一尺の水が一尺の波を立てるように、そのままで欠けるところのない、仏道のはたらきの現れである、と受けとめることができるのではないでしょうか。

また、問いを受ける側にとっても、この段は大切なことを教えているように思います。問いを、浅い・深いで量るのではなく、その問いの中に、大いなるはたらきがすでに現れていることを見る。ここでは、道元禅師ご自身が、一人の僧の、ありきたりに見える問いを、そのように取りあげておられるのです。疑問がわいたときは、坐禅会などで指導を受けながら問うてみるのもよいでしょう。

「用会作麼」――玄沙は玄沙に嗣する道得〔【5】〕#

玄沙の道は「尽十方世界是一顆明珠、用会作麼」なり#

「いはゆるの道得を道取するに、玄沙の道(どう)は「尽十方世界是一顆明珠、用会作麼」なり」(【5】)。

つぎに取りあげられるのは、僧の問いに対する玄沙の答えです。玄沙は、僧が引いた自分のことば「尽十方世界是一顆明珠」をそのままくり返し、「用会作麼」、会得してどうしようというのか、と言いました。

「いはゆるの道得を道取するに」が何を指すかは、はっきりしません。【4】の僧の問いに答えて言うにあたって、と読むこともできますし、その句(尽十方世界是一顆明珠)をあらためて言うにあたって、と読むこともできます。宗務庁版英訳は、玄沙がその言明をするにあたって、の意に訳しています。

注意したいのは、禅師が、「尽十方世界是一顆明珠」と「用会作麼」とを一続きにして、それを「玄沙の道」と呼んでおられることです。ここでは、「用会作麼」は、単に僧の問いを突き放した一言ではなく、「尽十方世界是一顆明珠」と一体の、玄沙の道得として扱われています。

「用会作麼」は、会を用いて何をしようというのか、会得してどうするのか、という意味です。これを、理解はいらない、と会得を退けることばと取ることも、書き下しのとおり、会を用いて何をしようというのか、と字どおりに取ることも、会得しようとすること自体を問い返すことばと取ることもできますし、尽十方世界が一顆明珠であることは、それでもう言い尽くされていて、あらためて会得する余地はない、という意味に取ることもできます。

仏は仏に嗣し、祖は祖に嗣す、玄沙は玄沙に嗣する#

「この道取は、仏は仏に嗣し、祖は祖に嗣す、玄沙は玄沙に嗣する道得なり」(【5】)。

この道取は、仏が仏に嗣ぎ、祖が祖に嗣ぐ、そして玄沙が玄沙に嗣ぐ、そういう道得である、と。

「嗣す」は、嗣ぐ、受け継ぐことです。仏祖から仏祖へ法が受け継がれる、嗣法の「嗣」です。「弁道話」の冒頭には、「諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提を証するに、最上無為の妙術あり」(『弁道話』第一回【1】)とあります。仏から仏へ、祖から祖へと法が受け継がれてゆくことは、私たち宗門の者にとって、もっとも大切にしてきたことの一つです。

そのうえで禅師は、「玄沙は玄沙に嗣する」と言われます。これは、どういう意味でしょうか(→読みの分かれるところ)。玄沙のことばは、玄沙自身から出て、玄沙自身に受け継がれる、と読むこともできます。また、玄沙のことばが、仏から仏へ、祖から祖へという嗣法の列に連なっていることを、「AはAに」という形を三つ重ねて言っている、と読むこともできます。

一つの受けとめ方として申しますと、「仏は仏に嗣す」というのは、仏が、自分とは別のだれかから、何かを外から受け取る、ということではないのでしょう。仏であるものが、仏であるものに嗣ぐ。だから、玄沙のことばもまた、玄沙が外から借りてきたものでも、のちの者が外から持ちこんだものでもない。玄沙が玄沙として言いえたことばが、そのまま仏祖の嗣法の道得である。【3】の「名にあらざれども道得なり」とも、つながるところがあるように感じられます。

廻避せんに――道取生あるは現前の蓋時節なり#

「嗣せざらんと廻避せんに、廻避のところなかるべきにあらざれども、しばらく灼然廻避するも、道取生あるは現前の蓋時節なり」(【5】)。

この一文は、今回の範囲でも、とりわけ読みにくいところです。宗務庁版英訳も、この文全体について、解しにくい文で訳は仮のものである、と断っています。

字面をたどってみます。嗣ぐまいとして廻避しようとするとき、廻避するところがありえない、というわけではない。けれども、しばらくはっきりと廻避したとしても、道取生(そのことば)があるのは、目の前の、すべてを覆う時節である、と。

「道取生」は、宗務庁版英訳の注によれば、単に「ことば」と取ればよく、「生」は強めの口語の接尾辞としてはたらいています。「蓋時節」は珍しい表現で、宗務庁版英訳の注は、「蓋天」(天全体)・「蓋地」(地全体)のような語にならって作られたものであろう、として、「あらゆる時」と訳しています。そして、文全体を、玄沙が別の言い方をして、この句を嗣ぐことを廻避していたかもしれないとしても、この句そのものは常に目の前にある、という意か、としています。

ただし、廻避するのはだれか――玄沙なのか、修行者一般なのか、あるいは僧なのか――は原文に示されていませんし、「蓋」を「けだし」と読む余地もあるかもしれません(→読みの分かれるところ)。ここでは、読みを決めずにおきます。

それでも、この一文から、一つのことは受けとめられるように思います。嗣ぐまいとして身をかわすことは、できないわけではない。けれども、身をかわしたとしても、ことばはすでにある。それは、どこか特別な時にだけ現れるのではなく、目の前の、すべての時節をおおっている。

日々の行持と「嗣」#

この段を、宗門の日々の行持に引き寄せて受けとめてみたいと思います。

禅師は「弁道話」で、「釈迦如来・迦葉尊者、ともに証上の修に受用せられ、達磨(だるま)大師・大鑑高祖、おなじく証上の修に引転せらる。仏法住持のあと、みなかくのごとし」(『弁道話』第五回【4】)と言われました。釈迦如来も迦葉尊者も、ともに証上の修に受用され、達磨大師も大鑑高祖も、同じく証上の修に引き転じられる。仏法を住持してきたあとは、みなこのようである、と。仏祖が仏祖に嗣ぐということを、修行の上に、証がそのまま現れてくることとして受けとめるなら、それは、修証一等として私たちが受けとめてきたことと結びつくように思われます。本文がそう言っているのではありません。

坐禅をするとき、私たちは、仏祖が坐ってきたように坐ります。けれども、それは仏祖のまねをすることではありません。私が、私として坐る。その一坐が、そのまま仏祖の嗣法の中にある。「玄沙は玄沙に嗣する」という不思議なことばを、私はそのように受けとめたいと思います。身をかわそうとしても、坐る私の前には、すでに、仏祖の道取が、すべての時節をおおってある。そのように受けとめることもできるでしょう。もとより、これは段のことばを日々の行持に引き寄せて読む、一つの受けとめ方です。

来日の問と僧の答――定法・不定法、騎賊馬逐賊〔【6】〕#

昨日説定法なる、今日二枚をかりて出気す#

「「玄沙来日問其僧、尽十方世界是一顆明珠、汝作麼生会」。これは道取す、昨日説定法なる、今日二枚をかりて出気す。今日説不定法なり、推倒昨日点頭笑なり」(【6】)。

翌日、玄沙は今度は逆に、その僧に問いました。尽十方世界は一顆の明珠である、おまえはどう会得するか、と。前の日には「会得してどうしようというのか」と言った玄沙が、今日は「どう会得するか」と問う。昨日と今日とで、言うことが逆になっているようにも見えます。

禅師は、この翌日の問いを、釈尊のことばになぞらえて示されます。宗務庁版英訳の注によれば、「昨日説定法」「今日説不定法」は、『聯灯会要』に見える釈尊(世尊)のことばによるものです。外道が世尊に「昨日は何の法を説いたか」と問うと「定法を説いた」と答え、「今日は何の法を説くか」と問うと「不定法を説く」と答え、「昨日は定法を説いたのに、今日はなぜ不定法を説くのか」と問うと、「昨日は定、今日は不定」と答えた、という話です。

「二枚をかりて出気す」の「二枚」は、宗務庁版英訳の注によれば、おそらく唇を指し、「出気」(息を出す)は、ものを言うことを指します。宗務庁版英訳の注はさらに、この言い方が、「身心学道」の巻に見える「仏祖の鼻孔をかりて出気せしめ」(仏祖の鼻孔を借りて息を出させる)という言い方と同じ組み立てであることを指摘しています。

ここで禅師は、昨日、定法を説いた(者が)、今日は唇を借りて息を出す(ものを言う)、と言われます。これを、昨日の玄沙の答え「用会作麼」を「定法」に、今日の問い「汝作麼生会」を「不定法」に当てて読むのが、訳文の取り方です。けれども、同じ句が、昨日は答えとして、今日は問いとして出てくる、その定まらなさを言う、と読むこともできます。「これ」が何を指すか、「なる、」のあとの主語をどう補うかにも幅があります(→読みの分かれるところ)。

「推倒昨日点頭笑なり」。昨日をおし倒して、うなずいて笑う。宗務庁版英訳の注によれば、「点頭笑」はよく見られる決まった言い方です。昨日のことばをおし倒すことを、とらわれを捨てることとして読むか、昨日と今日の両方を笑って受けとめることとして読むかも、分かれるところです(→読みの分かれるところ)。

昨日は「会得してどうする」と言い、今日は「どう会得するか」と問う。私たちはつい、どちらが玄沙のほんとうの考えなのだろう、と問いたくなります。けれども、釈尊の「昨日は定、今日は不定」ということばになぞらえられると、その問い自体が、少しずれているように思われてきます。昨日のことばは昨日のことばとして定まり、今日のことばは今日のことばとして出てくる。昨日のことばにしがみつかず、それをおし倒して、うなずいて笑う。そこに、ことばが生きてはたらく姿がある、と受けとめることもできるでしょう。

騎賊馬逐賊#

「「僧曰、尽十方世界是一顆明珠、用会作麼」。いふべし、騎賊馬逐賊なり」(【6】)。

僧は、前の日の玄沙の答えを、一字も変えずに玄沙に返しました。尽十方世界は一顆の明珠である、会得してどうしようというのか、と。

禅師は、これを「騎賊馬逐賊」と言われます。賊の馬に乗って賊を追う。宗務庁版英訳の注によれば、これは、相手の言ったことをその相手に向けて返すことを言う、よく見られる慣用句です。僧は、玄沙のことばという「賊の馬」に乗って、玄沙という「賊」を追った、と読むことができます。

この句は、今回の範囲で、もっとも読みの分かれるところの一つです(→読みの分かれるところ)。僧の答えを、師のことばをそのまま師に返した見事な切り返しとして、肯定して言っているのか。それとも、師のことばをなぞっただけだとして、否定的に言っているのか。あるいは、肯定とも否定とも言わずに、ただそのありさまを言い表しているのか。これは、このあとの【8】で、玄沙の最後のことば「黒山鬼窟裏作活計」をどう読むか、ということと連動しています。

私は、ここで禅師が、僧の答えについて「いふべし」と、言うべきである、と、強い言い方をしておられることに心をひかれます。僧の答えを、ただのおうむ返しとして読み過ごさず、「騎賊馬逐賊」と名づけて取りあげる。そのこと自体が、【4】で僧の問いを「大用現前是大軌則」と取りあげたことと、同じ向きをもっているようにも感じられます。もとより、これは一つの感じ方であり、この句の評価を決めるものではありません。

古仏為汝説――異類中行、乳餅七枚・菜餅五枚〔【7】〕#

古仏為汝説するには、異類中行なり#

「古仏為汝説するには、異類中行なり」(【7】)。

古仏が汝のために説くというのは、異類中行である、と。

「古仏」は、いにしえの仏であり、また、すぐれた祖師を仏と仰いで言う語でもあります。ここでだれを指すか――玄沙なのか、仏祖一般なのか――は原文に示されていません。「汝」についても、宗務庁版英訳の注は、話の中の僧と取り、この段全体を道元禅師がその僧に直接語りかけたものとして訳した(別の読み方もありうるが)、としています。読む私たち修行者に向けられている、と読むこともできます。

「異類中行」は、宗務庁版英訳の注によれば、道元禅師の著作によく出る決まった言い方で、ふつう、仏・菩薩が、さまざまな姿の衆生のあいだに入って、救いのはたらきをすることを言います。

古仏が汝のために説くとき、それは、高いところから教えを垂れることではなく、汝と同じところに入りこんで、ともに行くことである。そう読むと、玄沙が翌日、僧に問い、僧が玄沙のことばで答えたという問答全体が、師が僧の中に入って行き、僧が師のことばを借りて答える、そうした「異類中行」の姿として見えてきます。また、「類を異にする中で行く」、つまり、ふつうとは異なる手だて――僧と同じ句で問い返すこと――を用いる、という意味をここに読む見方もありえます。

しばらく回光返照すべし、幾箇枚の用会作麼かある#

「しばらく回光返照すべし、幾箇枚の用会作麼かある」(【7】)。

しばらく、光をめぐらして、自己を照らし返してみよ。いくつの「用会作麼」があるか、と。

「回光返照」は、宗務庁版英訳の注によれば、仏道の修行を、外の世界でなく自己を学ぶことと言うときに用いる、禅の書物によく見える慣用句です。外に向かっていた光を、ぐるりとめぐらして、自分自身を照らす。

そのうえで、「幾箇枚の用会作麼かある」と問われます。玄沙の「用会作麼」と、僧の「用会作麼」。字は一字も違いません。では、それはいくつあるのか。一つなのか、二つなのか。二つを数えてみよ、さらにその先もある、と問うているのか。それとも、「用会作麼」は、数えられるようにいくつもあるものではない、という反語なのか。

ここで「枚」という、平たいもの、薄いものを数える語が使われていることにも、心をとめておきたいと思います。禅師は「摩訶般若波羅蜜」の巻で、「五蘊は色・受・想・行・識なり、五枚の般若なり」(『摩訶般若波羅蜜』第一回【1】)と、般若を「枚」で数えておられます。

般若を「枚」で数えるように、「用会作麼」も「枚」で数える。それは、「用会作麼」を、手に取って数えられるものにおとしめているのではなく、むしろ、玄沙の口から出た一枚、僧の口から出た一枚と、一枚一枚がそれぞれに般若のように具体的に現れている、ということを示しているのかもしれません。もとより、二つの巻の「枚」を重ねて読むのは、一つの受けとめ方にとどまります。

乳餅七枚、菜餅五枚なりといへども#

「試道するには、乳餅七枚、菜餅五枚なりといへども、湘之南、潭之北の教行なり」(【7】)。

試みに言ってみるならば、乳でつくった餅が七枚、菜でつくった餅が五枚であるけれども、それは「湘の南、潭の北」の教行である、と。

「幾箇枚」の問いに、「七枚」「五枚」と、数で答えるような運びになっています。宗務庁版英訳の注は、「乳餅七枚、菜餅五枚」を、「ありきたりの食事」「つつましい食べもの」の意か、と推したうえで、『如浄和尚語録』の、斎時(昼の食事)に乳餅と菜餅を出すことを言う句をふまえるかもしれない、としています。ただし、その典拠の句では、乳餅は三枚、菜餅は七枚で、本文の「乳餅七枚、菜餅五枚」とは数が違います。数の違いに意味を見るのか、典拠との関係をどこまで言えるのかは、決めることができません。

ここでも、【1】の「昔日曾此去」と同じように、本師如浄禅師のことばがふまえられているかもしれない、という宗務庁版英訳の注の指摘があることは、心にとめておきたいと思います。ただし、これはあくまで宗務庁版英訳の注の推測の範囲のことで、本文がそう述べているわけではありません。

湘之南、潭之北の教行なり#

「湘之南、潭之北」は、宗務庁版英訳の注によれば、応真という人が無縫塔(継ぎ目のない塔)について詠んだ偈の句、「湘の南、潭の北、その中に黄金があって一国を満たす」という句によるものです(『景徳伝灯録』)。「湘」「潭」は、ふつう今の湖南省の湘州・潭州を指すとされますが、正確な場所については見方が分かれ、句の意は一般に「どこでも」と受けとられている、と宗務庁版英訳は注しています。そのうえで、ここでは、僧の問いは平凡に見えても普遍的な意味をもつ、と道元禅師は言っているのであろう、としています。

これに対して、「といへども」を、そう答えるとしても、それは「湘之南、潭之北」の、とらえどころのない所の教行にすぎない、という向きに読むこともでき、また、典拠の偈の続きの、黄金が一国を満たす、という句を響かせて読む見方もあります。

乳餅七枚、菜餅五枚。宗務庁版英訳の注の推すように、ありきたりの食事と取るなら、それが、「湘の南、潭の北」、どこにでもある教えと行いである、ということになります。私は、この句に、日々の食事の光景を思わずにはいられません。何枚の餅をいただくか、それは特別なことではありません。けれども、そのありきたりの数の餅をいただくことが、そのまま、どこにでもある教えであり、行いである。

「用会作麼」がいくつあるかと問われて、「七枚、五枚」と、日々の食事の数で答える。そのとき、尽十方世界が一顆明珠である、ということは、遠い悟りの境地の話ではなく、日々の食事の一枚一枚の上にある話として、私たちの前に差し出されているように思われます。もとより、これも段のことばを暮らしに引き寄せて読む、一つの受けとめ方です。

「黒山鬼窟裏作活計」――日面月面、六月道正是時〔【8】〕#

玄沙曰、知汝向黒山鬼窟裏作活計#

「「玄沙曰、知汝向黒山鬼窟裏作活計」」(【8】)。

最後に、玄沙のことばが取りあげられます。わかったぞ、おまえが黒山の鬼窟の中で活計を立てていることが。

「黒山鬼窟」は、黒い山の、鬼のすむ洞窟です。宗務庁版英訳の注によれば、これは、決まりきった知的・精神的な立場にとじこもっていることを言う、禅の書物によく見えるたとえです。字面のうえでは、このことばは、師のことばをそのまま返した僧に対して、「おまえは、ことばの型の中に閉じこもって暮らしているな」とたしなめた、叱責のことばのように見えます。

けれども、道元禅師がこのことばをどう取りあげておられるかを見ると、事はそう単純ではないように思われてきます(→読みの分かれるところ)。このことばを、僧が型にとらわれていることをたしなめた叱責と取るのか、叱責の形をとりつつ、僧の答えを認めたものと取るのか、あるいは、禅師の拈提に照らして、玄沙のことばと僧のことばとが、それぞれにそれぞれのことばである、ということを言うものと取るのか。これは、【6】の「騎賊馬逐賊」をどう評価するかと連動しています。「知る」を、わかったぞ、と取るか、前から承知している、と取るかも、分かれます(→読みの分かれるところ)。

日面月面は往古よりいまだ不換なり#

「しるべし、日面月面は往古よりいまだ不換なり。日面は日面とともに共出す、月面は月面とともに共出する」(【8】)。

知るべきである。日の面と月の面とは、むかしからいまだかつて取りかえられたことがない。日の面は日の面とともに出、月の面は月の面とともに出る、と。

「日面月面」について、宗務庁版英訳の注は、『仏名経』に見える二仏の名(日面仏・月面仏)を指すこともあり、また馬祖道一の名高いことばをふまえることもある、としたうえで、ここではまちがいなく玄沙と僧を指し、玄沙の問いは玄沙の問い、僧の問いは僧の問いである、の意であろう、としています。そして、「日面は日面とともに共出す」を、日はただ日であり、月はただ月である、の意としています(→読みの分かれるところ)。

もしこの読みのとおりであれば、禅師は、玄沙の「黒山鬼窟」のことばを受けて、まず、玄沙と僧とは、日と月のように、決して取りかえられることがない、と言われたことになります。僧は、玄沙のことばを一字も変えずに返しました。外から見れば、同じことばです。けれども、玄沙の口から出た「用会作麼」は玄沙の「用会作麼」であり、僧の口から出た「用会作麼」は僧の「用会作麼」である。字は同じでも、取りかえることはできない。【7】の「幾箇枚の用会作麼かある」という問いへの、一つの応えとして読むこともできるかもしれません。

ただし、「不換」を、とりかえられない、と読むか、変わらない(不変)と読むか、「共出」を、日面は日面とだけともに出る、それ自身として出る、と読むか、日面と月面とがともに出る、という含みを読むか、にも幅があります(→読みの分かれるところ)。

若六月道正是時、不可道我性熱也#

「ゆゑに、若六月道正是時、不可道我性熱也なり」(【8】)。

それゆえに、もし六月に「まさしくこれ時である」と言っても、わが性は熱だ、と言ってはならないのである、と。

この句は、宗務庁版英訳の注によれば、薬山惟儼のことばで、『嘉泰普灯録』に見える話によっています。その話は、おおよそ次のようなものです。ある役人が薬山に「和尚の姓は何ですか」と問うと、薬山は「正是時」(まさしくこれ時なり)と答えた。役人はとまどって、寺の役僧(知事)に問うと、知事は「姓は韓です」と答えた。「韓」は、寒い、の「寒」と同じ音です。それを聞いた薬山は、「もし六月に正是時と言ったら、わが姓は熱だと言ってはならない」と言った、という話です。

ここで、字について触れておかなければなりません。本書の底本の本文は「我性熱也」で、「性」の字です。宗務庁版英訳はここを「姓」の字で読み、その注が引く典拠の話も「姓」(名字)を問う話です。そこで、「性」を「姓」と同じ意味(同じ音の字)に取って、典拠の話のとおりに読むこともできますし、底本の「性」の字に、本性・性質の意味を重ねて読むこともできます(→読みの分かれるところ)。本書の訳文は本文のまま「わが性」としました。

薬山が、なぜ「正是時」と答えたのか、また知事がなぜそれを「韓」と取りなしたのか、宗務庁版英訳の注は説明していません。薬山の結びのことばからすると、知事は「正是時」を寒い時のことと取って、「寒」と同じ音の「韓」を姓として答えた、と読めそうです。そうであれば薬山は、それなら六月の暑い時に同じことを言ったら、わが姓は熱だ、と言うのか、そう言ってはならない、と言ったことになります。

共出するゆゑに#

では、禅師は、なぜここで、この薬山の話を引かれたのでしょうか。前の句と「共出するゆゑに」で結ばれていることが、手がかりになります(→読みの分かれるところ)。

日面は日面とともに出る、月面は月面とともに出る。だから、六月に「正是時」と言っても、それを「熱」に置きかえてはならない。「正是時」は、そのときそのときの「正是時」であって、寒いときには寒、暑いときには熱、と、別のものに取りなしてしまってはならない――そのように読むことができます。また、これを玄沙と僧の問答に当てて、僧の「用会作麼」を、玄沙のことばの写しとして取りなしてはならない、それは僧自身のことばである、という意味に読むこともできます(→読みの分かれるところ)。

典拠の話で「正是時」が「韓(寒)」と取りなされた筋と、本文の「六月」「熱」との対応を、どこまで細かく読むかについては、宗務庁版英訳の注にも説明がなく、ここでは読みを決めずにおきます。

巻の結びへ――黒山鬼窟の進歩退歩#

今回の範囲は、ここで終わります。そして、次回に読む範囲の最後、この巻の結びの句は、「ただまさに黒山鬼窟の進歩退歩、これ一顆明珠なるのみなり」です。ただまさに、黒山鬼窟の中で一歩進み一歩退く、それが一顆明珠であるばかりである、と。

今回、玄沙のことばとして取りあげられた「黒山鬼窟」が、巻の結びでは、「一顆明珠」と言い切られることになります。その意味は、次回、あらためて読むことにいたしますが、ここで、今回の【8】が、玄沙の「黒山鬼窟」のことばを、単なる叱責として片づけずに、日面月面、薬山の「正是時」へと展開しておられることを、心にとめておきたいと思います。

坐禅と「正是時」#

この段を、坐禅に引き寄せて受けとめてみたいと思います。

坐禅をしていると、「今日の坐禅はよく坐れた」「今日は雑念ばかりだった」と、その日の坐禅を、何かに取りなして評価したくなることがあります。けれども、寒い日には寒い日の坐禅があり、暑い日には暑い日の坐禅がある。今日の坐禅は今日の坐禅であり、昨日の坐禅と取りかえることはできない。日面は日面とともに出、月面は月面とともに出る。今日の一坐を「正是時」、まさしくこの時として坐り、それを「よい」「わるい」と別のものに置きかえない。そのように受けとめることも、できるのではないでしょうか。

また、私たちは、坐禅をしながら、ときに、先人の坐禅をまねしようとします。けれども、玄沙の「用会作麼」が玄沙のものであり、僧の「用会作麼」が僧のものであったように、私の坐禅は、私が私として坐る坐禅であるほかはありません。黒山鬼窟と言われる、とらわれた暮らしの中でさえ、一歩進み一歩退くその歩みのほかに、明珠を探しに行く場所はない――巻の結びのことばを先取りして言えば、そのように受けとめることもできるように思われます。もとより、これは本文から一歩出た、私の受けとめ方です。

むすびに#

今回読んだ八つの段落を、あらためてふりかえってみましょう。

【1】では、玄沙の句「尽十方世界是一顆明珠」の宗旨として、尽十方世界は、広大でも微小でも、方でも円でもなく、活鱍鱍でも露迥迥でもない、さらに生死去来ではないがゆえに生死去来である、と示されました。そして、むかしかつてここから去り、いまここから来る、と、本師如浄禅師のことばをふまえるかもしれない一句が置かれ、だれが片片と見とおし、だれが兀兀と取りあげて示すことがあろうか、と問われました。

【2】では、尽十方とは、物を逐うて己と為し、己を逐うて物と為す、その未休である、と示され、情生智隔を隔と道取することが回頭換面であり展事投機である、と、報慈の問答をふまえて言われました。そして、尽十方は、機先の道理であるがゆえに、機要の管得にあまるところがある、と結ばれました。

【3】では、「是一顆珠」は、名ではないが道得である、と示され、一顆珠は直須万年であり、亙古未了なるに亙今到来である、身今・心今があっても明珠であり、彼此の草木でも乾坤の山河でもなく、明珠である、と言われました。

【4】では、僧の問い「学人如何会得」が取りあげられ、たとえ弄業識に似ていても、大用現前是大軌則である、と示されました。一尺の水に一尺の波を、一丈の珠に一丈の明を、と。

【5】では、玄沙の答え「用会作麼」が、「尽十方世界是一顆明珠」と一続きの玄沙の道として取りあげられ、それは、仏が仏に嗣し、祖が祖に嗣し、玄沙が玄沙に嗣する道得である、身をかわしても、道取生は現前の蓋時節である、と言われました。

【6】【7】では、翌日の玄沙の問いが、釈尊の「昨日説定法」「今日説不定法」になぞらえられ、僧の答えが「騎賊馬逐賊」と言われました。そして、古仏が汝のために説くのは異類中行であり、回光返照して、いくつの「用会作麼」があるかを見よ、試みに言えば乳餅七枚・菜餅五枚であるが、それは湘之南・潭之北の教行である、と示されました。

【8】では、玄沙の最後のことば「知汝向黒山鬼窟裏作活計」が取りあげられ、日面月面は往古より取りかえられたことがなく、日面は日面とともに、月面は月面とともに出る、それゆえ、六月に「正是時」と言っても、わが性は熱だと言ってはならない、と、薬山の話をもって結ばれました。

八つの段を並べてみると、そこに一つの流れが見えてくるように思います。はじめの三つの段で、禅師は、玄沙の句を、どのような物差しでも囲いきれないもの、休むことなく動いているもの、名ではなく道得であるもの、として示されました。そして、つづく五つの段では、その句をめぐる問答の一つ一つ――僧のありきたりに見える問い、玄沙の突き放すような答え、翌日の逆の問い、おうむ返しのような僧の答え、玄沙の叱責のようなことば――を、どれも捨てずに取りあげ、それぞれを、大用の現れとして、嗣法の道得として、定法・不定法として、異類中行として、取りかえのきかない日面・月面として、示しておられます。尽十方世界が一顆明珠である、ということが、問答の一句一句の上で、具体的に示されている、と受けとめることもできるでしょう。もとより、これは八つの段を並べて読む者の一つの受けとめ方であり、本文がそう要約しているわけではありません。また、「読みの分かれるところ」に挙げたように、一つ一つの句には、読みの幅が少なからず残っています。本書では、それらのどれか一つを唯一の正解とはせず、読みの幅を残しておきました。

最後に、この回の中で、私がとりわけ心に残るのは、【4】で、一人の僧の、ありきたりに見える問いが、「大用現前是大軌則」と取りあげられたことです。仏道を歩む者は、だれもが、ときに「わたくしは、どうしたらよいのでしょう」と問わずにはいられません。その問いは、弄業識に似ているかもしれません。けれども、その問いもまた、一尺の水に立つ一尺の波であり、尽十方世界の、一顆明珠のひかりの一枚である。そのように受けとめて、今日の一坐、今日の一日の行持に、また向かってゆきたいと思います。

次回は、「しかあればすなはち、この明珠の有如無始(うにょむし)は無端(むたん)なり」と始まる段落から、巻の終わりまでを読みます。全身これ一隻の正法眼(しょうほうげん)、衣裏(えり)・頷下(がんか)・髻中(けいちゅう)の珠、そして「黒山鬼窟の進歩退歩、これ一顆明珠なるのみなり」と結ばれる最後の段です。今回、一句一句の上で示された一顆明珠が、私たち一人一人の身心の上で、どのように示されるのかに、心をとめながら読んでいきたいと思います。

読みの分かれるところ#

この回は、玄沙と僧の問答の句を一句ずつ取りあげる拈提で、ほぼすべての文で読み方が分かれます。主なものを挙げます。どれか一つを正解とするのではなく、読みの幅として示します。

  1. 「さらに生死去来にあらざるゆゑに生死去来なり。恁麼のゆゑに、昔日曾此去にして、而今従此来なり」【1】
    「ゆゑに」を、生死去来に限られないからこそ、そのまま生死去来である(否定を通しての肯定)と読むことも、「あらず」と「なり」とを同時に言っている(二つの見方の並立)と読むこともできます。「生死去来」も、生まれ変わりの生死と取るか、日々の去来・出入りまで含めて取るかで幅があります。続く「昔日曾此去にして、而今従此来なり」では、去るのも来るのも何なのか(尽十方世界か、人か、主語を立てないのか)、「此」が尽十方世界なのか山門のような具体的な場所なのか、二句が時の前後を言うのか同時のことを並べるのかが、本文からは決まりません。宗務庁版英訳の注は、如浄禅師の山門のことばをふまえるかもしれないとし、すべての去来は尽十方世界の内で起こる、という説明かもしれない、としています。

  2. 「尽十方といふは、逐物為己、逐己為物の未休なり。情生智隔を隔と道取する、これ回頭換面なり、展事投機なり」【2】
    物と己とが互いに追い追われてやまないことを、尽十方世界の休みないはたらきとして肯定的に読むことも、迷い(顛倒)のありさまを言うことばを、あえて尽十方の姿として言いかえたものと読むこともできます。「為」を「為す」と読むか「為る」と読むか、「未休」を「やむことがない」と取るか「まだ休んでいない」と取るかでも響きが変わり、後の文でなぜ「逐己為物」だけが取りあげられるのかも説明されていません。「情生智隔を隔と道取する」も、報慈が、情がまだ生じないときにも「隔」と答えた問答を指すと取るか、より広く「情生智隔」をそのまま「隔」と言い表すことと取るか、だれが「隔」と言うのかで読みが分かれます。宗務庁版英訳の注は、「回頭換面」を、智とその隔たりとが離れないことを言うものか、としています。

  3. 「是一顆珠は、いまだ名にあらざれども道得なり、これを名に認じきたることあり」【3】
    「是」を「是れ〜なり」(〜である)と取るか、「この」と取るかで句の手ざわりが変わります。宗務庁版英訳は「この一顆珠」と訳しています。「名にあらざれども道得なり」も、「一顆珠」はもともと術語ではなく、ことば(道得)である、と取ることも(宗務庁版英訳の注が「おそらく」として示す読み)、名づけられる以前のものだが言い表されている、と取ることもできます。「名に認じきたる」を、名と取り違えてきた、と否定的に読むか、名として認められてきたこともある、と中立的に読むかにも幅があります。

  4. 「この道取は、たとひ僧の弄業識に相似せりとも、大用現前是大軌則なり」【4】
    僧の問いが見かけだけ弄業識に似ている、と読むか、僧が実際に弄業識しているとしても、と読むかで分かれます。宗務庁版英訳は「前」の字のない形で読み、その注では、「大いなるはたらきの現れは軌則にとどまらない」という意の成句を逆にした言い方とされます。そこから、僧の平凡に見える問いがそのまま大用の現れであり、それが大いなる規範である、と読むことも、軌則を超えるはずの大用がそのまま軌則である、という反転に重みを置いて読むこともできます。続く「一尺水、一尺波」についても、「すすみて」の主語を僧と取るか、読む者・修行者と取るか、問いのことばそのものと取るかで幅があります。

  5. 「玄沙は玄沙に嗣する道得なり。……道取生あるは現前の蓋時節なり」【5】
    「玄沙は玄沙に嗣する」を、玄沙のことばが玄沙自身から出て玄沙自身に受け継がれる、と読むことも、玄沙のことばが仏から仏へ、祖から祖へという嗣法の列に連なることを、「AはAに」の形を三つ重ねて言っている、と読むこともできます。続く廻避の一文は、宗務庁版英訳も訳を仮のものと断るほど読みにくいところです。廻避するのが玄沙なのか、修行者一般なのか、僧なのかが示されておらず、「蓋時節」も、目の前のすべての時(宗務庁版英訳)と取るほか、「蓋」を「けだし」と読む余地もあるかもしれません。

  6. 「昨日説定法なる、今日二枚をかりて出気す」「いふべし、騎賊馬逐賊なり」と、玄沙の「黒山鬼窟裏作活計」【6】【8】
    定法・不定法を、昨日の答え「用会作麼」と今日の問い「汝作麼生会」に当てて読むことも、同じ句が昨日は答えとして、今日は問いとして出てくる、その定まらなさを言うと読むこともできます。僧の答えを言う「騎賊馬逐賊」は、師のことばをなぞっただけだとして否定的に言うのか、師のことばで師に返した見事な切り返しとして肯定するのか、肯定とも否定とも言わずにそのありさまを言うのかが、本文に示されていません。これは、玄沙の最後のことば「黒山鬼窟裏作活計」を、僧が型にとらわれていることをたしなめた叱責と取るか、叱責の形で僧の答えを認めたものと取るか、玄沙のことばと僧のことばがそれぞれのことばであることを言うものと取るか、と連動します。「知る」を、わかったぞ、と取るか、前から承知している、と取るかにも幅があります。

  7. 「日面月面は往古よりいまだ不換なり。……若六月道正是時、不可道我性熱也なり」【8】
    「日面月面」を、宗務庁版英訳の注のように玄沙と僧を指すと取るか、日面仏・月面仏の名や馬祖の語をふまえると取るかで分かれます。「不換」も、とりかえられない、と取るか、変わらない、と取るか、「共出」も、それぞれがそれ自身として出る、と取るか、日面と月面とがともに出る含みを読むかで幅があります。薬山の語の「性」は、典拠の話のとおり「姓」と同じ意(同じ音の字)に取ることも、本性・性質の意味を重ねて読むこともできます。「共出するゆゑに」のつながりも、「正是時」をそのときそのときのことばとして別のものに置きかえてはならない、と読むことも、僧の「用会作麼」を玄沙のことばの写しと見てはならない、と問答に当てて読むこともできます。

参考#

  • 底本:『正法眼蔵』本山版(九十五巻本)第四「一顆明珠」
  • 参照:曹洞宗宗務庁『Treasury of the True Dharma Eye: Dōgen's Shōbōgenzō』Vol. I(Sōtō Zen Text Project、2023)
    • 語句の典拠と説明(活鱍鱍・露迥迥、生死去来、如浄禅師の浄慈寺のことば、片片・兀兀、鏡清道怤のことば、報慈蔵嶼の問答、回頭換面・展事投機、機先・機要、「是」の読み、石霜慶諸の句、亙古亙今、身今・心今、弄業識、大用の成句、宏智の偈、道取生・蓋時節、世尊の定法・不定法、二枚・出気、点頭笑、騎賊馬逐賊、異類中行、回光返照、乳餅・菜餅、応真の偈と湘・潭、黒山鬼窟、日面月面、薬山の話、祖師の生没年)と、語注・解説・「読みの分かれるところ」に挙げた英訳の読みは、同書の本文・注によります。