洗浄(五)仏祖正伝の威儀#
「しかあればすなはち、弁道功夫の道場」から巻の終わりまで、洗浄の作法が仏祖正伝の威儀であることを説く五つの段落と、巻末題・奥書を読む、この巻の最終回です。
原文#
弁道功夫の道場、この儀をさきにすべし#
【1】しかあればすなはち、弁道功夫の道場、この儀をさきにすべし。あに三宝を礼せざらんや、あに人の礼拝をうけざらんや、あに人を礼せざらんや。仏祖の道場、かならずこの威儀あり。仏祖道場中人、かならずこの威儀具足あり。これ自己の強為にあらず、威儀の云為なり、諸仏の常儀なり、諸祖の家常なり。ただ此界の諸仏のみにあらず、十方の仏儀なり、浄土・穢土の仏儀なり。少聞のともがらおもはくは、諸仏には厠屋の威儀あらず、娑婆世界の諸仏の威儀は、浄土の諸仏のごとくにあらず、とおもふ。これは学仏道にあらず。しるべし、浄穢は離人の滴血なり、あるときはあたたかなり、あるときはすさまじ。諸仏に厠屋あり、しるべし。
十誦律――羅睺羅と仏の厠#
【2】十誦律第十四云、羅睺羅沙弥、宿仏厠。仏覚了、仏以右手摩羅睺羅頂、説是偈言、汝不為貧窮、亦不失富貴、但為求道故、出家応忍苦。
【3】しかあればすなはち、仏道場に厠屋あり。仏厠屋裏の威儀は洗浄なり、祖祖相伝しきたれり。仏儀のなほのこれる、慕古の慶快なり、あひがたきにあへるなり。いはんや如来かたじけなく厠屋裏にして、羅睺羅のために説法しまします。厠屋は仏転法輪の一会なり。この道場の進止、これ仏祖正伝せり。
摩訶僧祇律――厠屋の方位#
【4】摩訶僧祇律第三十四云、厠屋不得在東在北、応在南在西。小行亦如是。
仏祖正伝の法儀#
【5】この方宜によるべし。これ西天竺国諸精舎の図なり、如来現在の建立なり。しるべし、一仏の仏儀のみにあらず、七仏の道場なり、精舎なり。はじめたるにあらず、諸仏の威儀なり。これらをあきらめざらんよりさきは、寺院を草創し、仏法を修行せん、あやまりはおほく、仏威儀そなはらず、仏菩提いまだ現前せざらん。もし道場を建立し、寺院を草創せんには、仏祖正伝の法儀によるべし。これ正嫡正伝の法儀によるべし。これ正嫡正伝なるがゆえに、その功徳、あつめかさなれり。仏祖正伝の嫡嗣にあらざれば、仏法の身心、いまだしらず、仏法の身心しらざれば、仏家の仏業あきらめざるなり。いま、大師釈迦牟尼仏の仏法、あまねく十方につたはれるといふは、仏身心の現成なり。仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし。
巻末題#
正法眼蔵洗浄
奥書#
爾時延応元年己亥冬十月二十三日、在雍州宇治県観音導利興聖宝林寺示衆。
現代語訳#
段落番号【1】〜【5】は原文の段落番号と対応します。原文と現代語訳の小見出しは、読みやすさのために付けたもので、原文にはありません。( )内は、原文にない語を訳者が補ったもの、または直前の語の言い換え・読みです。この回は巻の結びで、第四回までに述べた洗浄・東司の作法を受けて、それが仏祖正伝の威儀であることを説き、律の二つの引用を挙げて巻を結びます。律の引用(【2】【4】)は、まず「書き下し」を示し、続けて訳をつけました。書き下しは、本山版に拠る活字本に付けられた読み下しに従い、仮名づかい・読点もそのままとしました。底本の本文そのものではなく、一つの読み方です。書き下しには引用の括弧がありませんが、訳文では、引用であることを示すために「 」を加えました。奥書の書き下しは本書の読みで、底本に付された訓ではありません。仏教語・禅語(弁道功夫・道場・儀・三宝・礼拝・仏祖・威儀・具足・強為・云為・常儀・家常・此界・十方・仏儀・浄土・穢土・少聞・厠屋・娑婆世界・学仏道・浄穢・離人・滴血・沙弥・偈・貧窮・富貴・求道・出家・祖祖相伝・慕古・慶快・如来・説法・転法輪・一会・進止・正伝・小行・方宜・精舎・七仏・寺院・草創・仏法・修行・仏菩提・現前・建立・法儀・正嫡正伝・功徳・嫡嗣・身心・仏家・仏業・大師・現成・正当恁麼時など)と人名・書名は、訳さずに残すか、( )で意を添えるにとどめ、段落の後に「語注」として短く説明しました。人名や律の典拠は、宗務庁版英訳の注・解題が挙げる範囲で示しています。読みの分かれる句には、訳文に一つの訳を置き、主なものを末尾の「読みの分かれるところ」に挙げました。
弁道功夫の道場、この儀をさきにすべし#
【1】そうであるから、弁道功夫の道場では、この儀を先にすべきである。どうして三宝を礼さないことがあろうか。どうして人の礼拝を受けないことがあろうか。どうして人を礼さないことがあろうか。仏祖の道場には、かならずこの威儀がある。仏祖道場中の人には、かならずこの威儀の具足がある。これは自己の強為(しいてすること)ではない。威儀の云為であり、諸仏の常儀であり、諸祖の家常である。ただ此界(この世界)の諸仏だけのことではない。十方の仏儀であり、浄土・穢土の仏儀である。少聞の者たちが思うには、諸仏には厠屋の威儀はない、娑婆世界の諸仏の威儀は、浄土の諸仏のようではない、と思っている。これは学仏道ではない。知るべきである、浄穢は離人の滴血である。あるときはあたたかであり、あるときはすさまじい(冷たい)。諸仏に厠屋がある。知るべきである。
語注
- しかあればすなはち:そうであるから。第四回【13】【14】の、洗浄しなければ三宝を礼すること、人の礼拝を受けることができない、という『清規』『三千威儀経』の文を受ける。
- 弁道功夫:道をつとめ、工夫(修行)すること。訳さずに残した。
- 道場:修行の場。訳さずに残した。
- この儀をさきにすべし:この儀(洗浄の作法)を先にすべきである。「先に」を、(ほかの行いより)まず行うべき、とも、(もっとも)重んじるべき、とも取れる。宗務庁版英訳は "should be of primary concern" と訳す(→読みの分かれるところ)。
- あに三宝を礼せざらんや……あに人を礼せざらんや:どうして三宝を礼さないことがあろうか、(礼するのである)。反語の形で、道場では三宝を礼し、人の礼拝を受け、人を礼するのであるから、(その前提となる)洗浄の儀を先にすべきだ、という論の運びに取った。「人を礼す」は第四回の引用にない三つ目の句(→読みの分かれるところ)。三宝・礼拝は訳さずに残した。
- 仏祖道場中人:仏祖の道場の中の人。
- 威儀具足:威儀がそなわっていること。
- 強為:しいてすること、むりにすること。宗務庁版英訳は "something one forces oneself to do" と訳す。訳さずに残し、( )で意を添えた。
- 云為:言うことと為すこと、言動。宗務庁版英訳は "the word and deed of deportment" と訳す。「威儀の云為」は、威儀そのものの言い行い(はたらき)、の意に取った(→読みの分かれるところ)。訳さずに残した。
- 常儀:つねの儀、いつもの作法。訳さずに残した。
- 家常:家のつね、日常のならい。宗務庁版英訳は "everyday routine" と訳す。訳さずに残した。
- 此界:この世界。訳さずに残し、( )で意を添えた。
- 十方:あらゆる方角、あらゆる世界。訳さずに残した。
- 浄土・穢土:浄らかな仏の国土と、けがれたこの世界。訳さずに残した。
- 少聞のともがら:見聞の少ない者たち。
- 厠屋:便所の建物、厠。訳さずに残した。
- 娑婆世界:わたしたちの住むこの世界。訳さずに残した。
- 学仏道:仏道を学ぶこと。訳さずに残した。
- 浄穢は離人の滴血なり:浄・穢(の区別)は、離人の滴血(身から離れた一滴の血)である。宗務庁版英訳は「人の体から(落ちた)一滴の血」と訳し、注で、「すさまじ」(冷たい)は「気味が悪い」「おそろしい」の意にもなるとし、道元禅師の言わんとするのは単に「浄」「穢」が絶対の区別ではない、ということかもしれないが、道元禅師の時代の文化では、体を離れる血(月経・傷による)は穢れとみなされていたことも心にとめておくべきだ、とする。訳文は字に近く訳し、離人・滴血は訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
- あるときはあたたかなり、あるときはすさまじ:あるときはあたたかく、あるときはすさまじい(冷たい、ぞっとする)。同じ一滴の血が、身にあるときはあたたかく、身を離れれば冷たくなる、の意に取れる(→読みの分かれるところ)。
- 諸仏に厠屋あり、しるべし:本書の原文の句切りのとおり、「諸仏に厠屋がある。知るべきである。」と二つに分けて訳した。
十誦律――羅睺羅と仏の厠#
書き下し 十誦律第十四に云く、羅睺羅沙弥、仏の厠に宿す。仏、覚し了りて、仏、右手を以て羅睺羅の頂を摩でて、是の偈を説いて言く、汝、貧窮の為ならず、亦た富貴を失せず、但だ求道の為の故に出家す、応に苦を忍ずべし。
訳 『十誦律』第十四にいう。「羅睺羅沙弥が、仏の厠に泊まった。仏は(それに)気づかれると、右手で羅睺羅の頭頂をなでて、この偈を説いて言われた。『おまえは、貧窮のため(に出家したの)ではなく、また富貴を失った(から出家したの)でもない。ただ求道のために出家したのである。まさに苦を忍ぶべきである』」。
語注
- 十誦律:律の名。宗務庁版英訳の注は、大正蔵1435番に見える話から引いたものとし、話の筋を次のように述べる。沙弥羅睺羅は、泊まるところが見つからず、仏の厠で、厠の足台を枕にして寝た。仏は、厠にすむ蛇に羅睺羅がかまれるのではないかと案じて、自分の住まいに連れて行った。厠の足台にふれていた羅睺羅の頭を、仏が(浄い手である)右手でなでたことは、意味のある細部である。書名として訳さずに残した。
- 羅睺羅:人名。人物の説明は宗務庁版英訳のこの章の注にないので、ここでは補わない。人名として訳さずに残した。
- 沙弥:出家して、まだ具足戒を受けていない少年の僧。宗務庁版英訳は "Śrāmaṇera" と訳す。訳さずに残した。
- 厠に宿す:厠に泊まる。
- 覚し了りて:気づき終えて、気づかれると。
- 頂を摩でて:頭のいただきをなでて。
- 偈:詩の形の教え。訳さずに残した。
- 汝、貧窮の為ならず、亦た富貴を失せず:おまえは貧窮のため(に出家したの)ではなく、また富貴を失った(ために出家したの)でもない。宗務庁版英訳は "Not because you are poor and destitute, / Nor because you neglected your wealth and honor" と、二句とも出家の理由を打ち消す形に訳す。「亦た富貴を失せず」を「(出家しても)富貴を失ってはいない」と取る読みもありうる(→読みの分かれるところ)。
- 求道:道を求めること。訳さずに残した。
- 応に苦を忍ずべし:まさに苦を忍ぶべきである。宗務庁版英訳は「苦を耐え忍ばねばならなかった(You have … had to endure hardships)」と、出家の結果として訳す。訳文は書き下し(「応に…べし」)に従った(→読みの分かれるところ)。
【3】そうであるから、仏の道場には厠屋がある。仏の厠屋の中の威儀は洗浄であり、祖祖が相伝してきた。仏儀がなお残っていることは、慕古の慶快(古を慕う者のよろこび)であり、会いがたいものに会えたのである。まして如来は、かたじけなくも厠屋の中で、羅睺羅のために説法なさった。厠屋は、仏が法輪を転じられる一会である。この道場の進止は、仏祖が正伝してきたものである。
語注
- 仏厠屋裏の威儀:仏の厠屋の中での威儀。
- 祖祖相伝:祖師から祖師へと相い伝えること。訳さずに残した。
- 仏儀:仏の儀(作法)。訳さずに残した。
- 慕古の慶快:古(いにしえ)を慕う(者の)よろこび。宗務庁版英訳は「古人を敬い慕うことから来る、さいわいとよろこび(a blessing and comfort that derives from appreciation for the ancients)」と訳す。慕古・慶快は訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
- あひがたきにあへるなり:会いがたいものに会えたのである。
- いはんや:まして、いうまでもなく。
- かたじけなく:(仏が)もったいなくも、ありがたくも。
- 厠屋裏にして、羅睺羅のために説法しまします:厠屋の中で、羅睺羅のために説法なさった。【2】の偈を指す。宗務庁版英訳の注の述べる話の筋(【2】の語注)では、仏は羅睺羅を自分の住まいに連れて行ったとされるが、本文は偈を説いた場所を厠屋とする(→読みの分かれるところ)。
- 仏転法輪の一会:仏が法輪を転じる(説法する)一つの会座。転法輪・一会は訳さずに残した。第四回【9】の「東司上不説仏法」と対照される(→読みの分かれるところ)。
- 進止:進むこととどまること、立ち居ふるまい。訳さずに残した。
- これ仏祖正伝せり:これは仏祖が正伝してきた。
摩訶僧祇律――厠屋の方位#
書き下し 摩訶僧祇律第三十四に云く、厠屋、東に在き、北に在くことを得ざれ、応に南に在き、西に在くべし。小行も亦た是の如し。
訳 『摩訶僧祇律』第三十四にいう。「厠屋は、東に置いたり、北に置いたりしてはならない。南に置き、西に置くべきである。小行もまた同じである」。
語注
- 摩訶僧祇律:律の名。典拠は大正蔵1425番(宗務庁版英訳の注による)。書名として訳さずに残した。
- 在き/在く:置く。
- 東・北/南・西:何を基準にした方角か(寺の中心か、僧の住まいか)は、引用の文には示されない。第三回【2】の「東司」の名との関係について、宗務庁版英訳の注は、宋の寺院では大衆の用いる東司が寺の西側にあった、とする。
- 小行も亦た是の如し:小行(小便所)もまた同じである。宗務庁版英訳の注は、小便所の置き場所を言うものらしいが、この一文は大正蔵の『摩訶僧祇律』の当該箇所にはなく、出典は不確かだとする。小行は訳さずに残し、語注で意を示した。
仏祖正伝の法儀#
【5】この方宜によるべきである。これは西天竺国の諸精舎の図であり、如来が現在された(世におられた)ときの建立である。知るべきである、一仏の仏儀だけではない。七仏の道場であり、精舎である。(いまはじめて)はじめたものではない。諸仏の威儀である。これらを明らかにしないうちは、寺院を草創し、仏法を修行しようとしても、誤りは多く、仏の威儀はそなわらず、仏菩提はいまだ現前しないであろう。もし道場を建立し、寺院を草創しようとするならば、仏祖正伝の法儀によるべきである。これ(すなわち)、正嫡正伝の法儀によるべきである。これは正嫡正伝であるから、その功徳は、あつめ重なっている。仏祖正伝の嫡嗣でなければ、仏法の身心をいまだ知らない。仏法の身心を知らなければ、仏家の仏業を明らかにしないのである。いま、大師釈迦牟尼仏の仏法が、あまねく十方に伝わっているというのは、仏身心の現成である。仏身心が現成する正当恁麼時(まさにそのとき)は、このようである。
語注
- この方宜によるべし:この方宜(方角のよろしき定め)によるべきである。【4】の厠屋の方位を受ける。宗務庁版英訳は "This standard should be followed." と訳す。訳さずに残し、( )で意を添えた。
- 西天竺国諸精舎の図:西天竺国(インド)の諸々の精舎(寺院)の図(配置)。訳文は読みやすさのため「西天竺国の諸精舎」と「の」を補った。精舎は訳さずに残した。
- 如来現在の建立:如来が(この世に)現在されたときの建立。訳さずに残した。
- 一仏の仏儀のみにあらず、七仏の道場なり、精舎なり:一仏(釈迦牟尼仏)の仏儀だけではない、七仏の道場であり、精舎である。宗務庁版英訳の注は、「七仏」は釈迦牟尼仏とそれ以前の六仏で、道元禅師の当時に理解された禅の仏祖の系譜の最初に置かれる、とし、またこの文の主語は示されておらずあいまいで、直前の厠の方位の規定とも、ここまでの洗浄の作法全体とも取れ、さらに「七仏の道場である」というのが、そのような道場に当てはまるという意か、それ自体がそのような道場であるという意かも明らかでない、とする。七仏は訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
- はじめたるにあらず:はじめたものではない。宗務庁版英訳の注は、厠の作法は釈迦牟尼仏が考え出したり、はじめて行ったりしたものではない、という意味だろう、とする。訳文は(いまはじめて)と補った(→読みの分かれるところ)。
- これらをあきらめざらんよりさきは:これらを明らかにしないうちは。
- 草創:寺を新しくはじめること。訳さずに残した。
- 仏威儀:仏の威儀。
- 仏菩提:仏のさとり。訳さずに残した。
- 現前:目の前にあらわれること。訳さずに残した。
- 法儀:法としての儀(さだめ、作法)。訳さずに残した。
- これ正嫡正伝の法儀によるべし:「これ」を、前の文を受けて言い直す語と取り、「すなわち」と訳した。前の文の「仏祖正伝」を「正嫡正伝」と言い換えて強める、と取れる(→読みの分かれるところ)。
- 正嫡正伝:正しい嫡流(あとつぎ)による正しい伝え。訳さずに残した。
- その功徳、あつめかさなれり:その功徳は、集まり重なっている。何の功徳か(正伝の法儀の功徳か、それによる修行の功徳か)は原文に示されない。功徳は訳さずに残した。
- 嫡嗣:正しいあとつぎ。訳さずに残した。
- 仏法の身心:仏法としての身心、仏法(にかなった)身心。第二回【4】の「仏法の身心にあらず」と同じ言い方。
- 仏家の仏業:仏家(仏の家)の仏業(仏としてのはたらき・つとめ)。訳さずに残した。
- 大師釈迦牟尼仏:大師(偉大な師)である釈迦牟尼仏。
- あまねく十方につたはれるといふは、仏身心の現成なり:あまねく十方に伝わっているということは、仏身心の現成である。仏身心は訳さずに残した。
- 仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし:仏身心が現成するまさにそのときは、このようである。何が「かくのごとし」なのか(ここまで述べた洗浄・厠屋の威儀か、正伝の法儀か)は原文に示されない。第一回【8】の「身心に修行を威儀せしむる正当恁麼時」と呼応する言い方と取れる(→読みの分かれるところ)。正当恁麼時は訳さずに残し、( )で意を添えた。
巻末題#
訳文
『正法眼蔵』洗浄(の巻)
語注
- 巻末題:巻の終わりを示す題。本書の底本の巻末題には巻番号がない。巻頭題にも番号はない(本巻第一回参照)。
- 巻の番号:宗務庁版英訳の巻末題は「正法眼藏洗淨第五十四」で、七十五巻本の番号である。宗務庁版英訳の解題は、この巻が七十五巻本で第五十四、本山版で第七にあたり、六十巻本にはないとする。
奥書#
訳文
書き下し 爾の時、延応元年己亥冬十月二十三日、雍州宇治県観音導利興聖宝林寺に在りて衆に示す。
そのとき、延応元年己亥(1239年)冬十月二十三日、雍州宇治県の観音導利興聖宝林寺において、大衆に示した。
語注
- 書き下しは本書の読みで、底本に付された訓ではない。
- 爾時:そのとき。この巻を示した時を言う。
- 延応元年己亥冬十月二十三日:延応元年は1239年。「己亥」はその年の干支(つちのと・い)。宗務庁版英訳の解題は、奥書によれば、この巻は『正法眼蔵』のうち最も早い時期のものの一つで、道元禅師が新たに開いた興聖寺で書かれた、とする。
- 雍州宇治県:地名。宗務庁版英訳は "Uji District, Yōshū" と訳し、注に説明はない。ここでは説明を加えない。第四巻「一顆明珠」の奥書も「宇治県」、第六巻「即心是仏」の奥書は「宇治郡」(いずれも底本の字のまま)。
- 観音導利興聖宝林寺:寺名。宗務庁版英訳は "Kannon Dōri Kōshō Hōrin Monastery" と訳す。宗務庁版英訳の解題がこの巻の撰述の地を興聖寺とするので、興聖寺の正式の名と取った。
- 示衆:大衆(修行者たち)に示すこと、説き示すこと。
- この奥書の伝本:宗務庁版英訳は、この奥書を龍門寺本(Ryūmonji MS)のものとして掲げる。
- 本山版の奥書のあとにある募刻識語は、本文ではないので訳していない。
解説#
はじめに――「しかあればすなはち、弁道功夫の道場」#
「洗浄」の巻は、五回に分けて読んでまいりました。今回は、その最終回です。
ふりかえっておきますと、第一回では、巻のはじめに「仏祖の護持しきたれる修証あり、いはゆる不染汚なり」(第一回の【1】)と示され、南岳と六祖の問答、『大比丘三千威儀経』の「浄身」の文、『華厳経』浄行品の偈が引かれました。第二回では、十指の爪を切ること、長爪・長髪のいましめ、そして大小便の洗浄をおこたってはならないことが説かれました。第三回では、樹下・露地での二七丸の土による洗浄から、寺の東司(便所)にいたる作法、手巾や直裰のかけ方までが示され、第四回では、厠の中での作法、洗浄の法、洗手、塗香、そして『禅苑清規』と『三千威儀経』の、洗浄しなければ三宝を礼してはならない、という文が引かれました。
今回読むのは、次のところです。
| 段 | 内容 |
|---|---|
| 【1】 | 弁道功夫の道場、この儀をさきにすべし |
| 【2】 | 『十誦律』――羅睺羅と仏の厠 |
| 【3】 | 厠屋は仏転法輪の一会なり |
| 【4】 | 『摩訶僧祇律』――厠屋の方位 |
| 【5】 | 仏祖正伝の法儀、仏身心の現成 |
| 巻末題 | 正法眼蔵洗浄 |
| 奥書 | 延応元年の示衆 |
第四回までは、どちらかといえば、手順を一つ一つ具体的に示すところが中心でした。手巾をどう折るか、浄桶に水をどれだけ入れるか、灰・土・皁莢で何度洗うか。今回の範囲では、そうした手順の記述がひととおり終わり、それらの作法が、仏祖の道場においてどのような意味をもつのか、ということが、禅師ご自身の言葉と、二つの律の引用とによって示されます。そして、巻は「仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし」という一句で閉じられます。
読み方の手順は、これまでと同じです。まず、何が言われているかを字面のうえで確かめ、そのうえで、それが何を指して言われているのかを考えます。今回の範囲にも、読みの決めにくい箇所が少なくありません。解説では、それらの箇所では読みの幅を残したまま、訳文の読みに沿って要点を述べるにとどめ、主なものを末尾の「読みの分かれるところ」に挙げました。そのうえで、坐禅や日々の修行、暮らしとのつながりを、一つの受けとめ方として申し添えてまいります。
弁道功夫の道場、この儀をさきにすべし〔【1】〕#
「この儀をさきにすべし」#
「しかあればすなはち、弁道功夫の道場、この儀をさきにすべし」。
そうであるから、弁道功夫の道場では、この儀を先にすべきである、と。
「しかあればすなはち」は、直前の第四回の終わりに引かれた二つの文を受けています。『禅苑清規』の「若し洗浄せざれば、僧牀に坐し、及び三宝を礼すること得ざれ。亦た人の礼拝を受くること得ざれ」(第四回の【13】)と、『三千威儀経』の「若し大小便を洗わざれば、突吉羅罪を得。亦た僧の浄坐具上に坐し、及び三宝を礼すること得ざれ。設い礼するとも福徳無し」(第四回の【14】)です。洗浄しなければ、僧牀に坐ることも、三宝を礼することも、人の礼拝を受けることもできない。だから、弁道功夫、道をつとめ工夫する道場では、この洗浄の儀を「さき」にすべきである、という運びです。
この「さきにすべし」を、ほかの行いより先に、その前提として行うべきである、と取るのか、第一に重んじるべきである、と取るのかには、幅があります。宗務庁版英訳は、後の向きで、"should be of primary concern"(第一の関心事とすべき)と訳しています。ただ、二つの読みはまったく別のものというより、重なりあうところがあるようにも思われます。坐ることも、礼拝することも、その前に洗浄がととのっていてはじめて成り立つ。そうであれば、洗浄は、順序のうえでも、重さのうえでも「さき」である、と受けとめることもできるでしょう。
ここで目にとめておきたいのは、「弁道功夫の道場」という言い方です。洗浄の作法は、道場の片すみにある、修行とは別の身のまわりの用事として言われているのではありません。弁道功夫の道場、まさに道をつとめるその場において、「さき」にすべきこととして言われているのです。
三つの「あに〜ざらんや」#
「あに三宝を礼せざらんや、あに人の礼拝をうけざらんや、あに人を礼せざらんや」。
どうして三宝を礼さないことがあろうか、どうして人の礼拝を受けないことがあろうか、どうして人を礼さないことがあろうか、と。
三つの反語が重ねられています。訳文では、道場では三宝を礼し、人の礼拝を受け、人を礼するのが当然であるから、その前提となる洗浄の儀を先にすべきだ、という論の運びに取りました。一方で、洗浄の儀をととのえれば、おのずから三宝を礼し、人の礼を受け、人を礼することができる、という含みを読むこともできます。
はじめの二つは、第四回の『禅苑清規』『三千威儀経』の引用の言葉、「三宝を礼す」「人の礼拝を受く」を受けています。ところが三つめの「あに人を礼せざらんや」は、引用には見えない句です。人から礼拝を受けるだけでなく、自分もまた人を礼する。その両方が、道場のなかで行われることとして並べられています。
第三回では、東司にいたったとき、ほかの僧が来て並んで立ったならば、叉手して揖すべきこと、一方の手がふさがっているときは一方の手で揖すべきこと、そして「他、かくのごとくせば、おのれ、かくのごとくすべし、おのれ、かくのごとくせば、他、またしかあるべし」(第三回の【3】)と言われていました。人を礼し、人から礼を受ける。そのやりとりは、東司という場所でも、すでに作法として行われていたのです。この段の「あに人を礼せざらんや」と第三回のこの一節とを、並べて受けとめることもできるかもしれません。もとより、二つの箇所を結びつけるのは、巻を通して読む者の一つの受けとめ方です。
「これ自己の強為にあらず、威儀の云為なり」#
「仏祖の道場、かならずこの威儀あり。仏祖道場中人、かならずこの威儀具足あり。これ自己の強為にあらず、威儀の云為なり、諸仏の常儀なり、諸祖の家常なり」。
仏祖の道場には、かならずこの威儀がある。仏祖の道場の中の人には、かならずこの威儀がそなわっている。これは自己の強為、しいてすることではない。威儀の云為であり、諸仏の常儀であり、諸祖の家常である、と。
この一句は、今回の範囲のなかでも、とりわけ心にとめておきたいところです。
「強為」は、しいてすること、むりにすることです。宗務庁版英訳は "something one forces oneself to do"(自分にむりにさせること)と訳しています。洗浄の作法は、自分が自分にむりに課してつとめるものではない、と言われるのです。
では何であるのか。「威儀の云為なり」。「云為」は、言うことと為すこと、言動です。訳文では、「威儀の云為」を、威儀そのものの言い行い、はたらき、と取りました。宗務庁版英訳も "the word and deed of deportment"(威儀の言と行)と訳しています。けれども、威儀にかなった言動、と取ることも、威儀がおのずからそうなること、と取ることもできます。
どの読みに立つにしても、ここで、洗浄の作法が「自己」のがわから言われるのではなく、「威儀」のがわから言われていることは、字面から確かめられます。自分がむりにつとめるのではない。威儀が、威儀として言い行う。それは諸仏のつねの儀であり、諸祖の家のつねのならいである、と。
宗門の立場からこれを受けとめるならば、この一句は、第一回の巻頭の言葉と響きあうように思われます。第一回では、「仏祖の護持しきたれる修証あり、いはゆる不染汚なり」(第一回の【1】)と示され、続いて「作法、これ宗旨なり、得道、これ作法なり」(第一回の【6】)と言われていました。宗務庁版英訳の注は、この「作法是宗旨」の一句が、のちの曹洞宗でいわれる「威儀即仏法、作法是宗旨」の出どころであろう、としています。作法がそのまま宗旨であるならば、作法は、宗旨に届くために自分がむりにこなす手段ではない。作法をつとめるそのところが、そのまま仏祖の威儀である。この段の「自己の強為にあらず、威儀の云為なり」は、そのことを別の角度から言いなおしたもの、と受けとめることもできるでしょう。もとより、二つの段を結びつけるのは、巻を通して読む者の一つの受けとめ方です。
「十方の仏儀なり、浄土・穢土の仏儀なり」#
「ただ此界の諸仏のみにあらず、十方の仏儀なり、浄土・穢土の仏儀なり。少聞のともがらおもはくは、諸仏には厠屋の威儀あらず、娑婆世界の諸仏の威儀は、浄土の諸仏のごとくにあらず、とおもふ。これは学仏道にあらず」。
ただこの世界の諸仏だけのことではない。十方の仏儀であり、浄土・穢土の仏儀である。見聞の少ない者たちは、諸仏には厠屋の威儀などない、娑婆世界の諸仏の威儀は、浄土の諸仏のようではない、と思っている。これは仏道を学ぶことではない、と。
ここで禅師は、「少聞のともがら」の思いを二つ挙げて退けておられます。一つは、諸仏には厠の作法などない、という思いです。仏というものは、厠に行くような、身体のいとなみとは無縁の存在だ、という見方でしょう。もう一つは、この娑婆世界の仏の威儀は、浄土の仏の威儀とは違う、という思いです。けがれたこの世界の仏だから厠のことがあるのであって、浄らかな浄土の仏にはそのようなことはない、という見方と取れます。
禅師はそのどちらにも与されません。洗浄の儀は、此界の諸仏だけでなく十方の仏儀であり、浄土の仏儀でもあり穢土の仏儀でもある、と。そして、そのように浄土と穢土とで仏の威儀を分けて考えることを、「学仏道にあらず」と言い切られます。
「浄穢は離人の滴血なり」#
「しるべし、浄穢は離人の滴血なり、あるときはあたたかなり、あるときはすさまじ」。
知るべきである、浄穢は離人の滴血、身から離れた一滴の血である。あるときはあたたかであり、あるときはすさまじい(冷たい)、と。
この一句は、今回の範囲のなかでも、読みのもっとも決めにくいところの一つです。
字のうえから確かめておきます。「浄穢」は、浄と穢、きよいこととけがれていることです。「離人の滴血」を、訳文では、宗務庁版英訳にならって、人の身から離れた一滴の血、と取りました。英訳は "a drop of blood from a person's body"(人の身体からの一滴の血)と訳しています。ただ、「離人」を、人を離れた、人に属さない、と取ることも、浄と穢を分ける人の見方を離れて見れば、という含みを読むこともできるでしょう。
続く「あるときはあたたかなり、あるときはすさまじ」について、宗務庁版英訳の注は、「すさまじ」は「冷たい」の意のほかに、「気味が悪い」「おそろしい」などの意にもなる、としています。そのうえで、道元禅師の言わんとするところは、単に「浄」「穢」が絶対の区別ではない、ということかもしれないが、道元禅師の時代の文化では、体を離れる血(月経によるものであれ、傷によるものであれ)は穢れとみなされていたことも、心にとめておくべきだ、としています。
この注に沿って、二つの読みを並べておきます。一つは、同じ一滴の血が、身にあるときはあたたかく、身を離れれば冷たくなる、すなわち、浄・穢は固定したものではなく、ときによってあらわれ方が変わるものだ、と取る読みです(訳文の取り方)。もう一つは、「すさまじ」を「おそろしい、忌まわしい」と取り、同じ血が、身にあれば尊いものとして通い、身を離れれば穢れとして忌まれる、と取る読みです。
この句が、直前の「少聞のともがら」の見を退ける理由として、どのようにつながっているのかも、原文には示されていません。訳文の読みに沿って、一つの受けとめ方を申し上げます。浄土の仏は浄く、穢土の仏は穢れているから、厠の作法のあるなしが分かれる、と少聞の者は考える。けれども、浄と穢とは、一滴の血がそうであるように、あるときはあたたかく、あるときは冷たい。浄と穢とを、もとから定まった二つのものとして、仏の上にまで当てはめることはできない、と。
そう受けとめるならば、この一句は、第一回の【8】の言葉とも響きあうように思われます。そこでは、「水、かならずしも本浄にあらず、本不浄にあらず。身、かならずしも本浄にあらず、本不浄にあらず、諸法、またかくのごとし」(第一回の【8】)と言われていました。水も身も、もとから浄いのでも、もとから不浄なのでもない。そのうえで、「しかあれども、水をもて身をきよむるにあらず、仏法によりて仏法を保任するに、この儀あり、これを洗浄と称す」(第一回の【8】)と続いていました。浄と穢が定まったものではないからといって、洗浄がいらないのではない。浄・穢の分別をこえたところで、なお、仏法によって仏法を保任する儀として、洗浄がある。巻のはじめに示されたこの筋道が、巻の終わりで、「浄穢は離人の滴血なり」という一句となってもう一度あらわれている、と受けとめることもできるでしょう。もとより、二つの段を結びつけるのは、巻を通して読む者の一つの受けとめ方であり、この一句そのものの読みは、なお幅を残しておきます。
「諸仏に厠屋あり、しるべし」#
段の最後は、「諸仏に厠屋あり、しるべし」です。諸仏に厠屋がある。知るべきである、と。
段の中ほどの「しるべし、浄穢は離人の滴血なり」と、この段の終わりの「しるべし」とが、二度重ねて置かれています。少聞の者が、諸仏には厠屋の威儀はない、と思うのに対して、禅師は、諸仏に厠屋がある、と言い切られます。仏もまた、身をもって生き、厠に行き、洗浄をする。そのことを、知るべきこととして示されるのです。
十誦律――羅睺羅と仏の厠〔【2】〕#
引用の文と、話の筋#
続いて、『十誦律』が引かれます。書き下しでは、次のとおりです。
「十誦律第十四に云く、羅睺羅沙弥、仏の厠に宿す。仏、覚し了りて、仏、右手を以て羅睺羅の頂を摩でて、是の偈を説いて言く、汝、貧窮の為ならず、亦た富貴を失せず、但だ求道の為の故に出家す、応に苦を忍ずべし」。
羅睺羅沙弥が、仏の厠に泊まった。仏はそれに気づかれると、右手で羅睺羅の頭頂をなでて、この偈を説いて言われた、と。
「沙弥」は、出家して、まだ具足戒を受けていない少年の僧です。羅睺羅について、この章の宗務庁版英訳の注は、人物の説明を加えていませんので、本書でもここでは、本文に言われるとおり、仏の厠に泊まった一人の沙弥として読みます。
宗務庁版英訳の注は、この引用が大正蔵1435番に見える話から引かれたものとし、話の筋を次のように述べています。沙弥の羅睺羅は、泊まるのにふさわしいところが見つからず、仏の厠で、厠の足台を枕にして横になった。仏は、厠にすむ蛇に羅睺羅がかまれるのではないかと案じて、羅睺羅を自分の住まいに連れて行った。そして、厠の足台にふれていた羅睺羅の頭を、仏が右手、すなわち浄い手でなでたことは、意味のある細部である、と。
第四回までに読んできたように、厠の作法では、左右の手のはたらきが、はっきりと分けられていました。浄桶は右手に提げ、洗浄には左手を用い、水杓は「かならず右手にてすべし」(第四回の【9】)と言われていました。そのことを思い合わせると、厠の足台にふれていた頭を、仏が浄い右手でなでられた、という注の指摘は、この巻の流れのなかで読むと、いっそう目をひくものになります。厠という場所と、仏の浄い手とが、ここで一つの場面のなかに置かれているのです。
偈――「但だ求道の為の故に出家す」#
仏が説かれた偈は、四句です。「汝、貧窮の為ならず、亦た富貴を失せず、但だ求道の為の故に出家す、応に苦を忍ずべし」。
おまえは、貧窮のために出家したのではなく、また富貴を失ったから出家したのでもない。ただ道を求めるために出家したのである。まさに苦を忍ぶべきである、と。
ここにも読みの幅があります。「亦た富貴を失せず」は、訳文では、宗務庁版英訳と同じく、前の句とともに出家の理由を打ち消す形、富貴を失ったから出家したのでもない、と取りました。けれども、出家しても富貴を失ってはいない、求道という富がある、という含みを読むこともできます。また、結びの「応に苦を忍ずべし」を、訳文は書き下しに従って、まさに苦を忍ぶべきである、と取りましたが、宗務庁版英訳は、苦を耐え忍ばねばならなかった、と、出家の結果として訳しています。
読みの幅を残したうえで、偈の中心を、「但だ求道の為の故に」の一句に見ることもできるでしょう。貧しさから逃れるためでもなく、何かを失ったためでもなく、ただ道を求めるために出家した。だから、厠に宿るような苦も、忍ぶべきである、あるいは、忍んできたのである。そのことを、仏は、厠に宿った羅睺羅の頭をなでながら説かれた、と本文は伝えています。
厠屋は仏転法輪の一会なり〔【3】〕#
「仏厠屋裏の威儀は洗浄なり、祖祖相伝しきたれり」#
「しかあればすなはち、仏道場に厠屋あり。仏厠屋裏の威儀は洗浄なり、祖祖相伝しきたれり」。
そうであるから、仏の道場には厠屋がある。仏の厠屋の中の威儀は洗浄であり、それは祖師から祖師へと相伝されてきた、と。
【1】の段の終わりで「諸仏に厠屋あり、しるべし」と言われたことが、『十誦律』の引用によって確かめられたかたちです。仏の道場に厠屋があり、その厠屋の中での仏の威儀が洗浄である。この巻の名である「洗浄」が、ここで、「仏厠屋裏の威儀」として言いなおされています。そしてそれは、祖祖相伝、祖師から祖師へと伝えられてきたものだ、と。
「慕古の慶快なり、あひがたきにあへるなり」#
「仏儀のなほのこれる、慕古の慶快なり、あひがたきにあへるなり」。
仏の儀がいまもなお残っていることは、慕古の慶快、古を慕う者のよろこびであり、会いがたいものに会えたのである、と。
「慕古」は、いにしえを慕うこと、「慶快」は、よろこびです。宗務庁版英訳は、古人を敬い慕うことから来る、さいわいとよろこび、と訳しています。訳文では、仏儀がいまも残っていることは、古を慕う者にとってのよろこびである、と取りましたが、古を慕い、仏儀を行ずることができるのは、さいわいである、と取ることもできます。
どちらに取るにしても、ここで、厠での作法が、「慶快」、よろこびの言葉で語られていることには、心をとめておきたいと思います。厠の作法を、わずらわしい決まりごととして受けとるのではない。仏の儀が、今日まで絶えずに残っていて、それに会うことができる。そのことを「あひがたきにあへるなり」と受けとめる。日々、くり返しつとめる作法を、会いがたいものに会えたこととして受けとめる、という姿勢が、ここに示されているように思われます。
「厠屋は仏転法輪の一会なり」#
「いはんや如来かたじけなく厠屋裏にして、羅睺羅のために説法しまします。厠屋は仏転法輪の一会なり。この道場の進止、これ仏祖正伝せり」。
まして如来は、かたじけなくも厠屋の中で、羅睺羅のために説法なさった。厠屋は、仏が法輪を転じられる一会である。この道場の進止、立ち居ふるまいは、仏祖が正伝してきたものである、と。
ここで禅師は、【2】の偈を、厠屋の中での説法として受けとめておられます。宗務庁版英訳の注の述べる話の筋では、仏は羅睺羅を自分の住まいに連れて行った、とされていましたが、本文は、偈を説いた場所を厠屋としています。この両者の関係をどう見るかは、原文にも注にも示されていません。本書では、注の述べる話の筋と、本文の受けとめ方とを、ともにそのまま記しておくにとどめます。
そのうえで、「厠屋は仏転法輪の一会なり」という一句に目をとめておきたいと思います。「転法輪」は、仏が法を説くことを、輪を転じることにたとえた言葉、「一会」は、説法の一つの会座です。厠屋は、仏が法を説かれる一つの会座である、と言われるのです。
ここで、第四回の言葉が思い起こされます。第四回の【9】の段の終わりには、「ひそかに東司上不説仏法の道理を思量すべし」(第四回の【9】)とありました。東司では仏法を説かない、という道理を、ひそかに思量せよ、と。宗務庁版英訳の注は、この句が、趙州従諗が沙弥文遠に、東司ではおまえに仏法を説くわけにはいかない、と言った話によるとし、東司は僧堂・浴室とともに、ものを言うことを禁じた「三黙堂」の一つであった、としています。
一方では、東司の上では仏法を説かない、と言われ、他方では、厠屋は仏転法輪の一会である、と言われる。この二つの言葉をどう受けとめるかは、本書では一つに決めずにおきます。言葉では説かない場所が、そのまま法輪の転じられる場所である、と受けとめることもできるでしょうし、東司での説かないことと、仏が厠屋で偈を説かれたこととは、それぞれ別の場面のこととして読むこともできるでしょう。ただ、いずれの読みに立つにしても、禅師が東司・厠屋を、仏法から切り離された場所として見てはおられないことは、この巻全体から確かめられるように思われます。
摩訶僧祇律――厠屋の方位〔【4】〕#
続いて、『摩訶僧祇律』が引かれます。書き下しでは、次のとおりです。
「摩訶僧祇律第三十四に云く、厠屋、東に在き、北に在くことを得ざれ、応に南に在き、西に在くべし。小行も亦た是の如し」。
厠屋は、東に置いたり、北に置いたりしてはならない。南に置き、西に置くべきである。小行もまた同じである、と。
宗務庁版英訳の注は、この引用の典拠を大正蔵1425番としています。
何を基準にした東・西・南・北なのか、寺の中心からか、僧の住まいからかは、引用の文には示されていません。第三回で読んだ「東司」という名について、宗務庁版英訳の注は、その由来はわからないとしつつ、道元禅師が訪れた宋の寺院では、僧堂の大衆が用いる東司は寺の西側にあった、としていました。東司という名と、この律の方位の定めとの関係をどう考えるかは、本文にも注にも説明がありませんので、ここではそれ以上立ち入りません。
最後の「小行も亦た是の如し」について、宗務庁版英訳の注は、小便所の置き場所を言うものらしいが、この一文は大正蔵の『摩訶僧祇律』の当該箇所には見えず、出典は不確かである、としています。「小行」を小便所と取るか、小便をすることと取るかにも、幅があります。
この段は、方位の定めを引くだけで、それについての禅師の言葉は、次の【5】の段に続きます。
仏祖正伝の法儀〔【5】〕#
「この方宜によるべし」「七仏の道場なり、精舎なり」#
「この方宜によるべし。これ西天竺国諸精舎の図なり、如来現在の建立なり。しるべし、一仏の仏儀のみにあらず、七仏の道場なり、精舎なり。はじめたるにあらず、諸仏の威儀なり」。
この方宜、方角のよろしき定めによるべきである。これは西天竺国、インドの諸々の精舎の図であり、如来がこの世におられたときの建立である。知るべきである、これは一仏の仏儀だけではない。七仏の道場であり、精舎である。はじめたものではない。諸仏の威儀である、と。
ここは、今回の範囲のなかで、とくに読みの分かれるところです。
まず、この文の主語が示されていません。宗務庁版英訳の注は、主語は示されておらずあいまいである、とし、まず考えられるのは直前の厠屋の方位の定めであるが、この巻でここまで述べてきた洗浄の作法の全体と取ることもできる、としています。さらに、それが「七仏の道場である」というのは、そのような道場にも当てはまる、という意味なのか、それ自体がそのような道場である、という意味なのかも明らかでない、としています。同じ注は、「七仏」を、釈迦牟尼仏とそれ以前の六仏で、道元禅師の当時に理解された禅の仏祖の系譜の最初に置かれる仏たちである、としています。
続く「はじめたるにあらず」について、宗務庁版英訳の注は、厠の作法は釈迦牟尼仏が考え出したり、はじめて行ったりしたものではない、という意味だろう、としています。訳文では、いまはじめてはじめたものではない、古来のものである、という向きにも取れるよう、(いまはじめて)と補っておきました。
読みの幅を残したうえで、ここで言われていることの向きは、字面からもうかがえます。厠屋の置き方であれ、洗浄の作法の全体であれ、それは、一人の仏が、ある時にはじめた決まりではない。釈迦牟尼仏ひとりの儀でもなく、七仏の道場であり、諸仏の威儀である、と。【1】で「諸仏の常儀なり、諸祖の家常なり」「十方の仏儀なり」と言われたことが、ここでは、時間をさかのぼる方向に、七仏・諸仏として言われている、と受けとめることもできるでしょう。
「仏菩提いまだ現前せざらん」#
「これらをあきらめざらんよりさきは、寺院を草創し、仏法を修行せん、あやまりはおほく、仏威儀そなはらず、仏菩提いまだ現前せざらん」。
これらを明らかにしないうちは、寺院を新たにひらき、仏法を修行しようとしても、誤りは多く、仏の威儀はそなわらず、仏のさとりはいまだ現前しないであろう、と。
厠屋の方位や洗浄の作法を明らかにしないで寺院をひらき、修行しても、仏菩提は現前しない。たいへん強い言い方です。厠の置き場所や洗浄の作法は、寺の建物や修行の、いわば周辺のことのように思われるかもしれません。けれども禅師は、それを明らかにしなければ、「仏威儀そなはらず」、仏の威儀がそなわらず、「仏菩提いまだ現前せざらん」と言われる。洗浄の作法と仏菩提とが、ここで一つながりに語られているのです。
これは、第一回の「作法、これ宗旨なり、得道、これ作法なり」(第一回の【6】)という言葉と、同じところを向いているように思われます。作法をおろそかにして、別のところに宗旨や得道を求めるのではない。もとより、二つの段を結びつけるのは、巻を通して読む者の一つの受けとめ方です。
「仏祖正伝の法儀によるべし。これ正嫡正伝の法儀によるべし」#
「もし道場を建立し、寺院を草創せんには、仏祖正伝の法儀によるべし。これ正嫡正伝の法儀によるべし。これ正嫡正伝なるがゆえに、その功徳、あつめかさなれり」。
もし道場を建立し、寺院をひらこうとするならば、仏祖正伝の法儀によるべきである。これ(すなわち)、正嫡正伝の法儀によるべきである。これは正嫡正伝であるから、その功徳は、集まり重なっている、と。
ここで、「〜の法儀によるべし」という文が二つ重ねられています。この「これ」を、訳文では、前の文を受けて言いなおす言葉と取り、「すなわち」と訳しました。前の文の「仏祖正伝」を「正嫡正伝」と言いかえて強めた、と取ったのです。けれども、「これ」を、道場の建立・寺院の草創を指す主語と取って、これ(道場・寺院をひらくこと)は、正嫡正伝の法儀によるべきである、と読むことも、強めの言葉と取ることもできます。
「正嫡正伝」は、正しい嫡流、正しいあとつぎによる、正しい伝えです。続く「その功徳、あつめかさなれり」が、何の功徳を言うのか、正伝の法儀そのものの功徳か、それによって修行することの功徳かは、原文に示されていません。
どの読みに立つにしても、ここで、道場を建て寺をひらくことが、「仏祖正伝の法儀」「正嫡正伝の法儀」によるべきこととして言われていることは、字面から確かめられます。この巻の流れのなかで読めば、洗浄の作法や厠屋の置き方も、その「法儀」のうちにあるものとして言われている、と受けとめることもできるでしょう。
「仏法の身心」と「仏家の仏業」#
「仏祖正伝の嫡嗣にあらざれば、仏法の身心、いまだしらず、仏法の身心しらざれば、仏家の仏業あきらめざるなり」。
仏祖正伝の正しいあとつぎでなければ、仏法の身心をいまだ知らない。仏法の身心を知らなければ、仏家の仏業、仏の家の仏としてのいとなみを、明らかにしないのである、と。
「仏法の身心」という言い方は、第二回にも出てきていました。大宋国の僧のなかに爪を長くのばしている者がいる、ということについて、禅師は、「これ、非法なり、仏法の身心にあらず。仏家の稽古あらざるによりて、かくのごとし」(第二回の【4】)と言われていました。そこでは、長い爪は「仏法の身心」ではない、と言われ、それは「仏家の稽古」、仏の家の古をならうことがないからだ、と言われていました。
今回の段では、「仏法の身心」を知らなければ、「仏家の仏業」を明らかにしない、と言われます。第二回の「仏法の身心」「仏家の稽古」と、今回の「仏法の身心」「仏家の仏業」と。爪を切ること、髪を剃ること、洗浄の作法をととのえること、そうした身のあり方そのものが「仏法の身心」にかかわることとして、巻の中ほどと巻の終わりとで、同じ言葉で語られていると受けとめることもできるでしょう。もとより、これは巻を通して読む者の一つの受けとめ方です。
「仏身心の現成なり」#
「いま、大師釈迦牟尼仏の仏法、あまねく十方につたはれるといふは、仏身心の現成なり。仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし」。
いま、大師釈迦牟尼仏の仏法が、あまねく十方に伝わっているというのは、仏身心の現成である。仏身心が現成する、まさにそのときは、このようである、と。
これが、「洗浄」の巻の本文の、最後の一文です。
釈迦牟尼仏の仏法が十方に伝わっている。そのことが、「仏身心の現成」、仏の身心が現れ成ることだ、と言われます。仏法が伝わる、というと、私たちは、教えの言葉や書物が伝わることを思いうかべがちです。けれども、ここでは、それが「仏身心」、仏の身と心が現れることとして言われている。直前の「仏法の身心」を受けて、仏法が十方に伝わることは、仏の身心が、十方の、それぞれの道場の、それぞれの身心の上に現れることなのだ、と受けとめることもできるでしょう。
そして最後に、「仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし」と結ばれます。仏身心が現成するまさにそのときは、このようである、と。
この「かくのごとし」が何を指しているのかは、原文に示されていません。ここまで述べてきた洗浄・厠屋の威儀がそのまま仏身心の現成のありさまである、と取ることもできますし、正伝の法儀が十方に伝わっていることを指す、と取ることも、直前の「仏法の身心」「仏家の仏業」を指す、と取ることもできます。本書では、そのどれか一つに決めずにおきます。
ただ、どの読みに立つにしても、巻の最後の言葉が、「仏身心」、仏の身と心として言われていることは、この巻の全体を思いあわせると、意味の深いところであるように思われます。爪を切ること、髪を剃ること、厠に行き、洗浄し、手を洗い、香を塗ること。この巻で語られてきたことは、すべて、身のいとなみにかかわる作法でした。そのような身の作法を述べてきた巻が、「仏身心の現成」という言葉で閉じられるのです。
坐禅と暮らしのなかの洗浄#
ここまで読んできたことを、坐禅と日々の暮らしのなかで受けとめてみたいと思います。
修証一等の受けとめ#
【1】の段の「これ自己の強為にあらず、威儀の云為なり」という言葉を、宗門では、修証一等の教えと結びつけて受けとめることができるように思われます。もとより、この巻の本文に「修証一等」という語が出てくるわけではなく、これは一つの受けとめ方としてお示しするものです。
弁道話で禅師は、修証一等の教えを、次のように示しておられました。
「それ、修・証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。仏法には、修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆゑに、初心の辦道すなはち本証の全体なり」(『弁道話』第五回)。
修行と証とが一つではないと思うのは、外道の見である。仏法では、修と証とは一等である。いまも証の上の修であるから、初心の弁道が、そのまま本証の全体である、と。そして、「修のほかに証をまつおもひなかれ」(『弁道話』第五回)とも言われていました。
洗浄の作法を、さとりに届くために自分がむりにこなす手段と見るならば、それは「自己の強為」になります。けれども、この巻は、そのようには言いません。洗浄は、仏祖の威儀そのものであり、諸仏の常儀、諸祖の家常である。仏祖の道場の人には、この威儀がかならずそなわっている、と。初心の弁道がそのまま本証の全体であるように、今日の一度の洗浄も、仏祖の威儀の全体である。そう受けとめることもできるでしょう。
また、弁道話には、「きかずや、祖師のいはく、修証はすなはちなきにあらず、染汚することはえじ」(『弁道話』第五回)という言葉もありました。これは、この巻の第一回に引かれた、南岳と六祖の問答の一句、「修証不無、染汚即不得」(第一回の【3】)と同じ言葉を和文で引いたものと見られます(第一回の解説「修証不無、染汚即不得」の項)。修証はないのではない、ただ染汚することはできない。この巻の第一回の不染汚と、今回の「自己の強為にあらず」とを、並べて受けとめるならば、洗浄の作法は、何かを付け加えて自分をきよめようとすることではなく、もとより染汚されない修証を、身の作法として行ずることである、と受けとめることもできるかもしれません。もとより、これは二つの巻、またこの巻の二つの回を並べて読む者の一つの受けとめ方です。
坐ることと、洗浄と#
【1】の段は、第四回の終わりの『禅苑清規』の引用、「若し洗浄せざれば、僧牀に坐し、及び三宝を礼すること得ざれ」(第四回の【13】)を受けていました。「僧牀」は、僧堂で坐禅し、寝起きする牀です。洗浄しなければ、僧牀に坐ることができない。ここに、洗浄と坐禅とのつながりが、そのまま示されています。
この巻に沿うならば、坐る前の身のととのえ、東司に行き、洗浄し、手を洗い、衣をととのえて戻る、そのひとつひとつが、すでに「弁道功夫の道場」のうちにある、と受けとめることができるように思われます。【1】で、この儀を「さき」にせよ、と言われたことを、坐禅に向かう身の順序として受けとめることもできるでしょう。
第四回の【9】の段では、洗手ののち、手巾や絆をととのえることについて、「かくのごとくする、みなこれ浄仏国土なり、荘厳仏国なり。審細にすべし、倉卒にすべからず。いそぎをはりてかへりなばやと、おもひいとなむことなかれ」(第四回の【9】)と言われていました。急いで済ませて帰りたいものだ、と思ってはならない。坐禅のときだけをていねいにして、そのほかの時間を、早く済ませたい用事として過ごすのではない。東司での一つ一つの所作を、あわてずに、こまやかにつとめる。そのことが、そのまま浄仏国土である、と。
坐禅をしていると、坐ることだけが修行で、ほかは修行のあいまの時間のように思えてしまうことがあります。けれども、この巻を読み終えてみると、坐禅の前後の、厠に行くことさえも、仏祖の威儀として、道場のなかの行として語られていることに、あらためて気づかされます。
暮らしのなかの洗浄#
この巻に書かれている作法は、僧院の、それも延応元年(1239年)に示された作法です。灰や土や皁莢で手を洗い、籌を用いる、といったことは、そのままのかたちで今日の暮らしに移せるものではありません。この巻の作法を、今日の家庭の暮らしにそのまま当てはめることは、本書ではいたしません。
けれども、この巻が示していることのなかには、今日の暮らしのなかでも受けとめられることがあるように思われます。
一つは、身のいとなみを、修行や信仰と別のことと見ない、ということです。【1】で、少聞の者は、諸仏には厠屋の威儀などないと思う、と言われていました。私たちも、仏道や信仰というと、どこか身体のいとなみから離れた、きよらかなことのように思いがちです。けれども、この巻は、「諸仏に厠屋あり、しるべし」と言います。食べること、眠ること、厠に行くこと、身を洗うこと。そうした、毎日くり返される身のいとなみのなかに、仏祖の威儀がある、と受けとめることができるでしょう。
もう一つは、【3】の「慕古の慶快なり、あひがたきにあへるなり」という言葉です。毎日くり返すことは、つい、わずらわしい決まりごとになり、急いで済ませたいものになってしまいます。けれども、それを、古くから伝えられてきたものに今日も会える、という喜びとして受けとめる。手を洗う、身をととのえる、そのひとときを、ていねいに過ごす。そのことは、僧院の外の暮らしにあっても、受けとめられることであるように思われます。
坐禅をはじめたばかりの方は、坐禅会などで、指導を受けながら坐ってみていただければと思います。坐禅会では、坐り方だけでなく、堂に入る作法、合掌や礼拝の仕方なども教わることがあります。【5】の段で、道場は仏祖正伝の法儀によるべし、と言われていたことも、思い合わされます。
巻末題と奥書#
「正法眼蔵洗浄」#
本文のあとに、「正法眼蔵洗浄」と巻末題が記されます。
本書の底本とする本山版では、この巻末題には巻番号がありません。宗務庁版英訳の巻末題は「正法眼藏洗淨第五十四」で、これは七十五巻本の番号です。宗務庁版英訳の解題は、この巻が七十五巻本で第五十四、本山版で第七にあたり、六十巻本には含まれていない、としています。
延応元年十月二十三日、興聖寺にて示衆#
「爾時延応元年己亥冬十月二十三日、在雍州宇治県観音導利興聖宝林寺示衆」。
そのとき、延応元年己亥の冬十月二十三日、雍州宇治県の観音導利興聖宝林寺において、大衆に示した、という記録です。
延応元年は1239年、「己亥」はその年の干支です。宗務庁版英訳の解題は、奥書によれば、この巻は『正法眼蔵』のうちで最も早い時期のものの一つで、道元禅師が新たに開いた興聖寺で書かれた、としています。前の第六巻「即心是仏」の奥書は、同じ延応元年の五月二十五日でした(『即心是仏』第二回)。この巻も、同じ年に興聖寺で示されたとされます。
奥書の地名は、本山版では「雍州宇治県」です。本書で読んできた第四巻「一顆明珠」の奥書も「宇治県」、第六巻「即心是仏」の奥書は「宇治郡」となっていました。この字の違いについては、宗務庁版英訳の注にも説明がありませんので、ここでは、底本の字がそうなっていることを記すにとどめます。また、「観音導利興聖宝林寺」を興聖寺の正式の名と取ったのは、宗務庁版英訳の解題がこの巻の撰述の地を興聖寺とすることによります。
宗務庁版英訳は、この奥書を龍門寺本のものとして掲げています。
本山版の募刻識語について#
なお、本書の底本である本山版には、奥書のあとに、この巻の刊刻を助けた人々と、その願いを記した、享和二年の募刻識語があります。これは道元禅師の本文ではありませんので、ここでは立ち入りません。
巻をふりかえって――第一回から第五回へ#
五回にわたって、「洗浄」の巻を読んできました。ここで、巻全体をふりかえってみたいと思います。もとより、これは五つの回を並べて読む者の一つの受けとめ方であり、本文がそう要約しているわけではありません。
巻の流れ#
宗務庁版英訳の解題によれば、巻名の「洗浄」は、宋代の禅院で、便所を用いるときの作法をいう婉曲な言い方であった、とされます。そして、ここに述べられる作法は道元禅師の独創ではなく、引用からうかがえるように『禅苑清規』などの清規類に拠るものであるが、道元禅師はそれに、仏祖の身をもってする修行としての意味づけを加えている、とされます。
巻は、「仏祖の護持しきたれる修証あり、いはゆる不染汚なり」(第一回の【1】)と始まりました。南岳と六祖の問答、「修証は無ならず、染汚すること、即ち得ず」が引かれ、続いて、浄身の法・浄心の法があること、国土・樹下をもきよめること、「作法、これ宗旨なり、得道、これ作法なり」(第一回の【6】)と示されました(第一回)。そして、十指の爪を切ること、長爪・長髪のいましめ、大小便の洗浄をおこたらないこと(第二回)、樹下・露地での二七丸の土の洗浄、東司にいたる作法(第三回)、厠の中での作法と洗浄の法、洗手、そして『禅苑清規』『三千威儀経』の、洗浄しなければ三宝を礼してはならない、という文(第四回)と、作法が一つ一つ示されてゆきました。
今回、それらの作法が、「自己の強為にあらず、威儀の云為なり」と受けとめられ、諸仏に厠屋がある、厠屋は仏転法輪の一会である、と示されました。そして、仏祖正伝の法儀によるべきこと、仏法が十方に伝わることが仏身心の現成であることが言われて、巻は閉じられました。
巻頭と巻末――「修証不染汚」と「仏身心の現成」#
巻頭と巻末とを並べてみると、いくつかの言葉が呼びかわしているように見えます。
巻のはじめ、第一回の【8】の段では、洗浄について、「仏祖の一身心を、したしくして正伝するなり」(第一回の【8】)と言われ、「おほよそ、無量無辺の功徳を現成せしむるなり。身心に修行を威儀せしむる正当恁麼時、すなはち久遠の本行を具足円成せり。このゆえに、修行の身心、本現するなり」(第一回の【8】)と言われていました。
巻の終わり、今回の【5】の段では、「仏祖正伝の法儀によるべし」と言われ、「仏法の身心」が言われ、そして、「仏身心の現成なり。仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし」と結ばれます。
巻頭の「仏祖の一身心」「正伝」「現成」「身心に修行を威儀せしむる正当恁麼時」と、巻末の「仏祖正伝」「仏法の身心」「仏身心の現成」「仏身心現成の正当恁麼時」と。巻のはじめに、洗浄は仏祖の一身心を正伝することであり、身心に修行を威儀させるそのときに久遠の本行が円成している、と示されたことが、巻の終わりで、仏法が十方に伝わることが仏身心の現成であり、その現成のときはこのようである、と、もう一度言われている。そう受けとめることもできるでしょう。
また、巻の第一句は「仏祖の護持しきたれる修証あり、いはゆる不染汚なり」でした。不染汚の修証が、仏祖によって護持されてきた。巻の終わりでは、仏祖正伝の法儀が、正嫡正伝として伝えられ、その功徳があつめかさなっている、と言われます。仏祖が護持し、正伝してきたものが、巻の両端に置かれている、と見ることもできるかもしれません。
さらに、第二回の終わりでは、舎利弗の洗浄の作法について、「仏祖の威儀現成するところに、邪法おのづから伏するなり」(第二回の【9】)と言われていました。巻のはじめの「現成せしむる」、巻の中ほどの「仏祖の威儀現成するところ」、巻の終わりの「仏身心の現成」と、「現成」という言葉が、巻のところどころで、洗浄の作法とともに語られていることにも、目をとめておきたいと思います。
ただし、本回の「かくのごとし」が何を指しているのかが決めがたいように、第一回の【8】の段の句切りや「威儀せしむる」の読みにも、幅が残っていました(第一回の「読みの分かれるところ」)。ここに申し上げた巻頭と巻末の照応も、本文がそう明示しているわけではなく、五つの回を並べて読む者の一つの受けとめ方です。巻頭の言葉と巻末の言葉が同じことを言っているのか、それとも巻の歩みのなかで言葉が少しずつ深められていると見るのか、本書では決めずにおきます。
巻名「洗浄」を、あらためて#
五回を読み終えたいま、巻名を、たとえば次のように受けとめることもできるかもしれません。
洗浄は、ただ水で身の汚れを落とすことではない。「水をもて身をきよむるにあらず、仏法によりて仏法を保任するに、この儀あり、これを洗浄と称す」(第一回の【8】)と、巻のはじめに言われていたように、それは仏法によって仏法を保任する儀である。けれども、それは同時に、爪を切り、東司に行き、水をくみ、灰と土で手を洗う、という、ごく具体的な身の作法でもある。その作法は、自分がむりにつとめるものではなく、威儀の云為であり、諸仏の常儀、諸祖の家常である。浄と穢とは一滴の血のように定まりがたいものであるけれども、それでも諸仏に厠屋があり、厠屋は仏転法輪の一会である。そして、その作法を仏祖正伝の法儀として行ずるところに、仏身心が現成する。もとより、巻名の受けとめ方には幅があり、ここに申し上げたことも、その一つにすぎません。
むすびに#
今回読んだところを、あらためてふりかえってみましょう。
弁道功夫の道場では、洗浄の儀を先にすべきである。三宝を礼し、人の礼拝を受け、人を礼するのが道場である。仏祖の道場にはかならずこの威儀があり、それは自己の強為ではなく、威儀の云為であり、諸仏の常儀、諸祖の家常である。それは此界の仏だけでなく、十方の、浄土・穢土の仏儀である。諸仏に厠屋の威儀はない、と思うのは学仏道ではない。浄穢は離人の滴血であり、あるときはあたたかく、あるときはすさまじい。諸仏に厠屋がある(【1】)。『十誦律』には、仏が、厠に宿った羅睺羅の頭を右手でなで、ただ求道のために出家したのだ、と偈を説かれたことが伝えられる(【2】)。仏の厠屋の中の威儀は洗浄であり、祖祖相伝されてきた。仏儀がなお残っていることは、慕古の慶快である。厠屋は仏転法輪の一会である(【3】)。『摩訶僧祇律』は、厠屋は東・北でなく、南・西に置くべし、と言う(【4】)。それは西天の精舎の図であり、一仏の仏儀ではなく、七仏の道場、諸仏の威儀である。道場を建て寺をひらくには、仏祖正伝の法儀によるべきである。仏法が十方に伝わることは、仏身心の現成である。仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし(【5】)。禅師は、このように巻を結ばれました。
この巻は、厠の作法という、ふつうには仏道の話題にはなりにくいことを、正面から取りあげ、それを仏祖の威儀として、仏身心の現成として示している、と読めます。宗門で、威儀を大切にし、作法を宗旨として受けとめてきたことが、この巻では、もっとも身近な、毎日の身のいとなみの上で示されている、と受けとめることもできるでしょう。もとより、末尾の「読みの分かれるところ」に挙げたように、一つ一つの句には、読みの幅が少なからず残っています。本書では、それらのどれか一つを唯一の正解とはせず、読みの幅を残しておきました。
「洗浄」の巻は、こうして、「仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし」の一句で閉じられます。
毎日の暮らしのなかで、私たちは、何度も手を洗い、身をととのえます。それを、早く済ませたい用事として過ごすこともできれば、仏祖から伝えられてきた威儀として、ていねいにつとめることもできます。「いそぎをはりてかへりなばやと、おもひいとなむことなかれ」。今日の一つ一つの所作を、また、ていねいにつとめてゆきたいと思います。
読みの分かれるところ#
この回の範囲でも、道元禅師の和文の一句にも、引かれた律の言葉にも、読み方の分かれるところがあります。主なものを挙げます。どれか一つを正解とするのではなく、読みの幅として示します。
-
「弁道功夫の道場、この儀をさきにすべし。あに三宝を礼せざらんや……あに人を礼せざらんや」【1】
「さきにすべし」は、ほかの行いより先に、その前提として行うべき、とも、第一に重んじるべき、とも取れます。宗務庁版英訳は後の向きに訳しています。三つの反語も、道場では三宝を礼し、人の礼拝を受け、人を礼するのが当然であるから、そのために洗浄を先にせよ、と取るのが本書の訳ですが、洗浄の儀をととのえれば、おのずから礼することができる、という含みを読むこともできます。三つめの「あに人を礼せざらんや」は、第四回の引用には見えない句です。 -
「これ自己の強為にあらず、威儀の云為なり」【1】
「威儀の云為」は、威儀そのものの言い行い・はたらき、と取るのが本書の訳で、宗務庁版英訳も同じ向きです。威儀にかなった言動、と取ることも、威儀がおのずからそうなること、と取ることもできます。この句を修証一等の教えと結びつけて受けとめるのは、宗門の立場からの一つの受けとめ方で、本文に「修証一等」の語があるわけではありません。 -
「浄穢は離人の滴血なり、あるときはあたたかなり、あるときはすさまじ」【1】
「離人の滴血」は、人の身から離れた一滴の血、と取るのが本書の訳で、宗務庁版英訳も同じ向きです。「離人」を、人に属さない、と取ることも、浄と穢を分ける人の見方を離れて見れば、という含みを読むこともできます。宗務庁版英訳の注は、「すさまじ」には「おそろしい」などの意もあるとし、道元禅師の言わんとするのは、浄・穢が絶対の区別ではない、ということかもしれないが、当時の文化では体を離れる血が穢れとみなされていたことも心にとめておくべきだ、としています。同じ一滴の血が、身にあればあたたかく、離れれば冷たい、と取ることも、身にあれば尊く、離れれば穢れとして忌まれる、と取ることもできます。この句が、直前の「少聞のともがら」の見を退ける理由としてどうつながるのかも、本文には示されていません。 -
『十誦律』の偈「亦た富貴を失せず」「応に苦を忍ずべし」【2】
「亦た富貴を失せず」は、富貴を失ったから出家したのでもない、と取るのが本書の訳で、宗務庁版英訳も同じ形です。出家しても富貴を失ってはいない(求道という富がある)、という含みを読むこともできます。結びの「応に苦を忍ずべし」も、まさに苦を忍ぶべきである、と取るのが本書の訳ですが、宗務庁版英訳は、苦を耐え忍ばねばならなかった、と出家の結果として訳しています。 -
「厠屋裏にして、羅睺羅のために説法しまします」「厠屋は仏転法輪の一会なり」【3】
宗務庁版英訳の注の述べる話の筋では、仏は羅睺羅を自分の住まいに連れて行ったとされますが、本文は偈を説いた場所を厠屋としています。両者の関係は、本文にも注にも示されていません。また、第四回の「東司上不説仏法」(東司では仏法を説かない)との関係も、言葉では説かない場所がそのまま法輪の転じられる場所である、と受けとめることも、それぞれ別の場面のこととして読むこともできます。「慕古の慶快」も、古を慕う者のよろこび、とも、古を慕い仏儀を行ずることのさいわい、とも取れます。 -
「一仏の仏儀のみにあらず、七仏の道場なり、精舎なり。はじめたるにあらず」【5】
何について言われているのか、主語が示されていません。宗務庁版英訳の注は、直前の厠屋の方位の定めとも、この巻で述べてきた洗浄の作法の全体とも取れる、とし、「七仏の道場である」というのが、そのような道場にも当てはまるという意味か、それ自体がそのような道場であるという意味かも明らかでない、としています。「はじめたるにあらず」も、釈迦牟尼仏がはじめたのではない(宗務庁版英訳の注)、とも、いまはじめたものではなく古来のものである、とも取れます。 -
「仏祖正伝の法儀によるべし。これ正嫡正伝の法儀によるべし」【5】
二つめの文の「これ」を、前の文を受けて言いなおす言葉(すなわち)と取るのが本書の訳です。道場の建立・寺院の草創を指す主語と取って、これ(道場・寺院をひらくこと)は正嫡正伝の法儀によるべきである、と読むことも、強めの言葉と取ることもできます。続く「その功徳」が、正伝の法儀そのものの功徳か、それによって修行することの功徳かも、本文には示されていません。 -
「仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし」【5】
巻の最後の「かくのごとし」が何を指すのかは、本文に示されていません。ここまで述べてきた洗浄・厠屋の威儀がそのまま仏身心の現成のありさまである、と取ることも、正伝の法儀が十方に伝わっていることを指す、と取ることも、直前の「仏法の身心」「仏家の仏業」を指す、と取ることもできます。第一回の「身心に修行を威儀せしむる正当恁麼時」と呼応する言い方と受けとめることもできますが、それも本文が明示していることではありません。
参考#
- 底本:『正法眼蔵』本山版(九十五巻本)第七「洗浄」
- 参照:曹洞宗宗務庁『Treasury of the True Dharma Eye: Dōgen's Shōbōgenzō』Vol. IV(Sōtō Zen Text Project、2023)
- 本巻の撰述の時と場所、諸本での位置と巻末題、巻名と清規類についての説明、奥書の伝本、浄穢・離人の滴血についての説明、『十誦律』『摩訶僧祇律』の典拠と話の筋、「小行亦如是」の出典、七仏と「はじめたるにあらず」についての説明、東司の名と東司上不説仏法・三黙堂についての説明、「作法是宗旨」についての説明と、語注・解説・「読みの分かれるところ」に挙げた英訳の読みは、同書の本文・注・解題によります。