重雲堂式#
巻頭題から、二十一の条、奥書、巻末題、そして後の人が書き添えた付記までを、一回で読みます。一つの堂で修行する人々のための定めを、箇条書きで示した巻です。
原文#
正法眼藏 重雲堂式
条文#
【1】一 道心ありて、名利をなげすてんひと、いるべし、いたづらにまことなからんもの、いるべからず。あやまりていれりとも、かんがへていだすべし。しるべし、道心ひそかにをこれば、名利たちどころに解脱するものなり。おほよそ大千界のなかに、正嫡の付屬、まれなり。わがくに、むかしよりいま、これを本源とせん、のちをあはれみて、いまをおもくすべし。
【2】一 堂中の衆は、乳水のごとくに和合して、たがひに道業を一興すべし。いまは、しばらく賓主なりとも、のちには、ながく佛祖なるべし。しかあればすなはち、おのおのともにあひがたきにあひて、をこなひがたきををこなふ、まことのおもひを、わするることなかれ。これを佛祖の身心といふ、かならず佛となり祖となる。すでに、家をはなれ、里をはなれ、雲をたのみ、水をたのむ。身をたすけ、道をたすけむこと、この衆の恩は、父母にもすぐるべし。父母は、しばらく生死のなかの親なり、この衆は、ながく佛道のともにてあるべし。
【3】一 ありきを、このむべからず。たとひ切要には、一月に一度をゆるす。むかしのひと、とをき山にすみ、はるかなるはやしにをこなふし、人事、まれなるのみにあらず、萬緣、ともにすつ。韜光晦跡せしこころを、ならふべし。いまは、これ頭然をはらふときなり、このときをもて、いたづらに世緣にめぐらさむ、なげかざらめや、なげかざらめやは。無常たのみがたし、しらず、露命いかなるみちのくさにかをちむ、まことにあはれむべし。
【4】一 堂のうちにて、たとひ禪冊なりとも、文字をみるべからず、堂にしては、究理辨道すべし、明窻下にむかふては、古教照心すべし。寸陰、すつることなかれ、專一に功夫すべし。
【5】一 おほよそ、よるも、ひるも、さらむところをば、堂主にしらすべし。ほしいままに、あそぶことなかれ、衆の規矩にかかはるべし。しらず、今生のおはりにてもあるらむ、閑遊のなかに、いのちをおはん、さだめて、のちにくやしからん。
【6】一 他人の非に、手かくべからず。にくむこころにて、ひとの非をみるべからず。不見他非、我是自然、上敬下恭の、むかしのことばあり。また、ひとの非をならふべからず、わが德を修すべし。ほとけも、非を制することあれども、にくめ、とにはあらず。
【7】一 大小の事、かならず堂主にふれて、をこなふべし。堂主にふれずして、ことををこなはんひとは、堂をいだすべし。賓主の禮みだれば、正偏あきらめがたし。
【8】一 堂のうち、ならびにその近邊にて、こえをたかくし、かしらをつどえて、ものいふべからず。堂主、これを制すべし。
【9】一 堂のうちにて、行道すべからず。
【10】一 堂のうちにて、珠數、もつべからず。手をたれて、いで・いりすべからず。
【11】一 堂のうちにて、念誦・看經すべからず。檀那の、一會の看經を請せんは、ゆるす。
【12】一 堂のうちにて、はな、たかくかみ、つばき、たかくはくべからず。道業の、いまだ通達せざることを、かなしむべし。光陰の、ひそかにうつり、行道の、いのちをうばふことを、をしむべし。をのづから少水のうをのこころあらむ。
【13】一 堂の衆、あやおりものを、きるべからず、かみ・ぬのなどを、きるべし。むかしより、道をあきらめしひと、みなかくのごとし。
【14】一 さけにえひて、堂中にいるべからず。わすれてあやまらんは、禮拜・懺悔すべし。また、さけを、とりいるべからず、にらぎのか、して、堂中にいるべからず。
【15】一 いさかひせんものは、二人ともに、下寮すべし。みづから道業をさまたぐるのみにあらず、他人をもさまたぐるゆへに。いさかはんをみて制せざらんものも、をなじくとがあるべし。
【16】一 堂中のをしへにかかはらざらんは、諸人、をなじこころにて擯出すべし。をかしと、をなじこころにあらんは、とが、あるべし。
【17】一 僧・俗を堂内にまねきて、衆を起動すべからず。近邊にても、賓客と、ものいふこえ、たかくすべからず。ことさら修練自稱して、供養をむさぼることなかれ。ひさしく參學のこころざしあらむが、あながちに巡禮のあらむは、いるべし。そのときも、かならず堂主にふるべし。
【18】一 坐禪は、僧堂のごとくにすべし。朝參暮請、いささかもをこたることなかれ。
【19】一 齋粥のとき、鉢盂の具足を地にをとさんひとは、叢林の式によりて、罰油あるべし。
【20】一 おほよそ佛祖の制誡をば、あながちにまほるべし。叢林の淸規は、ほねにも銘ずべし、心にも銘ずべし。
【21】一 一生安穏にして、辨道無爲にあらむと、ねがふべし。以前の數條は、古佛の身心なり、うやまひ、したがふべし。
奥書#
暦仁二年己亥四月二十五日、觀音導利興聖護國寺、開闢沙門道元示。
巻末題#
觀音導利興聖護國寺重雲堂式終
付記(堂主宗信について)#
爾時の堂主宗信、この文をうつして、のちにつたふるなり。ゆへに、近代流布の本のおはりに、堂主宗信の四字をのするものあり。しかあれども、撰者にあらざること、しるべきなり。
現代語訳#
段落番号【1】〜【21】は原文の段落番号と対応します。この巻は、「一」という印で始まる二十一の条を並べたもので、巻が短いので一回で読みます。訳文も原文の段落(条)ごとにつけました。各条の頭の「一」は、箇条書きの一つ一つの条を示す印で、訳文でも「一、」として残しました。原文と現代語訳の小見出しは、読みやすさのために付けたもので、原文にはありません。( )内は、原文にない語を訳者が補ったもの、または直前の語の言い換え・読みです。漢文の句(【6】の「不見他非、我是自然、上敬下恭」のほか、韜光晦跡・究理辨道・古教照心・朝參暮請・辨道無爲など)は、語注にまず書き下しを示し、続けて訳を示しました。書き下しは一つの読みであり、底本の訓ではありません。原文の字は底本のままとし、書き下しと訳は新字体でそろえました。【6】の漢文の句は、「不見他非、我是自然、上敬下恭」と切る形によって訳しました。宗務庁版英訳の注が挙げる出典の句は、切り方が違います(語注と「読みの分かれるところ」参照)。仏教語・禅語(道心・名利・解脱・大千界・正嫡・付属・道業・賓主・仏祖・身心・生死・韜光晦跡・頭然・露命・禅冊・究理辨道・古教照心・寸陰・功夫・堂主・規矩・今生・正偏・行道・珠数・念誦・看経・檀那・通達・礼拝・懺悔・下寮・擯出・修練・供養・参学・巡礼・坐禅・僧堂・朝参暮請・斎粥・鉢盂・叢林・罰油・制誡・清規・辨道・無為・古仏など)は、訳さずに残すか、( )で意を添えるにとどめ、段落の後の「語注」で短く説明しました。事実(寺名・年代・人物)と語義は、宗務庁版英訳の注・解題が述べる範囲で示し、宗務庁版英訳が訳語を示すだけで説明していない語(堂主・斎粥・鉢盂・叢林・清規など)は、訳語を示すにとどめました。読みの分かれる句には、訳文に一つの訳を置き、主なものを末尾の「読みの分かれるところ」に挙げました。
巻頭題 正法眼蔵 重雲堂式(じゅううんどうしき)
語注
- 正法眼蔵:書名。訳さずに残した。
- 重雲堂式:巻名。「重雲堂」の「式」(きまり・作法)。宗務庁版英訳の巻名訳は "Procedures for the Hall of Gathered Clouds"(雲の集まる堂の作法)。宗務庁版英訳の注は、この題について三つの取り方を挙げる。(a)「重雲堂」を、修行者が増えて収まりきらなくなったために興聖寺に建てた二つ目の僧堂を指すとする見方(ただし、そのような堂の記録は見当たらないようだ、とする)――この取り方から "Rules for the Auxiliary Cloud Hall" と訳されることが多い。(b)「重」は「式」にかかり、「重んずべき(尊重すべき)」の意(「重き式」)とする見方。(c) 宗務庁版英訳自身の取り方で、「重雲」を「重なった(積み重なった)雲」の意の一語と取り、雲堂に集まった僧の大衆を詩的に言うものとする。訳文は語を訳さずに残した。
- 雲堂:宗務庁版英訳の解題は、興聖寺が、僧堂(雲堂とも呼ぶ)の牀の上で坐禅する中国の禅の修行の仕方を日本に取り入れたことで注目される寺であり、この巻は題が示すとおりその堂での修行の指針である、とする。また、和文で書かれているが、内容は『永平清規』に収められた漢文の清規類と同じ類に属する、とする。
- 巻の位置:宗務庁版英訳の解題によれば、この巻は『正法眼蔵』として書かれたものではなく、古い写本の系統には見えない。1686年に八十九巻の『正法眼蔵』の編集に入れられたのが初めで、のち九十五巻の編集に収められ、1815年の本山版で第五の巻とされた。本書の底本の巻頭題には番号がない。宗務庁版英訳はこの巻を補遺(別輯)の第2章に置く。
条文#
【1】一、道心があって、名利を投げ捨てようとする人は、(この堂に)入れるべきである。いたずらに、まことのない者は、入れてはならない。誤って入れてしまったとしても、よく考えて(堂から)出すべきである。知っておかねばならない。道心がひそかに起これば、名利はたちどころに解脱する(名利から離れて自由になる)ものである。おおよそ大千界(この広大な世界)の中で、正嫡への付属(正しい嗣ぎ手に法を付し託すこと)はまれである。わが国では、昔から今まで(を通じて)、これを本源としよう。のち(の世の人々)をあわれんで、今を重んじるべきである。
語注
- 一:条の頭の印。以下の各条も同じ。
- 道心:仏道を求める心。訳さずに残した。
- 名利:名誉と利益。宗務庁版英訳は "fame and profit"。
- いるべし/いるべからず:(堂に)入れるべきである/入れてはならない。宗務庁版英訳は「受け入れられるべきである(should be admitted)」と訳す。「いる」を「入れる」(下二段)と取るか、「入る」(四段。その人が入ってよい)と取るかで言い方は変わるが、意味の大筋は同じ。訳文は、続く「いだすべし」(出すべし)と対になるので「入れる」と取った(【17】の「いるべし」も同じ)。
- いたづらにまことなからんもの:いたずらに(むなしく)、まことのない者。「いたづらに」を「まことなからん」にかけて「むなしく誠のない者」と取るか、「いるべからず」にかけて「(誠のない者を)みだりに入れてはならない」と取るかで分かれる。宗務庁版英訳は後者に近く「誠でない者を、軽々しく入れてはならない(should not be casually admitted)」と訳す。訳文は語順のままにした。
- かんがへていだすべし:よく考えて出すべきである。宗務庁版英訳は「考え直して退けるべきである」と訳す。
- 道心ひそかにをこれば:道心がひそかに(内に、人知れず)起これば。
- 名利たちどころに解脱するものなり:名利がたちどころに解脱するものである。「解脱」は、とらわれから離れて自由になること。字の上では「名利が解脱する」で、宗務庁版英訳は「われわれは名利からその場で解き放たれる」と、人を主にして訳す。訳文は原文の形を残し、( )に意を添えた。
- 大千界:宗務庁版英訳は "the great chiliocosm"(大千世界)と訳す。仏教でいう広大な世界。訳さずに残した。
- 正嫡の付屬:正嫡(正統の嗣ぎ手)への付属(法を付し託すこと)。宗務庁版英訳は「正統の嗣ぎ手への遺贈(the bequest to a legitimate heir)」と訳す。
- わがくに、むかしよりいま、これを本源とせん:わが国では、昔から今まで、これを本源としよう。宗務庁版英訳の注は、「これ」が何を指すかははっきりしないとし、(a)「この雲堂」と取るのがふつうで、「この正統の禅風の僧堂が、日本の仏教史の最初のものと認められるであろう」の意となること、(b) 禅の伝統の「正統の嗣ぎ手」の系譜を道元禅師が日本に伝えたことを指すとも取れること、を挙げる。宗務庁版英訳は「わが国において、昔から今に至るまで、これが本源とされるであろう」と訳す。「せん」を意志(〜としよう)と取るか推量(〜とされるであろう)と取るか、「むかしよりいま」がどこにかかるかも決めなかった。
- のちをあはれみて、いまをおもくすべし:のちの世をあわれんで、今を重んじるべきである。宗務庁版英訳は「あとに続く者たちを思いやって、今を重く受けとめるべきである」と訳す。
【2】一、堂の中の衆(修行者たち)は、乳と水のように和合して、互いに道業(仏道の修行)を一興す(ともに興し進める)べきである。今はしばらく賓主(客と主人)であっても、のちには、ながく仏祖となるはずである。そうであるから、めいめいが共に、会いがたいものに会って、行いがたいことを行っている、そのまことの思いを、忘れてはならない。これを仏祖の身心という。必ず仏となり、祖となるのである。(われわれは)すでに家を離れ、里を離れ、雲をたのみ、水をたのむ(身である)。身を助け、道を助けてくれること(において)、この衆の恩は、父母(の恩)にもまさるはずである。父母は、しばらくの間の、生死の中の親である。この衆は、ながく仏道の友であるはずである。
語注
- 堂中の衆:堂の中の衆(修行僧の集まり)。宗務庁版英訳は "The assembly in the hall"。
- 乳水のごとくに和合して:乳と水がとけ合うように和合して(仲よく一つにまとまって)。宗務庁版英訳は "blend together like milk and water"。
- 道業を一興すべし:道業(仏道の修行)を一興すべきである。「一興」を、一つになって興す(ともに盛んにする)と取った。宗務庁版英訳は「互いに道業を支え合う(mutually supporting the work of the way)」と訳す。
- 賓主:客と主人。宗務庁版英訳の注は、それぞれ弟子と師を言う、とする。訳さずに残した。【7】の「賓主の禮」にも出る。
- のちには、ながく佛祖なるべし:のちには、ながく仏祖であるはずである。「仏祖」は仏と祖師。宗務庁版英訳は "we shall forever be buddhas and ancestors"。「べし」を推量・確信(〜となるはずだ)と取った。
- あひがたきにあひて、をこなひがたきををこなふ、まことのおもひ:会いがたいものに会い、行いがたいことを行っている、まことの思い。宗務庁版英訳は、前半を「われわれはおのおの、会いがたいものに会い、行いがたいことを行っている」と一つの文に切り、続けて「まことの志を忘れるな」と訳す。訳文は原文の読点に従い、前半を「まことのおもひ」にかかる語と取った。
- これを佛祖の身心といふ、かならず佛となり祖となる:これを仏祖の身心という。必ず仏となり祖となる。「これ」が何を指すか(直前の「まことのおもひ」か、ともに会いがたきに会い行いがたきを行う衆のありようか)、「かならず佛となり祖となる」の主が何か(その身心か、衆の一人一人か)は原文に示されていない。宗務庁版英訳は「それは必ず仏となり祖となる」と、身心を主に取って訳す。訳文は主を補わなかった。
- 雲をたのみ、水をたのむ:雲をたより、水をたよる。宗務庁版英訳の注は、出家の僧を言う「雲水」の語から来た言い方とする。
- 生死:生まれ死ぬことをくり返す迷いの世界。訳さずに残した。
- すぐるべし/ともにてあるべし:まさるはずである/友であるはずである。「べし」を当然・確信と取った。
【3】一、ありき(出歩くこと)を好んではならない。たとえ切要の(どうしても必要な)ときでも、一月に一度を許す(にとどめる)。昔の人は、遠い山に住み、はるかな林で修行して、人事(人との交わり)がまれであっただけでなく、万縁(世のあらゆるかかわり)を、すべて捨てた。(その)韜光晦跡した心を、学ぶべきである。今は、まさに頭然をはらう(頭に燃えつく火をはらう)時である。この時をもって、いたずらに世縁に(身を)めぐらせるとしたら、嘆かずにいられようか、嘆かずにいられようか。無常はたのみがたい。露の命が、どのような道の草に落ちるのか(いつどこで尽きるのか)、わからない。まことにあわれむべきことである。
語注
- ありき:出歩くこと、外出。宗務庁版英訳は「外出(going out)を好むな」と訳す。
- たとひ切要には、一月に一度をゆるす:宗務庁版英訳は「どうしても必要なら、月に一度は許される」と、条件の文として訳す。「たとひ」を「たとえ〜でも」と取れば、必要なときでも月に一度に限る、という制限の意が強くなる。訳文は「たとえ〜でも」と取り、( )で制限の意を添えた。
- はるかなるはやしにをこなふし:はるかな林で修行して。宗務庁版英訳は「遠い林で修行した(practiced in remote forests)」と訳す。
- 人事、まれなるのみにあらず、萬緣、ともにすつ:人との交わりがまれであっただけでなく、万縁(よろずのかかわり)をすべて捨てた。宗務庁版英訳は「人との接触がまれであっただけでなく、あらゆるかかわりを捨てた」と訳す。
- 韜光晦跡:書き下し「光を韜み、跡を晦ます」(本書の読み)。自分の光(才能)を包み隠し、足跡をくらます。宗務庁版英訳の注は、才能を外に表さないことを言う中国の成句とし、この句と、続く「頭然をはらふ」、【4】の「明窻下」の「古教照心」の戒めは、『禅苑清規』の「亀鏡文」をふまえる、とする。訳さずに残した。
- 頭然をはらふ:頭に燃えついた火をはらう。宗務庁版英訳の注は、仏道修行の急を要することを言うありふれた言い方で、道元禅師の著作のほかの所にも見える、とする。
- 世緣にめぐらさむ:世間のかかわりごとに(時を)めぐらし費やすならば。宗務庁版英訳は「世間のことにかかわってこの時を過ごす」と訳す。
- なげかざらめや、なげかざらめやは:嘆かずにいられようか(反語)。原文は二度くり返す。
- 無常たのみがたし:無常(すべては移り変わること)はたのみがたい(あてにならない)。訳さずに残した。
- 露命いかなるみちのくさにかをちむ:露のようにはかない命が、どのような道ばたの草の上に落ちるのか。宗務庁版英訳は「露の命がどの道ばたの草に落ちるのかわからない」と訳す。
【4】一、堂の中では、たとえ禅冊(禅の書物)であっても、文字を見てはならない。堂においては、究理辨道すべきである(理をきわめ、道をつとめるべきである)。明窓の下に向かっては、古教照心すべきである(古教〔古人の教え〕によって心を照らすべきである)。寸陰(わずかの時間)も、捨ててはならない。専一に功夫す(ひたすら修行に努める)べきである。
語注
- 禪冊:禅の書物。宗務庁版英訳は "Zen books"。
- 文字をみるべからず:文字を読んではならない。
- 究理辨道:書き下し「理を究め、道を辨ず」(本書の読み)。理をきわめ、仏道をつとめる。宗務庁版英訳は「理を究め、道を修める(investigate the principle and pursue the way)」と訳す。訳さずに残し、( )に意を添えた。
- 明窻下にむかふては:明窓(明るい窓)の下に向かっては。宗務庁版英訳の注は、「明窓」は看経堂(経を読む堂)や衆寮(修行僧の共同の寮)の、読書のための机の置かれた窓をいう、とする。堂の内(文字を見ない所)と、明窓の下(古教を読む所)とを分けて言うものと取った。
- 古教照心:書き下し「古教、心を照らす」(本書の読み)。古教(古い教え。仏祖の経典・語録)で心を照らす。宗務庁版英訳は「古教で心を照らす(illumine the mind with the ancient teachings)」と訳し、注で、上の「韜光晦跡」と同じく「亀鏡文」をふまえる、とする。「古教に(照らして)心を照らす」か「古教が心を照らす」かは決めず、訳文は宗務庁版英訳と同じ向きにした。
- 寸陰:わずかな時間。宗務庁版英訳の注は、「わずかな時」を言う文語的な言い方で、道元禅師の著作によく見える、とする。
- 專一に功夫すべし:専一に功夫(修行に励むこと)すべきである。宗務庁版英訳は "make single-minded effort"。
【5】一、おおよそ、夜も昼も、(堂を)去って行く所を、堂主に知らせるべきである。ほしいままに遊んではならない。衆の規矩(きまり)に従うべきである。(それが)今生の終わりであるかもしれない――それはわからない。閑遊(ひまにまかせた遊び歩き)のなかで命を終えるとしたら、きっとのちに悔やむであろう。
語注
- さらむところ:去ろうとする所、行き先。宗務庁版英訳は「どこへ行くか(where we are going)」と訳す。
- 堂主:宗務庁版英訳は "the hall chief"(堂の長)と訳す。宗務庁版英訳の注に役の説明はないので、それ以上の説明は加えない。訳さずに残した。
- 衆の規矩にかかはるべし:衆の規矩(きまり)に従うべきである。「かかはる」を、(規矩に)かかわり、それに従う、と取った。宗務庁版英訳は「衆の規則に従うべきである(conform to the regulations of the assembly)」と訳す。
- しらず、今生のおはりにてもあるらむ:わからない、今生(この世の命)の終わりであるかもしれない。
- 閑遊のなかに、いのちをおはん:閑遊のうちに命を終えるとしたら。
【6】一、他人の非に、手をかけてはならない。憎む心で、人の非を見てはならない。「不見他非、我是自然、上敬下恭」(他の非を見ず、我れは是れ自然なり、上は敬い下は恭くす)という、昔の言葉がある。また、人の非をならってはならない。自分の徳を修めるべきである。仏も、非を制する(いましめる)ことはあるけれども、(それは)憎め、というのではない。
語注
- 他人の非に、手かくべからず:他人の非(あやまち)に手をかけてはならない。「手かく」(手をかける)を、(a) 他人のあやまちに手出しする(とがめ立て、口出しする)、と取るか、(b) 他人のあやまちに手を貸す(加担する)、と取るかで分かれる。宗務庁版英訳は「他人のあやまちに加担するな(Do not contribute to another's transgressions)」と訳す。訳文は字義のまま「手をかける」とした。
- 不見他非、我是自然、上敬下恭:書き下し「他の非を見ず、我れは是れ自然なり、上は敬い下は恭くす」。訳「他人の非を見ない。わたしは、おのずからなる(あるがままの)ものである。上(の人)は敬い、下(の人)には恭しくする」。
- 句の切り方:ここでは「我是自然」を一句とする形で読んだ。宗務庁版英訳の注は、この「むかしのことば」を、白楊法順(生没年不詳。龍門清遠〔1067–1120〕の弟子)の偈の句を引いたものとし、出典として『嘉泰普灯録』の「不見他非我是、自然上敬下恭」(「我是」で切る形)を挙げる。宗務庁版英訳の注はこれを「他人の非と自分の是とを見なければ、おのずから上の者に敬われ、下の者に慕われる」の意に訳す。
- 訳文は、上の句切りと書き下しによった。「上は敬い下は恭くす」を、(a) 自分が上の人を敬い、下の人に恭しくする、と取るか、(b) 上の人が(自分を)敬い、下の人が恭しくする、と取るか(出典の句の意味としての宗務庁版英訳の注の訳は (b) の向き)は決めず、訳文は (a) の向きの無難な形にとどめた。
- ひとの非をならふべからず:人の非をならってはならない(まねてはならない)。宗務庁版英訳は「他人の非をまねるな(do not imitate others' errors)」と訳す。
- わが德を修すべし:自分の徳を修めるべきである。
- ほとけも、非を制することあれども、にくめ、とにはあらず:仏も、非を制する(禁じ、いましめる)ことはあるけれども、憎めというのではない。宗務庁版英訳は「仏は非を禁じたが、それを憎んでのことではない」と訳す。
【7】一、大小の事は、必ず堂主に触れて(知らせて)から行うべきである。堂主に触れずに事を行う人は、堂から出すべきである。賓主の礼が乱れれば、正偏を明らめがたい。
語注
- 堂主にふれて:堂主に知らせ、相談して。宗務庁版英訳は「堂主と相談して(in consultation with the hall chief)」と訳す。
- 堂をいだすべし:堂から出すべきである。宗務庁版英訳は "should be ejected"。
- 賓主の禮:賓主(【2】の語注参照。宗務庁版英訳の注では弟子と師)のあいだの礼。
- 正偏あきらめがたし:正偏を明らかにしがたい。宗務庁版英訳の注は、「正偏」は「中心と側」とも訳せ、禅の思想で「絶対と相対」を言うのに用いられる語であるが、ここではおそらく「理と行(principle and practice)」のようなことを指すのであろう、とする。くわしくは宗務庁版英訳の補注に譲られており、ここでは補わない。訳さずに残した。
【8】一、堂の中、ならびにその近辺で、声を高くし、頭を寄せ集めて、ものを言ってはならない。堂主は、これを制する(止める)べきである。
語注
- かしらをつどえて、ものいふ:頭を寄せ合って話す。宗務庁版英訳は「集まって話す(gather together to talk)」と訳す。
- 堂主、これを制すべし:堂主がこれを止めるべきである。宗務庁版英訳は "The hall chief should prevent this"。
【9】一、堂の中で、行道してはならない。
語注
- 行道:宗務庁版英訳は "circumambulate"(めぐり歩く)と訳し、注で、おそらく歩きながら唱える儀礼の行(walking recitation)を指す、とする。訳さずに残した。【12】の「行道の、いのち」の「行道」とは意味が違うと取った。
【10】一、堂の中で、珠数を持ってはならない。手を垂れて(だらりと下げたまま)、出入りしてはならない。
語注
- 珠數:宗務庁版英訳の注は、念誦の回数を数えるのに用いる数珠である、とする。
- 手をたれて、いで・いりすべからず:手を垂れたまま、(堂に)出入りしてはならない。宗務庁版英訳は「腕をぶらりと下げて堂を出入りするな(with arms dangling)」と訳す。
【11】一、堂の中で、念誦・看経してはならない。檀那が、一会の看経を請う(依頼する)場合は、許す。
語注
- 念誦・看經:念誦(唱えること)と看経(経を読むこと)。宗務庁版英訳は "recitations or sūtra readings"。訳さずに残した。
- 檀那:宗務庁版英訳の注は、在家の施主(lay donor)とする。訳さずに残した。
- 一會の看經を請せんは、ゆるす:一会(一座、一回)の看経を請う場合は、許す。宗務庁版英訳は「檀那に頼まれたときは、一回の看経は許される」と訳す。
【12】一、堂の中で、鼻を高く(音を立てて)かみ、唾を高く吐いてはならない。道業が、まだ通達していないことを、悲しむべきである。光陰が、ひそかに移り、行道の命を奪うことを、惜しむべきである。(そうすれば)おのずから、少水の魚の心があるであろう。
語注
- はな、たかくかみ、つばき、たかくはくべからず:鼻を音高くかみ、唾を音高く吐いてはならない。宗務庁版英訳は「鼻を大きな音でかんだり、痰を大きな音で吐いたりするな」と訳す。
- 道業の、いまだ通達せざること:道業(【2】の語注参照)がまだ通達(通じ徹ること)していないこと。宗務庁版英訳は「道業がまだ貫き通っていないこと」と訳す。
- 光陰の、ひそかにうつり、行道の、いのちをうばふ:光陰(月日、時)がひそかに移り、行道(仏道を行ずること)の命を奪う。宗務庁版英訳は「歳月が、道を行ずるための命を、知らぬ間に奪っていく」とする。ここの「行道」は【9】の「行道」(めぐり歩く儀礼)とは別の意と取った。
- をのづから少水のうをのこころあらむ:おのずから少水の魚(わずかな水の中の魚)の心があるであろう。宗務庁版英訳の注は、命のはかなさを言うよく知られたたとえの和語の形で、『法句経』の偈に見え、『禅苑清規』にも引かれる、とし、その偈「是日已過、命亦随減。如少水魚、斯有何楽」を挙げる。偈の書き下しは「是の日已に過ぐれば、命も亦た随って減ず。少水の魚の如し、斯れ何の楽しみか有らん」(本書の読み)。宗務庁版英訳は「われわれは『少水の魚』のように感じる」と訳す。「む」を推量(そうすれば自然とそういう心になるであろう)と取るか、当然・勧め(そういう心であるべきだ)と取るかは決めなかった。
【13】一、堂の衆は、あやおりもの(模様を織り出した織物)を着てはならない。紙・布などを着るべきである。昔から、道を明らめた人は、みなこのようであった。
語注
- あやおりもの:模様を織り出した織物。宗務庁版英訳は "patterned textiles" と訳す。
- かみ・ぬの:紙と布。宗務庁版英訳は「紙、または植物の繊維の布(paper or plant fiber fabrics)」と訳す。
【14】一、酒に酔って、堂の中に入ってはならない。うっかり(このきまりを)忘れて誤った者は、礼拝・懺悔すべきである。また、酒を(堂に)取り入れてはならない。にらぎの香をさせて、堂の中に入ってはならない。
語注
- わすれてあやまらんは:忘れて誤った者は。宗務庁版英訳は「うっかりこの誤りを犯した者は(Those who inadvertently make this mistake)」と訳す。
- 禮拜・懺悔:礼拝と懺悔。宗務庁版英訳は「礼拝と懺悔をすべきである(make prostrations and repentance)」と訳す。訳さずに残した。
- にらぎのか、して:にらぎの香をさせて。宗務庁版英訳の注は、『正法眼蔵聞解』が示す読みに拠る「仮の訳」として、「にらぎ」を「韮葱」(にら・ねぎ)、「かして」を「香して」(においをさせて)と取り、「にら・ねぎのにおいをさせて」と訳す。また、律の典籍は僧がにら・ねぎ・にんにくなどネギ類の野菜を食べることを禁じていた(情欲をかきたてると考えられたため)、とする。訳文は語を訳さずに残した。
【15】一、いさかい(言い争い)をする者は、二人ともに、下寮すべきである。自分で(自分の)道業を妨げるだけでなく、他人(の道業)をも妨げるからである。いさかいを見て止めない者も、同じく咎があるはずである。
語注
- 下寮すべし:宗務庁版英訳は「寮に下がらせる(dismissed to quarters)」と訳し、注で、「下寮」は "aryō" とも "geryō" とも読み、あるいは「寮から出す(dismissed from quarters)」の意かもしれず、ここの寮はおそらく修行僧の共同の寮(衆寮)を言うのであろう、とする。訳さずに残した。
- みづから道業をさまたぐるのみにあらず、他人をもさまたぐるゆへに:自分の道業を妨げるだけでなく、他人のをも妨げるから。
- をなじくとがあるべし:同じく咎があるはずである(同じく罪がある)。
【16】一、堂中の教えに従わない者は、諸人(みな)が同じ心で(心を合わせて)擯出す(追い出す)べきである。をかしと同じ心である者は、咎があるはずである。
語注
- 堂中のをしへにかかはらざらん:堂中の教え(きまり)に従わない者。「かかはる」は【5】の「規矩にかかはる」と同じく、従う、の意と取った。宗務庁版英訳は「堂の教えを顧みない者(Those who disregard the teaching in the hall)」と訳す。
- 諸人、をなじこころにて擯出すべし:諸人が同じ心で擯出(追放すること)すべきである。宗務庁版英訳は「皆の同意のもとに追放すべきである(with the consent of all)」と訳す。訳さずに残した。
- をかしと、をなじこころにあらんは、とが、あるべし:宗務庁版英訳の注は、「をかし」を「犯し(違反)」と取るのは仮の訳であるとし、ふつうはむしろ「おかしい(おもしろい)」の意に取られ、「それをおもしろがる者」の意となる、とする。宗務庁版英訳自身は「違反した者と、それに同調する者とは、ともに咎がある」と訳す。訳文は語を訳さずに残し、「をかし」と同じ心の者、という原文の形のままにした。
【17】一、僧・俗を堂内に招いて、衆を起動して(騒がせて)はならない。(堂の)近辺でも、賓客と、ものを言う声を高くしてはならない。ことさらに修練を自称して、供養をむさぼってはならない。長く参学の志がある者で、ひたすらに巡礼の(志の)ある者は、(堂に)入れるべきである。そのときも、必ず堂主に触れる(知らせる)べきである。
語注
- 衆を起動すべからず:衆(堂の修行僧たち)を騒がせてはならない。宗務庁版英訳は "Do not disturb the assembly"。
- 賓客:客人。
- ことさら修練自稱して、供養をむさぼることなかれ:わざわざ修練(修行)を自称して、供養(施しの品)をむさぼってはならない。宗務庁版英訳は「供養を欲しがって、ことさら自分の修行をほめ立てるな」と訳す。
- ひさしく參學のこころざしあらむが、あながちに巡禮のあらむは、いるべし:
- 「あらむが」:訳文は「が」を、上の「…こころざしあらむ(者)」と下の「…巡禮のあらむ(者)」とを同じ人として結ぶ語(〜であって、〜で)と取った。「が」を主格(「…あらむ者が」)に取る読み、逆接・接続(「…あるが、しかし」)に取る読みもありうる。
- あながちに:ひたすらに、むやみに強く。【20】の「あながちにまほるべし」にも出る。
- 巡禮:宗務庁版英訳は「(僧堂の)めぐって礼拝する儀礼(the circuit of prostrations)」と訳し、注で、僧堂に入るときの儀礼であるとする。訳文は語を訳さずに残した。原文は「巡禮のあらむ」とだけ言うので、訳文では(志の)と補った。
- 宗務庁版英訳の訳:「長く参学を志し、めぐって礼拝する儀礼を行おうと心を決めている者は、受け入れられるべきである」。
- そのときも、かならず堂主にふるべし:そのときも必ず堂主に知らせるべきである。宗務庁版英訳は「そのときは堂主に知らせるべきである」と訳す。
【18】一、坐禅は、僧堂(で行う)のと同じようにすべきである。朝参暮請を、いささかも怠ってはならない。
語注
- 坐禪は、僧堂のごとくにすべし:坐禅は僧堂のとおりにすべきである。宗務庁版英訳は「坐禅は僧堂(でのよう)に行うべきである(as in the saṃgha hall)」と訳す。この句が、重雲堂を僧堂とは別の堂と見ることにかかわるか(巻名の語注に挙げた (a) の見方)は決めなかった。
- 朝參暮請:書き下し「朝に参じ、暮に請ず」(本書の読み)。宗務庁版英訳は「朝の参(morning consultation)と夕べの請(evening solicitation)」と訳し、注で、師の居室で朝夕に行われる教示の儀礼である、とする。訳さずに残した。
【19】一、斎粥のとき、鉢盂の具足を地に落とした人は、叢林の式によって、罰油を科すべきである。
語注
- 齋粥:食事のとき。宗務庁版英訳は "meals" と訳す。字は「斎」と「粥」の二つ。宗務庁版英訳に二つの字の説明はないので、ここでは補わない。訳さずに残した。
- 鉢盂の具足:鉢盂(僧の食器)とそれにそなわる道具。宗務庁版英訳は「鉢(pātra)の道具類(pātra bowl utensils)」と訳す。訳さずに残した。
- 叢林の式:叢林(修行道場)の定め。宗務庁版英訳は「叢林(the monastic grove)の規則」と訳す。訳さずに残した。
- 罰油:宗務庁版英訳は "the oil penalty" と訳し、注で、堂の像の前に油を供えることで、僧堂ではふつう「聖僧」の文殊の像の前である、とする。訳さずに残した。
- 罰油あるべし:罰油があるべきである、罰油を科すべきである。宗務庁版英訳は「罰油を課されるべきである」と訳す。
【20】一、おおよそ仏祖の制誡は、ひたすらに守るべきである。叢林の清規は、骨にも銘じ、心にも銘じるべきである。
語注
- 制誡:いましめ、禁戒。宗務庁版英訳は "the rules and regulations"。
- あながちにまほるべし:ひたすらに(強いて)守るべきである。宗務庁版英訳は "must be strictly observed"。
- 叢林の淸規:叢林の清規。宗務庁版英訳は「叢林の清らかな規則(the rules of purity of the monastic grove)」と訳す。訳さずに残した。
- ほねにも銘ずべし、心にも銘ずべし:骨にも刻み、心にも刻むべきである。
【21】一、一生安穏であって、辨道無為であろうと、願うべきである。以上の数条は、古仏の身心である。うやまい、したがうべきである。
語注
- 一生安穏:一生が安らかで穏やかであること。宗務庁版英訳は "our lives are peaceful and tranquil"。
- 辨道無爲:書き下し「辨道、無為なり」(本書の読み)。宗務庁版英訳は「道を修めることが努めなくても成る(effortless)」と訳し、注で、珍しい言い方で『正法眼蔵』のほかの所には出ないこと、「無為」は「はからいのない(non-action)」とも「つくられたものでない(unconditioned)」とも取れることを述べる。訳さずに残した。
- 以前の數條は、古佛の身心なり:以上の数条は、古仏の身心である。宗務庁版英訳は「以上の条は古仏の身心である」と訳す。原文では「一生安穏にして」と同じ一条の中に続く。「古仏」は訳さずに残した。
- うやまひ、したがふべし:敬い、従うべきである。
奥書#
訳文
書き下し 暦仁二年己亥四月二十五日、観音導利興聖護国寺、開闢の沙門道元示す。
暦仁二年己亥(つちのと・い)四月二十五日、観音導利興聖護国寺の開闢(開山)、沙門道元が示す。
語注
- 書き下しは本書の読み。
- 暦仁二年己亥四月二十五日:「己亥」はその年の干支。宗務庁版英訳は、この奥書の年号を「延應元年己亥四月二十五日」として掲げ、西暦1239年5月29日にあてる。宗務庁版英訳の解題も、この巻の奥書を1239年の四月、夏安居の始まりに近い時期のものとする。干支(己亥)は同じであるが、宗務庁版英訳は「暦仁」の年号に触れておらず、「暦仁二年」と「延應元年」が同じ年・同じ日を指すかどうか(改元の時期)は、宗務庁版英訳の範囲では確かめられない。訳文は底本のまま「暦仁二年」とし、西暦は添えなかった。
- 観音導利興聖護国寺:寺名。宗務庁版英訳の注は、「観音導利興聖宝林寺」の名でよく知られる寺で、平安京の南、宇治の深草にあり、道元禅師が1236年から1243年まで教えた所である、とする。宗務庁版英訳は "Kannon Dōri Kōshō Gokoku Monastery" と訳す。巻末題にも同じ名が出る。第4巻「一顆明珠」の奥書には「観音導利興聖宝林寺」とあった(『一顆明珠』第三回)。二つの名の関係は宗務庁版英訳の注にも説明がないので、ここでは立ち入らない。
- 開闢沙門道元示:開闢の沙門道元が示す。宗務庁版英訳は「観音導利興聖護国寺の開山(founder)、沙門道元が示す」と訳す。「開闢」は寺を開くこと、開山。「沙門」は出家の修行者(宗務庁版英訳 "Śramaṇa")。訳さずに残した。「示」は、示す、(衆に)示し与える。
巻末題#
訳文
観音導利興聖護国寺の重雲堂式、終わり。
語注
- 巻末題:巻の終わりを示す題。本書の底本の巻末題には巻番号がない。宗務庁版英訳は「観音導利興聖護国寺の重雲堂式、ここに終わる」と訳す。巻頭題「正法眼蔵 重雲堂式」と違い、巻末題には寺名が冠せられている。
付記(堂主宗信について)#
訳文
そのときの堂主宗信が、この文を写して、のちに伝えたのである。それゆえ、近ごろ流布している本の終わりに、「堂主宗信」の四字を載せるものがある。しかしながら、(宗信は)撰者ではないことを、知っておかねばならない。
語注
- 付記:この付記は、文面(「爾時の堂主」「近代流布の本」)から見て、道元禅師の条文・奥書とは別の、後人による書き添えと考えられる。宗務庁版英訳の注は、この部分を、九十五巻本の『正法眼蔵』に載る本文の奥書を反映したもの、とする。誰が書き添えたかは、宗務庁版英訳の注にも示されていないので、ここでは補わない。
- 爾時の堂主宗信:そのときの堂主(【5】の語注参照)、宗信。宗務庁版英訳は「そのときの堂主、宗信(Sōshin, the hall chief at the time)」と訳す。宗信の伝は宗務庁版英訳の注にないので補わない。
- この文をうつして、のちにつたふるなり:この文(重雲堂式)を書き写して、後世に伝えたのである。宗務庁版英訳は「この文書を写して伝えた(copied this document and passed it down)」と訳す。
- 近代流布の本のおはりに、堂主宗信の四字をのするものあり:近ごろ流布している本の終わりに「堂主宗信」の四字を載せるものがある。「近代」は、付記を書いた人にとっての近ごろ。
- 撰者にあらざること、しるべきなり:(宗信は)撰者(この文を撰した人)ではないことを知るべきである。宗務庁版英訳は "we should know that he is not the author"。宗務庁版英訳の注は宗信を、道元禅師がこの文を宛てた人物と考えられる、とする。付記の「この文をうつして、のちにつたふる」(写して伝えた人)という言い方と合わせて、宗信の立場をどう見るかには幅がある(解説参照)。
- 底本では、このあとに本山版の募刻識語が続くが、本文ではないので、ここには載せていない。
解説#
はじめに――『重雲堂式』という巻#
巻頭題と、巻の置かれる位置#
本書では、ここから第5巻「重雲堂式」を読みます。巻のはじめには、
「正法眼藏 重雲堂式」
とあります。
この巻は、これまで読んできた巻とは趣が違います。弁道話や現成公案・一顆明珠などが、問答や祖師の言葉を通して仏法の道理を説き示すものであったのに対して、この巻は、「一」という印で始まる短い条を二十一並べた、箇条書きの定めです。一つの堂で修行する人々が守るべき心得を、条ごとに示したものです。
宗務庁版英訳の解題によれば、この巻は、もともと『正法眼蔵』の一巻として書かれたものではなく、『正法眼蔵』の古い写本の系統には見えない、とされます。1686年に、八十九巻からなる『正法眼蔵』の編集に加えられたのが初めで、のちに九十五巻の編集にも収められ、1815年の本山版で第五の巻とされた、ということです。本書が底本とする本山版の巻の順では、弁道話・摩訶般若波羅蜜・現成公案・一顆明珠に続いて、この巻が置かれています。宗務庁版英訳はこの巻を補遺(別輯)の第2章に置いています。その日本語本文は本山版とは系統の異なる写本に拠っていますが、本書は本山版の本文によって読みます。
また解題は、この巻は和文で書かれているけれども、その内容は、『永平清規』に収められた、道元禅師の漢文による修行道場の規則と同じ類に属する、と述べています。この巻は、仏法の道理を行ずる場の、日々の定めを記したもの、と言うことができるでしょう。
奥書――暦仁二年、興聖寺にて#
巻の終わりには、次の奥書があります。
「暦仁二年己亥四月二十五日、觀音導利興聖護國寺、開闢沙門道元示。」
暦仁二年己亥の四月二十五日、観音導利興聖護国寺を開いた沙門道元が示す、という記録です。
観音導利興聖護国寺は、宗務庁版英訳の注によれば、「観音導利興聖宝林寺」の名でよく知られる寺で、平安京の南、宇治の深草にあり、道元禅師が1236年から1243年まで教えられた所です。第4巻「一顆明珠」の奥書には「観音導利興聖宝林寺」(『一顆明珠』第三回)とありました。この巻では寺の名が「興聖護国寺」と記されていますが、二つの名の関係については、宗務庁版英訳の注にも説明がないので、ここでは立ち入りません。
年号は、本書の底本では「暦仁二年」です。宗務庁版英訳はこの奥書の年号を「延應元年」として掲げていますが、二つが同じ日を指すかどうかはここでは決めず、底本のとおりに読みます。宗務庁版英訳の解題は、この巻の奥書を、1239年の四月、夏安居の始まりに近いころのもの、としています。
「開闢」は寺を開くこと、開山の意です。「示」を、大衆に示した、と受けとめるか、この式を示し定めた、と受けとめるかには幅があります。
宗務庁版英訳の解題は、興聖寺について、僧堂(「雲堂」とも呼ばれる)の牀の上で坐禅する中国の禅の修行のしかたを日本に取り入れたことで注目される寺であり、この巻は、題が示すとおり、その堂での修行の指針である、としています。この巻は、そのように、宇治の興聖寺で示されたものとされます。
巻名「重雲堂式」#
巻名の「式」は、きまり、作法の意です。では「重雲堂」とは何か。ここには、いくつかの見方があります。宗務庁版英訳の注に拠って、三つの見方を挙げておきます。
一つは、「重雲堂」を、修行者が増えて、もとの僧堂に収まりきらなくなったために、興聖寺に建てられた二つ目の堂を指す、とする見方です。「重」を、重ねて、もう一つの、の意に取るわけです。ただし注は、そのような堂があったという記録は見当たらないようだ、とも添えています。
二つめは、「重」を「式」にかけて、「重んずべき式」、尊重すべき定め、と取る見方です。
三つめは、「重雲」を一つの語として、重なり合い、積み重なった雲と取り、雲堂に集まった大勢の修行僧を詩的に言う、とする見方です。宗務庁版英訳は、この取り方によって、巻名を「雲の集まる堂の作法」と訳しています。
本書の訳では、巻名を訳さずに残しました。どの見方に立つかによって、「重雲堂」が興聖寺のどの堂を指すのかの受けとめ方も変わります。この点は、【18】の「坐禪は、僧堂のごとくにすべし」という条を読むところで、もう一度ふれます。
ただ、どの見方に立っても、この巻の条文が、一つの堂に集い、ともに坐る人々のための定めであることに変わりはありません。【2】の「雲をたのみ、水をたのむ」について、宗務庁版英訳の注は、出家の僧をいう「雲水」の語から来た言い方としています。雲のように集まってきた人々が、一つの堂で坐る。その姿を思い描きながら読み進めたいと思います。
今回読むところ#
この巻は短いので、巻頭題から、二十一の条、奥書、巻末題、そして後の人が書き添えた付記までを、一回で読みます。
条の多くは短く、「〜すべからず」「〜すべし」と定めるだけのものもあります。けれども、いくつかの条には、その定めがなぜ大切なのかを語る言葉が添えられています。たとえば、出歩くことを戒める【3】には「いまは、これ頭然をはらふときなり」とあり、鼻をかみ唾を吐くことを戒める【12】には「光陰の、ひそかにうつり、行道の、いのちをうばふことを、をしむべし」とあります。この解説では、条ごとに、その定めが修行の生活のなかで何を大切にしているのかを、本文の言葉に即して見ていきます。短い条は、いくつかをまとめて扱います。
読みの分かれる箇所では、一つの読みに決めず、受けとめ方の幅を示します。そのうえで、曹洞宗の宗門で大切にされてきた坐禅と日々の行持のなかで、これらの条をどう受けとめることができるかを考えていきます。なお、この巻の条文は、道元禅師の時代の興聖寺の堂に向けて示されたものです。この解説で今日の坐禅や暮らしとのつながりにふれるのは、今日の作法を説明するためではなく、あくまで一つの受けとめ方としてです。
道心ありて、名利をなげすてんひと〔【1】〕#
堂に入れるべき人#
第一の条は、どのような人をこの堂に入れるべきか、から始まります。
「道心ありて、名利をなげすてんひと、いるべし、いたづらにまことなからんもの、いるべからず。」(【1】)
道心があって、名利を投げ捨てようとする人は、入れるべきである。いたずらに、まことのない者は、入れてはならない、と。
条文の最初に置かれているのは、坐り方や礼のしかたではなく、「道心」です。仏道を求める心があるかどうか。それが、堂に入る人の第一の条件とされています。そして、道心と対になって挙げられているのが「名利」、名誉と利益です。名利を投げ捨てようとする人、と言われています。
「いたづらにまことなからんもの」の「いたづらに」がどこにかかるかには、読みの幅があります。「むなしく、まことのない者」と、人のありようを言う語と取ることもできますし、「(まことのない者を)みだりに入れてはならない」と、受け入れる側の慎みを言う語と取ることもできます。「いるべし」を「入れる」と取るか「入る」と取るかにも幅がありますが、意味の大筋は変わりません。
続けて、本文は言います。
「あやまりていれりとも、かんがへていだすべし。」(【1】)
誤って入れてしまったとしても、よく考えて出すべきである、と。厳しい言葉です。けれども、【2】で見るように、この巻は、堂の衆が「乳水のごとくに和合して」、互いに道業を興していくことを大切にしています。入れることにも出すことにも、よく考えることが求められているのは、その和合を守るためである、と受けとめることができるでしょう。
道心ひそかにをこれば#
「しるべし、道心ひそかにをこれば、名利たちどころに解脱するものなり。」(【1】)
知っておかねばならない。道心がひそかに起これば、名利はたちどころに解脱するものである、と。
ここで本文は、名利を捨てることを、ただ努力してこらえることとしては語っていません。道心が起これば、名利は「たちどころに」解脱する、と言います。「名利が解脱する」という言い方には、読みの幅があります。名利へのとらわれそのものが、その場で抜け落ちる、と原文の形のままに受けとめることもできますし、宗務庁版英訳のように、人が名利からその場で解き放たれる、と受けとめることもできます。
どちらに取るとしても、ここには、名利を捨ててから道心を起こすのではなく、道心が起こるところで名利が離れていく、という順序が示されているように思われます。また、「ひそかに」という語にも目をとめておきたいと思います。道心は、人に見せるために起こすものではありません。だれにも知られず、内に起こる。そのひそかな道心が、名利を離れさせるのだ、と受けとめることができるでしょう。
弁道話には、「おのづから名利にかかはらず、道念をさきとせん真実の参学あらんか、」(『弁道話』第一回)という言葉がありました。おのずから名利にかかわらず、道を求める思いを先とする、まことの参学の人があるであろうか、と。この巻の第一の条が堂に入れるべきとする人の姿は、弁道話のこの言葉とよく響き合っているように思われます。また弁道話は、在家の人の修行について問われたところで、「ただこれ、こころざしのあり・なしによるべし、」(『弁道話』第七回)とも答えていました。文脈は違いますが、仏道の歩みが、何よりも志、道心にかかっているという点で、この条と通じるものがある、と受けとめることができるでしょう。
正嫡の付屬、まれなり#
条の後半は、少し視野を広げます。
「おほよそ大千界のなかに、正嫡の付屬、まれなり。わがくに、むかしよりいま、これを本源とせん、のちをあはれみて、いまをおもくすべし。」(【1】)
およそこの広大な世界のなかで、正しい嗣ぎ手に法が託されることはまれである。わが国では、昔から今まで、これを本源としよう。のちの世の人々をあわれんで、今を重んじるべきである、と。
この一節は、読みの分かれるところです。まず、「これ」が何を指すのか。宗務庁版英訳の注は、はっきりしないとしたうえで、「この雲堂」と取るのがふつうであること、また、道元禅師が日本に伝えた正嫡の系譜を指すとも取れることを挙げています。前の取り方では、この堂が、この国の正しい坐禅の修行の本源となる、という意味になります。後の取り方では、正嫡に託された法そのものを本源とする、という意味になります。また、「せん」を「〜としよう」という意志に取るか、「〜とされるであろう」という推量に取るか、「むかしよりいま」がどこにかかるかにも幅があります。
どの読みを取るにしても、本文は、この一節を「のちをあはれみて、いまをおもくすべし」と結んでいます。のちに続く人々のことを思って、今を重んじよ、と。いま、この堂で修行する一人ひとりの日々が、のちの世の人々にとっての本源となる。だからこそ、今日の一日をおろそかにしてはならない、と受けとめることができるでしょう。
弁道話の終わり近くには、「このくに、坐禅辦道におきて、いまだその宗旨つたはれず。」(『弁道話』第九回)とあり、さらに「このほか、叢林の規範、および寺院の格式、いましめすにいとまあらず、又、草草にすべからず。」(『弁道話』第九回)とありました。叢林の規範や寺院の格式は、いま示すいとまがなく、また軽々しくすべきでもない、と記された禅師が、のちに興聖寺で、一つの堂の定めを和文で示されている。二つを並べて読むとき、この巻の「本源」という言葉に、坐禅の修行の場をこの国に根づかせようとする願いを感じ取ることもできるかもしれません。もとより、これは二つの巻を並べて読む者の一つの受けとめ方です。
乳水のごとくに和合して〔【2】〕#
たがひに道業を一興すべし#
「堂中の衆は、乳水のごとくに和合して、たがひに道業を一興すべし。」(【2】)
堂の中の衆は、乳と水がとけ合うように和合して、互いに道業をともに興し進めるべきである、と。
第一の条が、堂に入る一人ひとりの道心を問うたのに対して、第二の条は、堂に集った人々の間柄を語ります。乳と水は、混ぜれば分かちがたく一つになります。堂の衆も、そのように一つにとけ合って修行せよ、と言われます。
「一興」の受けとめ方には幅があります。本書の訳では、一つになって興す、ともに盛んにする、と取りましたが、宗務庁版英訳は「互いに道業を支え合う」と訳しています。どちらに取っても、修行が一人だけの営みではなく、ともに坐る人々のなかで支え合われ、興されていくものとして語られていることに変わりはありません。
賓主と仏祖#
「いまは、しばらく賓主なりとも、のちには、ながく佛祖なるべし。」(【2】)
今はしばらく客と主人であっても、のちには、ながく仏祖となるはずである、と。
「賓主」は、客と主人です。宗務庁版英訳の注は、ここでは弟子と師をいう、としています。今は、教えを受ける者と導く者という立場の違いがある。けれども、のちには、ともに長く仏祖である、と。「べし」を、確かにそうなるはずだ、という確信に取るか、そうならねばならない、という当為に取るかにも幅があります。
この一句は、【7】の「賓主の禮みだれば、正偏あきらめがたし」と合わせて読むことができます。【7】は、師と弟子の礼を乱すな、と戒めます。けれども【2】は、その違いは「しばらく」のもので、のちにはともに仏祖である、と言います。礼を正しく守ることと、ともに仏祖となる道を歩む者であることとが、この巻では両方とも語られている、と受けとめることができるでしょう。
あひがたきにあひて#
「しかあればすなはち、おのおのともにあひがたきにあひて、をこなひがたきををこなふ、まことのおもひを、わするることなかれ。これを佛祖の身心といふ、かならず佛となり祖となる。」(【2】)
だから、めいめいが共に、会いがたいものに会って、行いがたいことを行っている、そのまことの思いを、忘れてはならない。これを仏祖の身心という。必ず仏となり祖となる、と。
会いがたいものに会う。何に会うのかを、本文は言いません。仏法に会うこと、師に会うこと、ともに修行する衆に会うこと。それらを含むものとして受けとめることもできるでしょう。そして、行いがたいことを行う。その「まことのおもひ」を忘れるな、と。
「これを佛祖の身心といふ」の「これ」が何を指すのか、そして「かならず佛となり祖となる」のは何なのかは、原文に示されていません。直前の「まことのおもひ」を指すと取ることもできますし、会いがたきに会い、行いがたきを行っている衆のありよう全体を指すと取ることもできます。宗務庁版英訳は、その身心が必ず仏となり祖となる、と、身心を主に取って訳しています。
どの読みに立っても、この一節は、修行の日々を送る人々のありようが「佛祖の身心」と呼ばれている、という点で、心に残ります。仏祖の身心は、どこか遠くにあるのではなく、会いがたきに会い、行いがたきを行う、この堂の衆のところにある、と。弁道話の「修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆゑに、初心の辦道すなはち本証の全体なり。」(『弁道話』第五回)という言葉を思い起こしながら、この一句を、修行の身心がそのまま仏祖の身心である、と受けとめることもできるかもしれません。これは宗門の立場からの一つの受けとめ方として申し添えるものです。
この衆の恩は、父母にもすぐるべし#
「すでに、家をはなれ、里をはなれ、雲をたのみ、水をたのむ。身をたすけ、道をたすけむこと、この衆の恩は、父母にもすぐるべし。父母は、しばらく生死のなかの親なり、この衆は、ながく佛道のともにてあるべし。」(【2】)
(われわれは)すでに家を離れ、里を離れ、雲をたのみ、水をたのむ身である。身を助け、道を助けてくれることにおいて、この衆の恩は、父母の恩にもまさるはずである。父母は、しばらくの間の、生死のなかの親である。この衆は、ながく仏道の友であるはずである、と。
出家した者は、家を離れ、里を離れています。頼るものは、雲と水。その身を助け、道を助けてくれるのが、ともに修行する衆です。だから、その恩は父母の恩にもまさる、と言われます。
ここで本文は、父母の恩を軽んじているのではないでしょう。父母は「しばらく生死のなかの親」、この衆は「ながく佛道のとも」と、「しばらく」と「ながく」とが対比されています。この対比は、条の前半の「いまは、しばらく賓主なりとも、のちには、ながく佛祖なるべし」と呼応しているようにも見えます。いまの立場の違いは、しばらくのもの。仏道をともにする縁は、ながいもの。この条は、そのように、ともに修行する人々の縁の深さを語っている、と受けとめることができるでしょう。
今日、坐禅会などで、見知らぬ人々と並んで坐ることがあります。言葉を交わすこともなく、ただ同じ堂で坐る。それでも、一人で坐るのとは違う支えを感じる方は少なくないでしょう。この条の言う「この衆の恩」を、私たちもまた、それぞれの場で受けとめることができるように思われます。
ありきを、このむべからず〔【3】〕#
一月に一度#
「ありきを、このむべからず。たとひ切要には、一月に一度をゆるす。」(【3】)
出歩くことを好んではならない。たとえ切要のときでも、一月に一度を許す、と。
「たとひ切要には」の受けとめ方には幅があります。宗務庁版英訳のように、どうしても必要なら月に一度は許される、と条件の文に取ることもできますし、「たとひ」を「たとえ〜でも」と取って、必要なときであっても月に一度に限る、と制限の意を強く取ることもできます。どちらにしても、みだりに外へ出ず、堂にとどまって修行することが求められています。
韜光晦跡せしこころ#
なぜ出歩いてはならないのか。本文は、昔の人のありようを挙げます。
「むかしのひと、とをき山にすみ、はるかなるはやしにをこなふし、人事、まれなるのみにあらず、萬緣、ともにすつ。韜光晦跡せしこころを、ならふべし。」(【3】)
昔の人は、遠い山に住み、はるかな林で修行して、人との交わりがまれであっただけでなく、世のあらゆるかかわりを、すべて捨てた。その、光を包み、跡をくらました心を、学ぶべきである、と。
「韜光晦跡」は、自分の光を包み隠し、足跡をくらますことです。宗務庁版英訳の注は、才能を外に表さないことをいう中国の成句とし、この句と、続く「頭然をはらふ」、そして【4】の明窓の下での「古教照心」は、『禅苑清規』の「亀鏡文」をふまえている、としています。
ここで学ぶべきとされているのは、山や林に住むという外の形よりも、「韜光晦跡せしこころ」、その心です。世に出て名を知られようとしない、人に見せようとしない心。それは、【1】の「名利をなげすてん」心、「道心ひそかにをこれば」の「ひそかに」と、同じところにある心と受けとめることができるでしょう。
頭然をはらふとき#
「いまは、これ頭然をはらふときなり、このときをもて、いたづらに世緣にめぐらさむ、なげかざらめや、なげかざらめやは。」(【3】)
今は、まさに頭に燃えついた火をはらう時である。この時をもって、いたずらに世のかかわりごとに身をめぐらせるとしたら、嘆かずにいられようか、嘆かずにいられようか、と。
頭に火がついたら、人は何をおいてもまずそれをはらいます。仏道の修行は、そのように急を要するものだ、というたとえです。宗務庁版英訳の注は、仏道修行の急を要することをいうありふれた言い方で、道元禅師の著作のほかの所にも見える、としています。第8巻「礼拝得髄」にも、「しかあれば、頭燃をはらひ、翹足を学すべし。」とあります。
本文は「なげかざらめや」を二度くり返しています。この重ねの言葉に、修行の時をむだにすることへの深い嘆きが込められている、と受けとめることができるでしょう。
露命いかなるみちのくさにかをちむ#
「無常たのみがたし、しらず、露命いかなるみちのくさにかをちむ、まことにあはれむべし。」(【3】)
無常はたのみがたい。露のようにはかない命が、どのような道ばたの草の上に落ちるのか、わからない。まことにあわれむべきことである、と。
露は、草の葉の上で、いつ落ちるとも知れません。命もまた、いつ、どこで尽きるのか、わからない。だからこそ、今この時を、世の用事に費やしてはならない、と。外出を戒める条が、無常の言葉で結ばれています。
外出を月に一度にせよ、というのは外の定めです。けれども、その奥には、露の命を惜しむように、今この時を修行にあてよ、という願いがある。そう受けとめるとき、この条は、限られた時間のなかで坐る私たちにも、一日の時の使い方を問いかけてくる言葉になるでしょう。
堂にしては、究理辨道すべし〔【4】〕#
堂と明窓#
「堂のうちにて、たとひ禪冊なりとも、文字をみるべからず、堂にしては、究理辨道すべし、明窻下にむかふては、古教照心すべし。寸陰、すつることなかれ、專一に功夫すべし。」(【4】)
堂の中では、たとえ禅の書物であっても、文字を見てはならない。堂においては、理をきわめ、道をつとめるべきである。明るい窓の下に向かっては、古教によって心を照らすべきである。わずかな時間も、捨ててはならない。ひたすらに功夫すべきである、と。
この条は、場所によって、なすべきことを分けています。堂の中では、たとえ禅の書物であっても読まない。堂では、究理辨道、理をきわめ道をつとめる。そして書物を読むのは、明窓の下で。宗務庁版英訳の注は、「明窓」を、経を読む堂や修行僧の共同の寮の、読書の机が置かれた窓をいう、としています。
ここで大切なのは、この条が、経典や祖録を読むことを退けているのではない、という点でしょう。明窓の下では「古教照心すべし」と、古教を読むことがはっきりとすすめられています。ただ、堂の中では、文字を見ない。堂は、何よりも坐る場所として定められている、と受けとめることができるでしょう。
「古教照心」を、古教によって心を照らす、と取るか、古教が心を照らす、と取るかには幅があります。重雲堂の中に明窓があるのか、別の場所を言うのかも、本文からははっきりしません。けれども、どちらに取っても、古教は、心を照らすために読まれるものとされています。
弁道話には、「文をみながら、修するみちにくらき、それ、医方をみる人の、合薬をわすれん、なにの益かあらん。」(『弁道話』第三回)とありました。文を見ていながら修するみちに暗いのは、薬の処方を見る人が、薬を合わせることを忘れるようなもので、何の益があろうか、と。この巻の【4】が、堂では文字を見ず、明窓の下では古教で心を照らせ、と分けて言うのは、読むことと行ずることとが、それぞれの場で、ともに修行の営みとしておこなわれるように、という配慮であると受けとめることができるでしょう。
寸陰、すつることなかれ#
条の結び、「寸陰、すつることなかれ、專一に功夫すべし」も、【3】と同じく、時を惜しむ言葉です。宗務庁版英訳の注は、「寸陰」は、わずかな時をいう文語的な言い方で、道元禅師の著作によく見える、としています。礼拝得髄にも、「万縁をなげすてて、寸陰をすごさず、精進弁道すべし。」とありました。
【3】の「萬緣、ともにすつ」と、【4】の「寸陰、すつることなかれ」。万縁は捨て、寸陰は捨てない。この二つの「すつ」の対比に、修行の時に向き合う姿勢があらわれている、と受けとめることもできるでしょう。
さらむところをば、堂主にしらすべし〔【5】〕#
「おほよそ、よるも、ひるも、さらむところをば、堂主にしらすべし。ほしいままに、あそぶことなかれ、衆の規矩にかかはるべし。」(【5】)
およそ、夜も昼も、堂を離れて行く先を、堂主に知らせるべきである。ほしいままに遊んではならない。衆の規矩に従うべきである、と。
「堂主」は、宗務庁版英訳では「堂の長(hall chief)」と訳されています。この巻には、堂主の名が何度も出てきます。【5】で行き先を知らせる相手、【7】で大小の事を相談する相手、【8】で私語を制する者、【17】で参学の人を入れるときに知らせる相手。堂の暮らしが、堂主のもとでととのえられていたことがうかがわれます。
行き先を知らせる、というのは、ささいな定めのようにも見えます。けれども、本文はそれを「衆の規矩にかかはるべし」と結びつけ、続けてこう言います。
「しらず、今生のおはりにてもあるらむ、閑遊のなかに、いのちをおはん、さだめて、のちにくやしからん。」(【5】)
それが今生の終わりであるかもしれない。わからない。ひまにまかせた遊び歩きのなかで命を終えるとしたら、きっとのちに悔やむであろう、と。
ここでも、定めの理由として語られるのは無常です。この巻の条文は、ただ秩序を保つための規則として並べられているのではなく、無常を見つめ、修行の時を惜しむ心から出ている、と受けとめることができるでしょう。
他人の非に、手かくべからず〔【6】〕#
憎むこころで見ない#
「他人の非に、手かくべからず。にくむこころにて、ひとの非をみるべからず。」(【6】)
他人の非に、手をかけてはならない。憎む心で、人の非を見てはならない、と。
「手かく」の受けとめ方には幅があります。他人のあやまちに手出しする、とがめ立てする、と取ることもできますし、宗務庁版英訳のように、他人のあやまちに手を貸す、加担する、と取ることもできます。続く「にくむこころにて、ひとの非をみるべからず」とのつながりからは、前の取り方にも読めます。後の取り方であれば、条の後半の「ひとの非をならふべからず」と呼応する、と見ることもできるでしょう。
むかしのことば#
「不見他非、我是自然、上敬下恭の、むかしのことばあり。」(【6】)
「他の非を見ず、我れは是れ自然なり、上は敬い下は恭くす」という、昔の言葉がある、と。
この句は、読みの分かれるところです。本書は、「不見他非、我是自然、上敬下恭」と切る形と、その書き下しに従いました。他人の非を見ない。わたしは、おのずからなるものである。上の人は敬い、下の人には恭しくする、と。
一方、宗務庁版英訳の注は、この「むかしのことば」を、中国の禅僧、白楊法順の偈の句を引いたものとし、出典では「不見他非我是、自然上敬下恭」と切れていることを示しています。その形では、他人の非と自分の是とを見なければ、おのずから上の人に敬われ、下の人に慕われる、という意味になります。句の切り方によって、「我是」が、自分を正しいとすることを言うのか、「自然」と結びついて、わたしはおのずからなるもの、と言うのかが変わります。また、「上は敬い下は恭くす」を、自分が上を敬い下に恭しくする、と取るか、上の人が自分を敬い、下の人が恭しくする、と取るかにも幅があります。
本書では、どちらか一つに決めることをしません。ただ、どの切り方に立っても、この句が、他人の非をあげつらわないことと、人と人とのあいだの敬いとを、結びつけて語っていることは変わりません。人の非を見ることをやめるとき、上と下との間柄が、おのずから敬いと恭しさのあるものになる。そのように受けとめることができるでしょう。
わが德を修すべし#
「また、ひとの非をならふべからず、わが德を修すべし。ほとけも、非を制することあれども、にくめ、とにはあらず。」(【6】)
また、人の非をならってはならない。自分の徳を修めるべきである。仏も、非をいましめることはあるけれども、憎めというのではない、と。
ここには、二つのことが言われています。一つは、他人の非に目を向けるのではなく、自分の徳を修めよ、ということ。もう一つは、非を制すること自体は否定されていないが、それは憎むことではない、ということです。
この巻は、【15】【16】で見るように、いさかいをする者や、堂の教えに従わない者を、堂から出すことまで定めています。非を制することは、たしかにある。けれども、その定めは、憎しみから出るものであってはならない。【6】は、この巻の厳しい条文の全体を、どのような心で受けとめ、どのような心で行うべきかを示している、と受けとめることもできるのではないでしょうか。
坐禅をしていると、隣に坐る人のちょっとした動きや音が気になることがあります。あの人は姿勢が崩れている、落ち着きがない、と、心が他人の非に向かう。そのとき、この条の「わが德を修すべし」を思い起こすことは、自分の坐に立ち返る助けになるかもしれません。
大小の事、かならず堂主にふれて〔【7】〕#
「大小の事、かならず堂主にふれて、をこなふべし。堂主にふれずして、ことををこなはんひとは、堂をいだすべし。賓主の禮みだれば、正偏あきらめがたし。」(【7】)
大小の事は、必ず堂主に知らせ、相談して行うべきである。堂主に知らせずに事を行う人は、堂から出すべきである。賓主の礼が乱れれば、正偏を明らめがたい、と。
大きな事だけでなく、小さな事も、堂主に触れて行え、と言います。自分ひとりの判断で事を運ばない。それは、【2】の、堂の衆が乳水のように和合することと、裏表の関係にあると受けとめることができるでしょう。
「正偏」の受けとめ方には幅があります。宗務庁版英訳の注は、禅の思想で「絶対と相対」をいうのに用いられる「正と偏」の語であるが、ここではおそらく「理と行」のようなことを指すのであろう、としています。正しいこととかたよったこと、と、ふつうの意味に取ることもできるでしょう。いずれにしても、賓主の礼、すなわち師と弟子とのあいだの礼が乱れるとき、修行のうえで大切なことを明らかにすることができなくなる、と言われています。
礼は、外の形にすぎないもののように思われるかもしれません。けれども、この条は、礼が乱れることを、道を明らめることの妨げとして語っています。第7巻「洗浄」には、「作法、これ宗旨なり、得道、これ作法なり。」という言葉があります。作法がそのまま宗旨であり、道を得ることがそのまま作法である、と。この巻の条文を読むとき、この言葉は、くり返し思い起こされてよいように思われます。
堂のうちの静けさ〔【8】〜【12】〕#
【8】から【12】までの五つの条は、どれも「堂のうち」でのふるまいを定めたものです。まとめて見ていきましょう。
こえをたかくし、かしらをつどえて#
「堂のうち、ならびにその近邊にて、こえをたかくし、かしらをつどえて、ものいふべからず。堂主、これを制すべし。」(【8】)
堂の中、ならびにその近辺で、声を高くし、頭を寄せ集めて、ものを言ってはならない。堂主は、これを制すべきである、と。
大きな声を出すことだけでなく、頭を寄せ合って話すことも戒められています。堂の中だけでなく、その近辺でも。坐っている人々の静けさを、乱さないためと受けとめることができるでしょう。そして、それを制するのは堂主の役目とされています。
行道、珠數、念誦・看經#
「堂のうちにて、行道すべからず。」(【9】)
「堂のうちにて、珠數、もつべからず。手をたれて、いで・いりすべからず。」(【10】)
「堂のうちにて、念誦・看經すべからず。檀那の、一會の看經を請せんは、ゆるす。」(【11】)
堂の中で行道してはならない。珠数を持ってはならない。手を垂れたまま出入りしてはならない。念誦や看経をしてはならない。ただし、檀那が一回の看経を依頼する場合は許す、と。
「行道」について、宗務庁版英訳の注は、おそらく歩きながら唱える儀礼の行を指す、としています。珠数については、念誦の回数を数えるのに用いる数珠である、としています。「檀那」は、在家の施主です。歩きながら唱えること、数珠を繰って唱えること、念誦や看経。これらは、どれも仏道の行として行われてきたものです。それが、この堂の中では行わない、とされています。
ここから、この堂がどのような場所として定められていたかが見えてくるように思われます。【4】で、堂では文字を見ず「究理辨道すべし」とされていたことと合わせると、この堂は、まず坐るための場所である、と受けとめることができるでしょう。弁道話には、「参見知識のはじめより、さらに焼香・礼拝・念仏・修懺・看経をもちいず、ただし打坐して身心脱落することをえよ。」(『弁道話』第二回)とありました。善知識に参じたはじめから、焼香・礼拝・念仏・修懺・看経を用いず、ただ打坐して身心脱落せよ、と。この巻の【9】〜【11】の定めは、文脈も言葉も異なりますが、坐禅をもっぱらとする弁道話の教えと響き合うものとして受けとめることもできるでしょう。
ただし、【11】が檀那の依頼による看経を許し、【14】に「禮拜・懺悔」が出てくるように、この巻は看経や礼拝そのものを退けているわけではありません。堂という場所でのふるまいの定めとして読むのがよいでしょう。また「手をたれて、いで・いりすべからず」のように、出入りのときの手の形にまで定めが及んでいることにも、目をとめておきたいと思います(どう手を保つかは、本文には書かれていません)。
光陰の、ひそかにうつり#
「堂のうちにて、はな、たかくかみ、つばき、たかくはくべからず。道業の、いまだ通達せざることを、かなしむべし。光陰の、ひそかにうつり、行道の、いのちをうばふことを、をしむべし。をのづから少水のうをのこころあらむ。」(【12】)
堂の中で、音を立てて鼻をかみ、唾を吐いてはならない。道業が、まだ通達していないことを、悲しむべきである。月日がひそかに移り、道を行ずる命を奪うことを、惜しむべきである。おのずから、わずかな水のなかの魚の心があるであろう、と。
鼻をかむ、唾を吐く、という、もっとも身近なふるまいの定めが、道業の未熟を悲しみ、光陰の過ぎるのを惜しむ言葉へと、一息につながっています。小さな身のふるまいと、修行の時を惜しむ深い心とが、一つの条のなかで語られているのです。
ここの「行道」は、【9】の歩きながら唱える儀礼とは別に、道を行ずること、修行することと取りました。
「少水のうを」は、わずかな水のなかの魚です。宗務庁版英訳の注は、命のはかなさをいうよく知られたたとえで、『法句経』の偈に見え、『禅苑清規』にも引かれている、として、その偈「是日已過、命亦隨減。如少水魚、斯有何樂」を挙げています。この日がすでに過ぎれば、命もまたそれにしたがって減る。少ない水の中の魚のようなもので、ここに何の楽しみがあろうか、と。
「をのづから少水のうをのこころあらむ」の「む」を、道業の未熟を悲しみ、光陰を惜しむならば、おのずからその心になるであろう、と推量に取ることもできますし、その心であるべきだ、と取ることもできます。どちらに取るとしても、鼻をかむ音、唾を吐く音にまで心を配ることが、時を惜しむ心から出ている、と受けとめることができるでしょう。
衣と酒と〔【13】【14】〕#
かみ・ぬのなどを、きるべし#
「堂の衆、あやおりものを、きるべからず、かみ・ぬのなどを、きるべし。むかしより、道をあきらめしひと、みなかくのごとし。」(【13】)
堂の衆は、模様を織り出した織物を着てはならない。紙や布などを着るべきである。昔から、道を明らめた人は、みなこのようであった、と。
あやおりもの、模様を織り出した織物は、身を飾るものです。それを着ず、紙や布などの質素なものを着る。宗務庁版英訳は「かみ・ぬの」を、紙、または植物の繊維の布と訳しています。この条も、【1】の「名利をなげすてん」、【3】の「韜光晦跡せしこころ」と、同じ心から出ていると受けとめることができるでしょう。身を飾らないこと、人に見せようとしないこと。そして本文は、それを「むかしより、道をあきらめしひと、みなかくのごとし」と、昔の人々のありように結びつけています。
第4巻「一顆明珠」では、玄沙師備について、「衣は布をもちゐ、ひとつをかへざりければ、ももつづりにつづれりけり。はだへには紙衣をもちゐけり、」(『一顆明珠』第一回)と語られていました。衣は布を用い、一つを替えなかったので、継ぎに継いであった。肌には紙の衣を用いた、と。この巻の「むかしより、道をあきらめしひと」の一人の姿を、そこに見ることもできるでしょう。
わすれてあやまらんは、禮拜・懺悔すべし#
「さけにえひて、堂中にいるべからず。わすれてあやまらんは、禮拜・懺悔すべし。また、さけを、とりいるべからず、にらぎのか、して、堂中にいるべからず。」(【14】)
酒に酔って堂の中に入ってはならない。うっかり忘れて誤った者は、礼拝・懺悔すべきである。また、酒を堂に取り入れてはならない。にらぎの香をさせて、堂の中に入ってはならない、と。
「にらぎのか、して」は、読みの定まりにくい句です。宗務庁版英訳の注は、『正法眼蔵聞解』が示す読みに拠る仮の訳として、「にらぎ」を韮葱(にら・ねぎ)、「かして」を「香して」と取り、にら・ねぎのにおいをさせて、と訳しています。また、律の典籍が、僧がにら・ねぎ・にんにくなどを食べることを禁じていたことにもふれています。本書の訳では、この語を訳さずに残しました。
この条で目をとめておきたいのは、「わすれてあやまらんは、禮拜・懺悔すべし」という一句です。うっかり誤った者を、ただちに堂から出すとは言っていません。礼拝し、懺悔せよ、と言います。誤りを犯したとき、それを隠したり言いつくろったりするのではなく、礼拝と懺悔によって身をあらため、また修行に戻る。厳しい定めのなかにも、誤った者が立ち返る道が示されている、と受けとめることができるでしょう。
いさかひと、をしへにかかはらざる者〔【15】【16】〕#
二人ともに、下寮すべし#
「いさかひせんものは、二人ともに、下寮すべし。みづから道業をさまたぐるのみにあらず、他人をもさまたぐるゆへに。いさかはんをみて制せざらんものも、をなじくとがあるべし。」(【15】)
いさかいをする者は、二人ともに、下寮すべきである。自分の道業を妨げるだけでなく、他人の道業をも妨げるからである。いさかいを見て止めない者も、同じく咎があるはずである、と。
「下寮」の意味には幅があります。宗務庁版英訳は「寮に下がらせる」と訳し、注で、「寮から出す」の意かもしれないこと、ここの寮はおそらく修行僧の共同の寮を言うのであろうこと、を述べています。
本文がいさかいを戒める理由は、それが自分の道業だけでなく、他人の道業をも妨げる、ということです。いさかいは、堂に坐るすべての人の修行にかかわる。だから、二人ともに、と言われ、見て止めない者にも咎がある、と言われます。【2】の、乳水のごとくに和合する衆の姿が、裏側から語られている、と受けとめることができるでしょう。
をなじこころにて擯出すべし#
「堂中のをしへにかかはらざらんは、諸人、をなじこころにて擯出すべし。をかしと、をなじこころにあらんは、とが、あるべし。」(【16】)
堂中の教えに従わない者は、みなが心を合わせて、堂から追い出すべきである。「をかし」と同じ心である者は、咎があるはずである、と。
後半の「をかしと、をなじこころにあらんは」は、読みの分かれるところです。宗務庁版英訳の注は、「をかし」を「犯し」、すなわち違反と取るのは仮の訳であるとし、ふつうはむしろ「おかしい(おもしろい)」の意に取られ、それをおもしろがる者、という意味になる、としています。英訳自身は、違反した者と、それに同調する者とは、ともに咎がある、と訳しています。「と」を、犯した者と同心の者と、と並べる語に取るか、「をかし」と思って同じ心になる、と取るかにも幅があります。
どの読みに立っても、この条は、教えに従わない者その人だけでなく、それに同調する心、あるいはそれをおもしろがる心をも戒めています。【15】の、いさかいを見て止めない者にも咎がある、という言葉と合わせて、堂の衆の一人ひとりが、堂の修行を守る責めを分かち持っている、と受けとめることができるでしょう。「諸人、をなじこころにて」という言葉も、衆が心を一つにして事にあたることを求めています。
厳しさと、憎まぬこころ#
【1】の「かんがへていだすべし」、【7】の「堂をいだすべし」、【15】の「下寮すべし」、【16】の「擯出すべし」。この巻には、人を堂から出すことを定める条がいくつもあります。読む者は、その厳しさに驚くかもしれません。
けれども、この厳しさは、【6】の「ほとけも、非を制することあれども、にくめ、とにはあらず」とあわせて受けとめるべきもののように思われます。非を制することはある。けれども、それは憎しみからではない。また【14】では、うっかり誤った者には礼拝・懺悔の道が示されていました。この巻の厳しさは、人を退けるための厳しさではなく、ともに修行する場を守るための厳しさである、と受けとめることができるでしょう。
僧・俗をまねかず、参学の人をいるべし〔【17】〕#
修練自稱して、供養をむさぼることなかれ#
「僧・俗を堂内にまねきて、衆を起動すべからず。近邊にても、賓客と、ものいふこえ、たかくすべからず。ことさら修練自稱して、供養をむさぼることなかれ。」(【17】)
僧や俗人を堂内に招いて、衆を騒がせてはならない。堂の近辺でも、客人と話す声を高くしてはならない。ことさらに修練を自称して、供養をむさぼってはならない、と。
ここで戒められているのは、外からの人を招いて堂の静けさを乱すこと、そして、自分の修行を人に言い立てて、施しを求めることです。修行を自称して供養をむさぼることは、修行を名利の手段にすることにほかなりません。【1】で名利を投げ捨てる人を堂に入れよ、と言われていたことが、ここでは、堂に入ったのちにも名利の心を起こすな、という形で、あらためて語られている、と受けとめることができるでしょう。弁道話にも、文脈は異なりますが、「いはんやふかく名利にまどはさるるやから、これらのことをすてがたし、」(『弁道話』第三回)と、名利にまどわされることを嘆く言葉がありました。
ひさしく參學のこころざしあらむ#
「ひさしく參學のこころざしあらむが、あながちに巡禮のあらむは、いるべし。そのときも、かならず堂主にふるべし。」(【17】)
長く参学の志がある者で、ひたすらに巡礼の志のある者は、堂に入れるべきである。そのときも、必ず堂主に知らせるべきである、と。
この一文は、読みの分かれるところです。「あらむが」の「が」を、二つの「あらむ」を同じ人として結ぶ語と取るか、「…ある者が」と主語を示す語と取るか、「…あるが、しかし」と続ける語と取るかで、文の組み立てが変わります。また「巡禮」について、宗務庁版英訳の注は、僧堂に入るときの儀礼をいう、としています。その取り方では、長く参学を志し、堂に入る礼をつとめようとする者を受け入れる、という意味になります。一方、諸方をめぐる行脚という、ふつうの意味の巡礼と取ることもできるでしょう。本文は「巡禮のあらむ」とだけ言うので、本書の訳では「(志の)」と補いました。
どの読みに立つとしても、この一文は、前半で外の人を招くことを戒めたのを受けて、それでも、まことの参学の志をもつ人は受け入れよ、と言っています。堂は閉ざされているのではなく、道心ある人には開かれている。これは【1】の「道心ありて、名利をなげすてんひと、いるべし」と呼応している、と受けとめることもできるでしょう。そして、そのときも「かならず堂主にふるべし」と、【7】の定めがくり返されています。
坐禪は、僧堂のごとくにすべし〔【18】〕#
「坐禪は、僧堂のごとくにすべし。朝參暮請、いささかもをこたることなかれ。」(【18】)
坐禅は、僧堂でのとおりにすべきである。朝参暮請を、いささかも怠ってはならない、と。
この巻で「坐禪」の語がはっきりと出てくるのは、この条だけです。けれども、堂では文字を見ず、念誦・看経をせず、声を高くせず、という定めは、坐禅をもっぱらとする堂のありようを指し示している、と受けとめることができるでしょう。
「僧堂のごとくに」の受けとめ方には幅があります。重雲堂を僧堂とは別の堂と見る見方に立てば、重雲堂でも坐禅は僧堂と同じようにせよ、という意味になり、重雲堂を僧堂そのものと見るならば、僧堂本来のありかたのとおりに坐禅せよ、という意味になるでしょう。宗務庁版英訳の解題は、この巻を、僧堂(雲堂)での修行の指針としています。
「朝參暮請」は、朝に参じ、暮に請う、ということです。宗務庁版英訳の注は、師の居室で朝夕に行われる教示の儀礼である、としています。坐禅とともに、師のもとで教えを受けることを、朝にも夕べにも怠るな、と。坐ることと、師に参じることとが、一つの条のなかに並べられていることに、目をとめておきたいと思います。坐禅は、ひとりよがりの営みではなく、師の教えを受けながらつとめられるものである、と受けとめることもできるでしょう。
弁道話の冒頭には、「この三昧に遊化するに、端坐参禅を正門とせり。」(『弁道話』第一回)とありました。この巻は、坐禅の意義を説く巻ではありません。けれども、端坐参禅を正門とする教えが、一つの堂の日々の定めとなって示されたものとして、この巻全体を受けとめることもできるでしょう。
鉢盂と罰油、仏祖の制誡〔【19】【20】〕#
叢林の式によりて、罰油あるべし#
「齋粥のとき、鉢盂の具足を地にをとさんひとは、叢林の式によりて、罰油あるべし。」(【19】)
食事のとき、鉢盂とその道具を地に落とした人は、叢林の定めによって、罰油を科すべきである、と。
「齋粥」は食事のときを、「鉢盂」は僧の食器をいいます。「齋粥」の二字それぞれの意味には、ここでは立ち入りません。「罰油」について、宗務庁版英訳の注は、堂の像の前に油を供えることで、僧堂ではふつう「聖僧」の文殊の像の前である、としています。
食器を落とすという小さな過ちにも、叢林の定めによる償いがある。食事という日々の営みもまた、修行の一部として扱われていることがうかがわれます。
ほねにも銘ずべし、心にも銘ずべし#
「おほよそ佛祖の制誡をば、あながちにまほるべし。叢林の淸規は、ほねにも銘ずべし、心にも銘ずべし。」(【20】)
およそ仏祖の制誡は、ひたすらに守るべきである。叢林の清規は、骨にも刻み、心にも刻むべきである、と。
ここで、この巻は個々の定めから、定めそのものへと目を向けます。仏祖のいましめ、叢林の清規。それを「ほねにも銘ずべし、心にも銘ずべし」と言います。頭で覚えるだけではなく、骨に刻むように、身にしみこませよ。そして心にも刻め、と。身と心の両方にです。
清規を骨に刻む、というのは、決まりを窮屈に守ることとは違うように思われます。くり返し身に行じて、いつしかそれが自分のふるまいとなる。そのとき、決まりは外から人をしばるものではなく、身心そのものの姿となる。第7巻「洗浄」には、洗浄の威儀について、「これ自己の強為にあらず、威儀の云為なり、諸仏の常儀なり、諸祖の家常なり。」とありました。自分がむりにすることではない、威儀そのもののはたらきである、諸仏のつねの儀であり、諸祖の家のつねである、と。この言葉は、この条の「ほねにも銘ずべし」を受けとめるうえで、一つの手がかりになるように思われます。
一生安穏にして、辨道無爲にあらむと〔【21】〕#
ねがふべし#
「一生安穏にして、辨道無爲にあらむと、ねがふべし。以前の數條は、古佛の身心なり、うやまひ、したがふべし。」(【21】)
一生が安らかで穏やかであり、辨道が無為であろうと、願うべきである。以上の数条は、古仏の身心である。敬い、従うべきである、と。
最後の条は、願いの言葉で始まります。一生安穏であること。辨道が無為であること。
「辨道無爲」は、受けとめ方の分かれる句です。宗務庁版英訳の注は、『正法眼蔵』のほかの所には出ない珍しい言い方であるとし、「無為」には、はからいのない、という意味と、つくられたものでない、という意味とがありうる、としています。英訳は、道を修めることが努めずとも成る、と訳しています。また、「一生安穏」と並べて、辨道に妨げのない、無事である、という意味に受けとめることもできるかもしれません。
弁道話にも、「初心の辦道すなはち一分の本証を無為の地にうるなり。」(『弁道話』第五回)と、辨道と「無為」とを結びつけて語る言葉がありました。同じ意味であるかどうかは決められませんが、響き合いを感じることはできるでしょう。もとより、これも二つの巻を並べて読む者の一つの受けとめ方です。
この条で心にとめておきたいのは、「ねがふべし」という言葉です。ここまでの条の多くは「〜すべからず」「〜すべし」という定めの形でした。最後の条は、願え、と言います。厳しい定めの数々が、修行者が安らかに、妨げなく道を行じていけるようにという願いから出ている、と受けとめることもできるでしょう。
以前の數條は、古佛の身心なり#
そして、本文は、二十一の条全体を、「以前の數條は、古佛の身心なり」と結びます。これまでの数条は、古仏の身心である、と。この一文は、「一生安穏にして」と同じ一つの条のなかに続いています。「以前の數條」と言うので、この一文は、【21】だけでなく、巻の条文全体を結ぶものと受けとめるのが自然でしょう。
ここに、この巻のもっとも大切な言葉の一つがあるように思われます。条文は、外出を控えよ、声を高くするな、鼻を高くかむな、あやおりものを着るな、と、日々のごく具体的なふるまいを定めていました。そのような定めの数々が、「古佛の身心」と呼ばれているのです。定めは、古仏の身心に近づくための手段として置かれているのではなく、定めのとおりに行ずる、その身心が、そのまま古仏の身心である。そのように受けとめることもできるでしょう。
【2】では、会いがたきに会い、行いがたきを行う、まことの思いが「佛祖の身心」と呼ばれていました。そして【21】で、条文全体が「古佛の身心」と呼ばれる。巻のはじめ近くと終わりとに、「身心」の語が置かれていることも、心にとまります。もとより、これは二つの箇所を並べて読む者の一つの受けとめ方です。
「うやまひ、したがふべし」。敬い、従え、と。古仏の身心であるから、ただ守るのではなく、敬って従う。定めに対する、この敬いの心が、この巻全体を貫いている、と受けとめることができるのではないでしょうか。
奥書・巻末題と付記#
奥書と巻末題#
奥書については、はじめに見ました。宗務庁版英訳の解題がこの奥書を夏安居の始まりに近いころのものとしていることから、安居を前にして、堂に集う人々にこの定めが示された、と受けとめることもできるでしょう。
「觀音導利興聖護國寺重雲堂式終」
観音導利興聖護国寺の重雲堂式、終わり、と。巻頭題は「正法眼藏 重雲堂式」でしたが、巻末題には「正法眼藏」の語がなく、かわりに寺の名が冠せられています。本書の底本の巻末題には巻番号もありません。宗務庁版英訳の解題が、この巻はもともと『正法眼蔵』として書かれたものではない、としていたことを思い合わせると、この巻が、興聖寺という一つの寺の、一つの堂の定めとして示されたことが、巻末題の形にもあらわれている、と受けとめることもできるでしょう。
付記――堂主宗信#
巻末題のあとに、次の付記があります。
「爾時の堂主宗信、この文をうつして、のちにつたふるなり。」
「ゆへに、近代流布の本のおはりに、堂主宗信の四字をのするものあり。」
「しかあれども、撰者にあらざること、しるべきなり。」
そのときの堂主宗信が、この文を写して、のちに伝えたのである。それゆえ、近ごろ流布している本の終わりに、「堂主宗信」の四字を載せるものがある。しかしながら、宗信は撰者ではないことを、知っておかねばならない、と。
この付記は、「爾時の堂主」「近代流布の本」という言い方から見て、道元禅師の条文・奥書とは別に、後の人が書き添えたものと考えられます。宗務庁版英訳の注は、この部分を、九十五巻本の『正法眼蔵』に載る本文の奥書を反映したもの、としています。だれが書き添えたのかは、示されていません。
宗務庁版英訳の注は宗信を、道元禅師がこの文を宛てた人物と考えられる、としています。付記は、宗信をこの文を写して伝えた人とし、撰者ではない、と念を押しています。二つは矛盾するものではなく、宗信は、この式を宛てられた堂主であり、その文を写して後に伝えた人でもあった、と受けとめることもできるでしょう。ただし、宗信がどのような人であったかは、本文にも宗務庁版英訳の注にも記されていないので、ここではそれ以上立ち入りません。
一つの堂の定めが、その堂の堂主の手によって写され、伝えられ、やがて『正法眼蔵』の一巻として読まれるようになって、いま私たちの手もとにある。そのことを、心にとめておきたいと思います。
本山版の募刻識語について#
なお、本書の底本である本山版には、付記のあとに、この巻の刊刻を助けた人と、その願いを記した識語があります。これは道元禅師の本文ではなく、付記ともまた別のものですので、ここでは立ち入りません。ただ、その識語のなかに「伏願大雄叢規、弁道本基、尽未来際、遵行無私。」という言葉があることだけを申し添えておきます。この巻を刻んで伝えた後の時代の人々が、この定めを、辨道のもといとして受けとめていたことが、そこからうかがわれます。
坐禅と日々の暮らしのなかで#
この巻の条文は、道元禅師の時代の興聖寺の堂で修行する人々に向けて示されたものです。今日、私たちがこの巻を読むとき、そこに書かれた定めを、そのまま自分の暮らしにあてはめることはできません。出歩くのは月に一度、という定めも、紙や布の衣を着よ、という定めも、在家の暮らしをする人がそのまま守ることは難しいでしょう。
けれども、この巻を通して読むと、条文の奥に、いくつかの変わらない心が流れていることに気づきます。
一つは、無常を見つめ、時を惜しむ心です(【3】【4】【5】【12】)。二つめは、ともに修行する人々との和合です(【2】【8】【15】【16】)。三つめは、名利を離れ、身を飾らない心です(【1】【3】【13】【17】)。そして四つめは、定めそのものへの敬いです(【20】【21】)。条文の定めの多くは、この四つの心のどれかから出ている、と受けとめることができるでしょう。
洗浄の巻は、厠での作法や、爪を切り髪を剃ることまでを、仏祖の威儀として説いていました。重雲堂式の条文も、鼻をかむこと、衣を着ること、外へ出ること、人と話すことという、ごく身近なふるまいを定め、それらを「古佛の身心」と呼んでいました。宗門では、坐禅とともに、日々のふるまいの一つ一つをていねいにつとめることを、修行として大切にしてきました。この巻は、そのことを、一つの堂の具体的な定めを通して示している、と受けとめることができるでしょう。
坐禅会に参加すると、堂での心得をいくつか教わることがあるでしょう。はじめは決まりごとの多さにとまどうかもしれません。けれども、その一つ一つが、ともに坐る人々の静けさを守り、自分の坐を深めるためのものだと気づくとき、決まりは坐禅を支えるものとして感じられてくるのではないでしょうか。坐禅を始めてみたいと思われる方は、近くの寺院の坐禅会などで指導を受けながら坐ってみられるのがよいでしょう。
在家の暮らしのなかでも、今日が今生の終わりかもしれないと思って時を惜しむこと、人の非をあげつらうより自分の徳を修めること、ともに暮らす人々を道をともにする友として大切にすること、というかたちで、この巻の心を受けとめることはできるように思われます。
むすびに#
今回は、「重雲堂式」の巻を、巻頭題から付記まで読んできました。あらためてふり返ってみましょう。
巻は、道心があって名利を投げ捨てる人を堂に入れよ、という条から始まりました(【1】)。堂の衆は乳水のように和合し、この衆の恩は父母にもまさる、と言われ(【2】)、出歩くことを好まず、頭然をはらうように時を惜しめ、と言われました(【3】〜【5】)。他人の非を憎む心で見ず(【6】)、堂主に触れて事を行い(【7】)、堂の中の静けさを守り(【8】〜【12】)、身を飾らず、酒を堂に入れず(【13】【14】)、いさかいをせず(【15】【16】)、まことの参学の人は受け入れ(【17】)、坐禅と朝参暮請を怠らず(【18】)、鉢盂を落とせば罰油を科し(【19】)、仏祖の制誡、叢林の清規を骨にも心にも刻め(【20】)。そして、一生安穏に、辨道無為であることを願え。以上の数条は古仏の身心である、敬い従え、と結ばれました(【21】)。
この巻は、『正法眼蔵』のほかの多くの巻のように、仏法の道理を正面から説くものではありません。けれども、その短い条文のなかに、無常を見つめる心、ともに修行する人々への思い、名利を離れる心、そして定めへの敬いが、くり返し語られていました。条文が「古佛の身心」という言葉で結ばれていることは、日々のふるまいの定めが、そのまま仏道の行であることを示している、と受けとめることができるように思われます。
もとより、巻名をはじめ、一つ一つの句には、読みの幅が少なからず残っています。主なものは、このあとの「読みの分かれるところ」に挙げました。本書では、それらのどれか一つを唯一の正解とはせず、読みの幅を残しておきました。
露の命が、どの道の草に落ちるのかはわかりません。だからこそ、今日の一坐、今日のふるまいの一つ一つを、古仏の身心として、ていねいにつとめてゆきたいと思います。
読みの分かれるところ#
この巻は短い条を並べた定めですが、言葉の取り方によって意味の変わる箇所がいくつもあります。主なものを挙げます。どれか一つを正解とするのではなく、読みの幅として示します。
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巻名「重雲堂式」と「坐禪は、僧堂のごとくにすべし」【18】
「重雲堂」を、修行者が増えたために興聖寺に建てられた二つ目の堂とする見方、「重」を「式」にかけて「重んずべき式」と取る見方、「重雲」を重なり集まる雲と取り、雲堂に集う修行僧たちを詩的に言うとする見方があります。宗務庁版英訳は三つめの見方によって訳し、その注は、一つめの見方について、そのような堂の記録は見当たらないようだ、と添えています。どの見方に立つかで、【18】の「僧堂のごとくに」も、僧堂とは別の堂で僧堂と同じように坐禅せよ、と取ることも、僧堂本来のありかたのとおりに坐禅せよ、と取ることもできます。 -
「わがくに、むかしよりいま、これを本源とせん」【1】
「これ」が何を指すのかが示されていません。この堂(この国の正しい坐禅の修行の場)と取ることも、直前の「正嫡の付屬」を受けて、正しい嗣ぎ手に託された法、道元禅師が伝えた系譜と取ることもできます。宗務庁版英訳の注は、前者がふつうの取り方であるとしつつ、はっきりしない、と述べています。「せん」も、「本源としよう」という意志とも、「本源とされるであろう」という推量とも取れ、「むかしよりいま」がどこにかかるかにも幅があります。 -
「これを佛祖の身心といふ、かならず佛となり祖となる」【2】
「これ」を、直前の「まことのおもひ」と取ることも、会いがたいものに会い、行いがたいことを行っている衆のありよう全体と取ることもできます。また、必ず仏となり祖となるのは何なのか、その身心なのか(宗務庁版英訳はこの向き)、衆の一人一人なのかも、原文には示されていません。 -
「不見他非、我是自然、上敬下恭」【6】
本書は、「不見他非、我是自然、上敬下恭」と切って、「他の非を見ず、我れは是れ自然なり、上は敬い下は恭くす」と読みました。宗務庁版英訳の注が出典として挙げる句は「不見他非我是、自然上敬下恭」と切れていて、その形では、他人の非と自分の是とを見なければ、おのずから上の人に敬われ、下の人に慕われる、という意味になります。「上は敬い下は恭くす」についても、自分が上の人を敬い、下の人に恭しくする、と取ることも、上の人が(自分を)敬い、下の人が恭しくする、と取ることもできます。 -
「他人の非に、手かくべからず」【6】
「手かく」を、他人のあやまちに手出しをする、とがめ立てする、と取ることも、他人のあやまちに手を貸す、加担する、と取ることもできます(宗務庁版英訳は後の取り方)。すぐあとの「にくむこころにて、ひとの非をみるべからず」とのつながりからは前の取り方に、条の後半の「ひとの非をならふべからず」とのつながりからは後の取り方に読むことができます。 -
「をかしと、をなじこころにあらんは、とが、あるべし」【16】
「をかし」を、「犯し」(きまりに背くこと)と取ると、違反した者と、それに同調する者とは、ともに咎がある、という意味になります。宗務庁版英訳はこの向きで訳しますが、その注は、これを仮の訳とし、ふつうはむしろ「おかしい(おもしろい)」の意に取られ、それをおもしろがる者、という意味になる、としています。「と」を、並べる語と取るか、「をかし」と思って同じ心になる、と取るかにも幅があります。 -
「ひさしく參學のこころざしあらむが、あながちに巡禮のあらむは、いるべし」【17】
「あらむが」の「が」を、二つの「あらむ」を同じ人として結ぶ語(長く参学の志がある者で、ひたすら巡礼の志のある者は)と取ることも、「…ある者が」と主語を示す語と取ることも、「…あるが、しかし」と続ける語と取ることもできます。「巡禮」も、宗務庁版英訳の注のように、僧堂に入るときの儀礼と取ることも、諸方をめぐる行脚という、ふつうの意味の巡礼と取ることもできます。 -
「一生安穏にして、辨道無爲にあらむと、ねがふべし」【21】
宗務庁版英訳の注は、「辨道無爲」を『正法眼蔵』のほかの所には出ない珍しい言い方とし、「無為」には、はからいのない、という意味と、つくられたものでない、という意味とがありうる、としています(宗務庁版英訳の訳は、道を修めることが努めずとも成る、の向き)。また、「一生安穏」と並べて、辨道に妨げのない、無事である、という意味に受けとめることもできるかもしれません。
参考#
- 底本:『正法眼蔵』本山版(九十五巻本)第五「重雲堂式」
- 参照:曹洞宗宗務庁『Treasury of the True Dharma Eye: Dōgen's Shōbōgenzō』Vol. VII(Sōtō Zen Text Project、2023)
- 巻名の三つの見方、この巻の成り立ちと諸本での位置(解題)、観音導利興聖護国寺、奥書の年代、「賓主」「雲をたのみ、水をたのむ」、「これを本源とせん」の「これ」、韜光晦跡・頭然・明窓・古教照心と『禅苑清規』の亀鏡文、寸陰、「正偏」、行道・珠数・檀那、「不見他非」の句の出典、少水の魚の偈、「にらぎ」、下寮、「をかし」、巡礼、朝参暮請、罰油、「辨道無為」、付記と堂主宗信についての説明と、語注・解説・「読みの分かれるところ」に挙げた英訳の読みは、同書の本文・注・解題によります。