『現成公案』を読む――はじめに#
『正法眼蔵』の三つめの巻、「現成公案」を、原文・現代語訳・解説をそろえて、四回に分けて読んでいきます。「仏道をならふといふは、自己をならふなり」の一節で知られ、『正法眼蔵』のなかでもとりわけよく読まれてきた巻です。
『現成公案』という巻#
巻の終わりには「これは、天福元年中秋のころ、かきて鎮西の俗弟子楊光秀にあたふ」という奥書があり、天福元年(1233年)の秋のなかばに書かれ、鎮西(九州)の俗弟子、楊光秀に与えられたことがわかります。宗務庁版英訳の解題では、深草に開かれてまもない興聖寺で書かれたとされます。同じ年の夏安居に示された「摩訶般若波羅蜜」に続く時期の巻です。
巻の題は「正法眼蔵第一 現成公案」です。宗務庁版英訳の解題によれば、この巻は七十五巻本・六十巻本ではともに第一の巻に置かれ、本山版(九十五巻本)では、弁道話・摩訶般若波羅蜜に続く第三巻に置かれています。本山版の刊本でも題は「第一」のままで、本書も本文のとおり「第一」としています。
修行僧の大衆に示された「摩訶般若波羅蜜」に対して、この巻は、出家していない在家の弟子に書き与えられたものです。そのことの意味については、第一回の解説で考えています。
巻名の「現成公案」は、一つの訳語に置きかえることがむずかしい言葉です。「現成」は、現にありありと成りたっていること。「公案」は、もとは役所の公の案件のことで、禅では祖師の言行を参究の課題として示すものをも言います。巻名をどう受けとめるかにも幅があり、本書では語を訳さずに残して、巻を読み進めながら味わっていくことにしました(第一回の解説と「読みの分かれるところ」をご覧ください)。
全体の構成と目次#
この巻は、迷いと悟り、自己と万法の関わりを短い句を重ねて示す冒頭の部分に始まり、舟と岸、薪と灰、水に宿る月、大海を見わたす眼、水を行く魚と空を飛ぶ鳥といったたとえを経て、麻浴山宝徹禅師の扇の問答で結ばれます。内容の切れ目にしたがって、次の四回に分けました。
| 回 | 題 | 内容 |
|---|---|---|
| 第一回 | 自己をならふ | 巻頭から「仏道をならふといふは、自己をならふなり」を経て「本分人なり」まで |
| 第二回 | 薪と灰、月と水 | 舟と岸、薪と灰、水に宿る月の三つのたとえ |
| 第三回 | 魚と鳥 | 大海を見わたす眼、魚と鳥、「このところ、このみち」、「見成これ何必なり」 |
| 第四回 | 宝徹禅師の扇 | 麻浴山宝徹禅師の扇の問答と「仏家の風」、巻末題と奥書 |
各回の読み方#
各回の構成は『弁道話』『摩訶般若波羅蜜』と同じです。
- 原文 底本の本文を、段落ごとに【1】【2】…と番号を付けて載せています。仮名づかいは底本のままです。
- 現代語訳 原文の段落番号と対応させて訳しています。( )内は原文にない語を補ったものです。仏教語や人名は訳さずに残し、「語注」で説明しています。
- 解説 その段で道元禅師が示されていることを、坐禅や日々の暮らしとのつながりとともに、順にたどります。
- 読みの分かれるところ 言葉の取り方によって意味が変わる主な箇所を取り上げ、考えられる読み方を並べました。一つの読みを唯一の正解とはしていません。
- 参考 底本と、参照した資料です。
この巻の言葉は短く、一句一句が重く響きます。難しく感じられるときは、まず現代語訳と解説を読み、そのあとで原文に戻っていただくのもよいと思います。
底本と参照資料#
- 底本:『正法眼蔵』本山版(九十五巻本)第三「現成公案」
- 参照:曹洞宗宗務庁『Treasury of the True Dharma Eye: Dōgen's Shōbōgenzō』Vol. I(Sōtō Zen Text Project、2023)
- 人名や年代、語句の出典の確かめ、読みの分かれる箇所の参考として用いました。本文中で「宗務庁版英訳」と呼んでいるのは、この書物のことです。この書物の日本語本文は本山版とは系統の異なる本文に拠っているため、字句が本山版と違う箇所があります。本書は本山版の本文に従っています。
解説は、曹洞宗の宗門の立場から書いています。
『弁道話』から読み始めたい方は『弁道話』を読む――はじめにを、前の巻は『摩訶般若波羅蜜』を読む――はじめにをご覧ください。