礼拝得髄(一)導師にあう#
『礼拝得髄』の巻頭の「導師をうること、もともかたし」という一句から、法をおもくし身をかろくすることを説き、得法の人を拝さない「不聞仏法の愚痴のたぐひ」を戒める言葉までの、八つの段落を読む回です。
原文#
正法眼蔵 礼拝得髄
導師をうること#
【1】修行阿耨多羅三藐三菩提の時節には、導師をうること、もともかたし。その導師は、男女等の相にあらず、大丈夫なるべし、恁麼人なるべし。古今人にあらず、野狐精にして善知識ならん。これ得髄の面目なり、導利なるべし。不昧因果なり、儞我渠なるべし。
精進弁道と、至誠・信心#
【2】すでに導師を相逢せんよりこのかたは、万縁をなげすてて、寸陰をすごさず、精進弁道すべし。有心にても修行し、無心にても修行し、半心にても修行すべし。
【3】しかあれば、頭燃をはらひ、翹足を学すべし。かくのごとくすれば、訕謗の魔黨にをかされず。断臂得髄の祖、さらに他にあらず、脱落身心の師、すでに自なりき。
【4】髄をうること、法をつたふること、必定して至誠により、信心によるなり。誠心、ほかよりきたるあとなく、内よりいづる方なし。ただまさに法をおもくし、身をかろくするなり。世をのがれ、道をすみかとするなり。いささかも身をかへりみること法よりもおもきには、法つたはれず、道うることなし。その法をおもくする志気、ひとつにあらず、他の教訓をまたずといへども、しばらく一二を挙拈すべし。
法をおもくする――釈迦牟尼仏のことば#
【5】いはく、法をおもくするは、たとひ露柱なりとも、たとひ燈籠なりとも、たとひ諸仏なりとも、たとひ野干なりとも、鬼神なりとも、男女なりとも、大法を保任し、吾髄を汝得せるあらば、身心を牀座にして、無量劫にも奉事するなり。身心はうることやすし、世界に稲麻竹葦のごとし、法はあふことまれなり。
【6】釈迦牟尼仏のいはく、無上菩提を演説する師にあはんには、種姓を観ずることなかれ、容顔をみることなかれ、非をきらふことなかれ、行をかんがふることなかれ。ただ般若を尊重するがゆえに、日日に百千両の金を食せしむべし。天食をおくりて供養すべし、天華を散じて供養すべし。日日三時に礼拝し恭敬して、さらに患脳の心を生ぜしむることなかれ。かくのごとくすれば、菩提の道、かならずところあり。われ発心よりこのかた、かくのごとく修行して、今日は阿耨多羅三藐三菩提をえたるなり。
若樹・若石にも問う、不聞仏法の愚痴のたぐひ#
【7】しかあれば、若樹・若石も、とかましとねがひ、若田・若里も、とかましともとむべし。露柱に問取し、牆壁をしても参究すべし。むかし、野干を師として礼拝問法する天帝釈あり、大菩薩の称、つたはれり、依業の尊卑によらず。しかあるに、不聞仏法の愚痴のたぐひおもはくは、われは大比丘なり、年少の得法を拝すべからず、われは久修練行なり、得法の晩学を拝すべからず、われは師号に署せり、師号なきを拝すべからず、われは法務司なり、得法の余僧を拝すべからず、われは僧正司なり、得法の俗男・俗女を拝すべからず、われは三賢十聖なり、得法せりとも比丘尼等を礼拝すべからず、われは帝胤なり、得法なりとも臣家・相門を拝すべからず、といふ。
【8】かくのごとくの痴人、いたづらに父国をはなれて、他国の道路に跉跰するによりて、仏道を見聞せざるなり。
現代語訳#
段落番号【1】〜【8】は原文の段落番号と対応します。原文と現代語訳の小見出しは、読みやすさのために付けたもので、原文にはありません。( )内は、原文にない語を訳者が補ったもの、または直前の語の言い換え・読みです。この回の範囲は和文で、漢文の引用はありません。和文の中の漢語の句のうち、【1】の「儞我渠」は、本山版に拠る活字本に付けられた読み下し(「儞・我・渠」)を語注に示し、訳文でも用いました。ほかの漢語の句(恁麼人・不昧因果・断臂得髄・脱落身心・吾髄を汝得せる など)は、語注で語の意味を示しました。【6】の釈迦牟尼仏のことばと、【7】の「われは大比丘なり、……拝すべからず」には、原文に括弧がありません。訳文では、ことばの範囲を示すために「 」を加え、範囲の取り方は語注に記しました。【3】の「かくのごとくすれば、訕謗の魔黨にをかされず。断臂得髄の祖、……」の箇所は、本書の原文の句切りに従い、「かくのごとくすれば」を「をかされず」までにかけて訳しました。仏教語・禅語(阿耨多羅三藐三菩提・導師・相・大丈夫・恁麼人・古今人・野狐精・善知識・得髄・面目・導利・不昧因果・相逢・万縁・寸陰・精進弁道・有心・無心・半心・頭燃・翹足・訕謗・魔党・断臂得髄・脱落身心・至誠・信心・誠心・志気・挙拈・露柱・燈籠・野干・鬼神・大法・保任・牀座・無量劫・奉事・稲麻竹葦・無上菩提・演説・種姓・般若・天食・天華・供養・三時・礼拝・恭敬・患脳・菩提・発心・若樹・若石・若田・若里・問取・牆壁・参究・天帝釈・大菩薩・依業・不聞仏法・愚痴・大比丘・得法・久修練行・晩学・師号・法務司・僧正司・余僧・俗男・俗女・三賢十聖・比丘尼・帝胤・臣家・相門・痴人・父国・跉跰・仏道・見聞など)と人名は、訳さずに残すか、( )で意を添えるにとどめ、段落の後に「語注」として短く説明しました。人名の生没年や典拠は、宗務庁版英訳の注・解題が挙げる範囲で示しています。読みの分かれる句には、訳文に一つの訳を置き、主なものを末尾の「読みの分かれるところ」に挙げました。この巻は、女性の得法と礼拝、女人を嫌う風潮への批判を含みます。訳は本文の語に即して平明にし、訳の段階で言いかえたり和らげたりはしていません。
巻頭題 正法眼蔵 礼拝得髄(らいはいとくずい)
語注
- 正法眼蔵:書名。訳さずに残した。
- 礼拝得髄:巻名。訳さずに残した。礼拝して髄を得る、の意。宗務庁版英訳の解題は、巻名は、初祖菩提達磨が四人の弟子にそれぞれの理解を述べさせ、一人目に「わが皮を得たり」、二人目に「わが肉を得たり」、三人目に「わが骨を得たり」と評し、のちに後継ぎとなる四人目の慧可は何も答えずただ礼拝し、達磨が「わが髄を得たり」と言った、というよく知られた話から取られている、とする。そのうえで、この巻で道元禅師が問題にしているのは、その話そのものよりも、師に礼拝すること、すなわち巻頭の句のいう導師をうることであり、その後の大半は、女性は師となる資格がないという当時の通念への批判にあてられている、とする。
- 巻の番号と本文:本書の底本の巻頭題には番号がない。宗務庁版英訳の解題は、この巻は七十五巻本の第二十八で、六十巻本にはなく、『秘密正法眼蔵』に約二倍の長さの形で収められ、本山版(九十五巻本)では第八として、その増えた部分を含む形で収められている、とする。宗務庁版英訳は河村本にならい、増えた部分を七十五巻本の奥書のあとの付録として扱う。本書の底本では、その部分は第三回の【6】以降にあたり、本文は切れ目なく続く。奥書は本巻第五回で読む。
導師をうること#
【1】阿耨多羅三藐三菩提を修行するときには、導師を得ることが、もっともむずかしい。その導師は、男女などの相(すがたかたち)によるのではない。大丈夫であるべきであり、恁麼人であるべきである。古今人(昔や今の、ふつうの人)ではなく、野狐精であって(しかも)善知識であるだろう。これが得髄の面目であり、導利であるべきである。不昧因果であり、儞・我・渠(なんじ・われ・かれ)であるべきである。
語注
- 阿耨多羅三藐三菩提:この上ない正しいさとり。訳さずに残した。
- 修行……の時節には:(それを)修行するときには。
- 導師:(仏道に)みちびく師。訳さずに残した。
- もともかたし:もっともむずかしい。「もとも」は「最も」の意に取った。宗務庁版英訳も "the most difficult thing" と訳す。
- 男女等の相にあらず:男・女などの相(外に見えるすがたかたち)ではない。導師は男女の相によって定まるものではない、の意に取った。第二回の【12】の末山了然のことば「非男女等相」(男女等の相に非ず)と同じ語である(→読みの分かれるところ)。
- 大丈夫:宗務庁版英訳の注は、ふつうには勇敢な、強い男子をいう語だが、仏教では梵語 mahā-puruṣa(偉大な人)の訳語として用いられ、仏の称号の一つである、とする。訳さずに残した。
- 恁麼人:このような人、そのような人。宗務庁版英訳の注は、九世紀の禅師、雲居道膺の名高いことばをふまえるとする。訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
- 古今人にあらず:古今の(歴史上の)人ではない。宗務庁版英訳の注は「歴史上の人物ではない」の意とする。
- 野狐精にして善知識ならん:野狐精(狐の精、狐の化けたもの)でありながら善知識であるだろう。宗務庁版英訳の注は、「善知識」は師をいう通例の語で、「野狐精」は、すぐあとにふれられる百丈懐海(749–814)と狐の話を導き、また【7】の天帝釈と野干の話、第二回の【14】の末山了然のことば(「これ野狐精にあらず」)をも先取りしている、とする。野狐精・善知識は訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
- 得髄の面目:髄を得たものの面目(顔つき、ありよう)。巻名の「得髄」(巻頭題の語注)をふまえる。
- 導利なるべし:導利(みちびき、利益を与えるもの)であるべきである。宗務庁版英訳は "a guide and benefactor" と訳す。主語は導師と取った(→読みの分かれるところ)。
- 不昧因果:因果をくらまさない。宗務庁版英訳の注は、「大修行の人は因果に落ちず(不落因果)」と答えたために五百生のあいだ狐の身に生まれた者の話をふまえ、百丈が大修行の人を「因果に昧からず(不昧因果)」と言い、その教えによって狐が救われた、というよく知られた話を指すとし、典拠として『聯灯会要』、真字『正法眼蔵』第102則を挙げ、道元禅師は「大修行」の巻でこの話を詳しく扱う、とする。訳さずに残した。
- 儞我渠:本山版に拠る活字本に付けられた読み下しは「儞・我・渠」で、三字をそれぞれ「なんじ」「われ」「かれ」と読む。なんじ(あなた)であり、われであり、かれ(第三者)である。宗務庁版英訳は "one who is you or I or someone else" と訳す。導師が、なんじでも、われでも、かれでもありうる(だれでもありうる)ことをいうのか、導師がなんじ・われ・かれをつらぬくものであることをいうのか、は原文に説明がない(→読みの分かれるところ)。
精進弁道と、至誠・信心#
【2】ひとたび導師に相逢したならば、それからのちは、万縁をなげすてて、寸陰(わずかな時間)もむだに過ごさず、精進弁道すべきである。有心でも修行し、無心でも修行し、半心でも修行すべきである。
語注
- 相逢せんよりこのかたは:相逢する(めぐりあう)ことがあったなら、それ以後は。「せん」は仮定の意に取った。
- 万縁をなげすてて:あらゆる縁(かかわりごと)を投げ捨てて。宗務庁版英訳の注は、道元禅師の坐禅の手引きにくり返し出る定まった句を思わせるとし、「坐禅儀」の巻の「諸縁を放捨し、万事を休息すべし」を挙げる。万縁は訳さずに残した。
- 寸陰:わずかな時間。宗務庁版英訳の注は、道元禅師の著作にしばしば出る文語的な言い方とする。
- 精進弁道:つとめはげんで道を修めること。訳さずに残した。
- 有心・無心・半心:宗務庁版英訳の注は、「有心」「無心」の対は、(a) 意識的・無意識的、(b) 分別する心・分別しない心、(c) 意図する・意図しない、を指しうるとし、「半心」は道元禅師が遊び心で加えた三つ目である、とする。いずれも訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
【3】そうであるから、頭燃をはらい、翹足を学ぶべきである。このようにすれば、訕謗の魔党(そしりけなす魔のともがら)におかされない。断臂得髄の祖は、決して他人ではなく、脱落身心の師は、すでに自己であった。
語注
- しかあれば:そうであるから。【2】を受ける。
- 頭燃をはらひ:頭に燃えついた火をはらうように(急いで修行し)。宗務庁版英訳の注は、修行の切迫を言う定まった喩えで、『正法眼蔵』に何度か出る、とする。訳さずに残した。
- 翹足を学すべし:翹足(片足をあげて立ちつづける行)を学ぶべきである。宗務庁版英訳の注は、「翹足」はふつうにはつま先立ち(待ちこがれること)を言うが、仏教では片足をあげて長く立つ苦行をいい、「三昧王三昧」の巻では『大智度論』を引いて外道の行とされる一方、釈尊が前世に弗沙仏をたたえて七日のあいだ片足で立ったという話(『撰集百縁経』)もあり、道元禅師は『学道用心集』でこの行をたたえている、とする。訳さずに残した。
- 訕謗の魔黨:そしりけなす魔の仲間。宗務庁版英訳の注は、欲界の第六天の主で仏道の修行をさまたげようとする魔(マーラ)の軍勢、とする。訕謗・魔党は訳さずに残した。
- かくのごとくすれば、……をかされず:本書の原文の句切り(「をかされず。」)に従い、「このようにすれば」は「おかされない」までにかかる、と取った。句切りによっては、「このようにすれば」が後の「断臂得髄の祖……」にまでかかるようにも読める(→読みの分かれるところ)。
- 断臂得髄の祖:臂を断って髄を得た祖。宗務庁版英訳の注は、二祖慧可が、こころざしのしるしに臂を断って菩提達磨の弟子となり、のちに達磨から「わが髄を得たり」と言われたことをいう、とする。訳さずに残した。
- 脱落身心の師:身心を脱落した師。宗務庁版英訳の注は、「脱落身心」(逆順で「身心脱落」とも)は、道元禅師が本師の天童如浄(1162–1227)のことばとする定まった句である、とする。訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
- さらに他にあらず、……すでに自なりき:決して他(の人)ではなく、……すでに自(自己)であった。「き」は過去の助動詞で、訳文は「であった」とした。宗務庁版英訳は "is not someone else; ... is ourselves" と現在で訳す(→読みの分かれるところ)。
【4】髄を得ること、法を伝えることは、かならず至誠により、信心によるのである。誠心は、外から来たあともなく、内から出てくる方(ところ)もない。ただまさに法を重くし、身を軽くするのである。世をのがれ、道をすみかとするのである。わずかでも、身をかえりみることが法よりも重いようでは、法は伝わらず、道を得ることはない。その法を重くする志気(のあらわれ)は一つではない。他の教訓を待つまでもないことではあるが、しばらく一つ二つを挙げてみよう。
語注
- 必定して:かならず、きまって。
- 至誠:この上ないまこと。訳さずに残した。
- 信心:信じる心。訳さずに残した。
- 誠心:まことの心。訳さずに残した。
- ほかよりきたるあとなく、内よりいづる方なし:外から来たあともなく、内から出てくる方(方角・ところ)もない。誠心は外から得るものでも、内にあって出てくるものでもない、の意に取った(→読みの分かれるところ)。
- 法をおもくし、身をかろくする:法を重んじ、わが身を軽んじる。
- 道をすみかとする:道(仏道)を住みかとする。
- 志気:こころざし、意気。訳さずに残した。
- ひとつにあらず:一つではない(いろいろなあらわれがある)。宗務庁版英訳は "There is not just one instance" と訳す。
- 他の教訓をまたずといへども:他(人)の教訓を待つまでもないが。宗務庁版英訳は "although we need not rely on the instructions of others" と訳す(→読みの分かれるところ)。
- 挙拈すべし:取り上げて示そう。
法をおもくする――釈迦牟尼仏のことば#
【5】すなわち、法を重くするというのは、たとえ露柱であっても、たとえ燈籠であっても、たとえ諸仏であっても、たとえ野干であっても、鬼神であっても、男であっても女であっても、大法を保任し、吾髄を汝得している(「わが髄を汝は得た」といわれる)ものであるならば、(自分の)身心を牀座にして、無量劫にもわたって奉事することである。身心は得ることがたやすい。世界に稲麻竹葦のように(数多く)ある。(しかし)法は出会うことがまれである。
語注
- いはく:すなわち、いうところは。【4】の「一二を挙拈すべし」を受けて、その一つめを挙げる。
- 露柱:(仏殿などの)むき出しの柱。訳さずに残した。
- 燈籠:とうろう。訳さずに残した。
- 野干:狐の類の獣。訳さずに残した。【7】の天帝釈の師となった野干の話につながる。
- 鬼神:鬼や神。訳さずに残した。
- 男女なりとも:男であっても女であっても。
- 大法を保任し:大法(仏の大いなる法)をたもちまもり。保任は訳さずに残した。
- 吾髄を汝得せるあらば:「吾が髄を汝得たり」(わたしの髄をあなたは得た)といわれるところがあるならば。宗務庁版英訳の注は、仏祖から伝わる教えの核心を得ていることをいい、菩提達磨が慧可に言った「汝、吾が髄を得たり」の句を道元禅師がここで言いかえて用いている、とする(→読みの分かれるところ)。
- 身心を牀座にして:自分の身心を牀座(座席、とこ)にして(仕える)。宗務庁版英訳の注は、『法華経』提婆達多品で、前世の釈尊が国王として、『法華経』を説くと約束した仙人(前世の提婆達多)に仕え、木の実を採り、水を汲み、薪を拾い、食事をととのえ、ついには身をもって牀座とした(以身而為床座)、という一節をふまえるのであろう、とする。
- 無量劫にも奉事するなり:はかりしれない長い時にわたっても仕えるのである。無量劫・奉事は訳さずに残した。
- 法をおもくするは、……奉事するなり:「法を重くするというのは、……奉事することである」と、「法をおもくするは」を主題、「奉事するなり」を結びと取った(→読みの分かれるところ)。
- 身心はうることやすし、世界に稲麻竹葦のごとし:身心は得やすいもので、世界に稲・麻・竹・葦のように数多くある。宗務庁版英訳の注は、(衆生が)世界に満ちあふれている、の意で、鳩摩羅什訳『法華経』に用いられる喩えとする。稲麻竹葦は訳さずに残し、( )で意を添えた(→読みの分かれるところ)。
【6】釈迦牟尼仏が言われた。「無上菩提を演説する師に会うならば、(その師の)種姓を観てはならない。容顔を見てはならない。非(あやまち)を嫌ってはならない。行い(おこない)を考えてはならない。ただ般若を尊重するがゆえに、日々に百千両の金を食させる(ほどの供養をする)べきである。天食をおくって供養すべきであり、天華を散じて供養すべきである。毎日、三時に礼拝し恭敬して、決して患脳の心を生じさせてはならない。このようにすれば、菩提の道は、かならず(いたる)ところがある。わたしは発心してこのかた、このように修行して、今日、阿耨多羅三藐三菩提を得たのである」。
語注
- 釈迦牟尼仏のいはく:宗務庁版英訳の注は、この一節の典拠は見つかっていないとし、少なくともその一部は、弟子が師をどう敬うべきかを説く『梵網経』の一節に拠るのではないか、という説があることを挙げる。ことばの範囲は、原文に括弧がないが、「われ発心よりこのかた……えたるなり」の「われ」を釈迦牟尼仏と取り、段落の終わりまでを釈迦牟尼仏のことばとした(宗務庁版英訳も同じ範囲で引用とする)(→読みの分かれるところ)。
- 無上菩提を演説する師:この上ない菩提(さとり)を説き示す師。無上菩提・演説は訳さずに残した。
- 種姓を観ずることなかれ:(師の)生まれ、家柄を観てはならない。宗務庁版英訳は "caste" と訳す。訳さずに残した。
- 容顔:顔かたち。
- 非をきらふことなかれ:(師の)あやまち、欠点を嫌ってはならない。(師の)非を嫌って、その師から法を聞くことを退けてはならない、の意に取った。師の非を非でないとせよ、師のあやまちにそのまま従え、と読むのは、続く「ただ般若を尊重するがゆえに」や、得法を問う巻の論旨にそぐわない(解説の「種姓を観ずることなかれ」の項)。
- 行をかんがふることなかれ:(師の)おこないを(あれこれ)考えてはならない。
- 般若を尊重するがゆえに:般若(仏の智慧)を尊重するからこそ。般若は訳さずに残した。
- 日日に百千両の金を食せしむべし:毎日、百千両の金を食させるべきである。宗務庁版英訳は「百千両の金に値する(供物を)食させる」と補って訳す。訳文はそれにならい(ほどの供養をする)と補った。
- 天食・天華:天の食物・天の花。訳さずに残した。
- 日日三時に:毎日、三時(一日を三つに分けた時、朝・昼・晩)に。宗務庁版英訳は "three times a day" と訳す。
- 恭敬:うやまうこと。訳さずに残した。
- 患脳の心を生ぜしむることなかれ:患脳の心(なやみわずらう心)を生じさせてはならない。「患脳」は、うれえ悩むことの意に取った。だれの心に生じさせないのか(自分の心に、師へのわずらわしい思いを起こさないのか、師に悩みの心を起こさせないのか)は原文に示されない。宗務庁版英訳は "do not give rise to thoughts of vexation" と訳す(→読みの分かれるところ)。
- 菩提の道、かならずところあり:菩提の道は、かならず(いたる)ところがある。宗務庁版英訳は "the way of bodhi will surely appear" と訳す(→読みの分かれるところ)。
- 発心:菩提心をおこすこと。宗務庁版英訳の注は、「発菩提心」の略で、阿耨多羅三藐三菩提を得ようとする菩薩の最初のこころざしをいう、とする。訳さずに残した。
- 今日は:今日。「は」は、ほかならぬ今日、と取り立てる語と取った。
若樹・若石にも問う、不聞仏法の愚痴のたぐひ#
【7】そうであるから、若樹・若石(木であれ石であれ)にも、説いてほしいと願い、若田・若里(田であれ里であれ)にも、説いてほしいと求めるべきである。露柱に問い、牆壁をしても参究すべきである。むかし、野干を師として礼拝し法を問うた天帝釈があり、(その野干には)大菩薩の称が伝わっている。依業の尊卑によらないのである。それなのに、仏法を聞かない愚痴のたぐいが思うことには、「わたしは大比丘である。年少の得法(の者)を拝すべきではない。わたしは久修練行(長く修行を積んだ者)である。得法の晩学を拝すべきではない。わたしは師号に署せられている。師号のない者を拝すべきではない。わたしは法務司である。得法の余僧を拝すべきではない。わたしは僧正司である。得法の俗男・俗女を拝すべきではない。わたしは三賢十聖である。得法していても、比丘尼などを礼拝すべきではない。わたしは帝胤である。得法であっても、臣家・相門を拝すべきではない」と言う。
語注
- 若樹・若石も、とかましとねがひ:木であれ石であれ、(それが法を)説いてくれたらと願い。宗務庁版英訳の注は、『涅槃経』に見える、雪山童子(前世の釈尊)が仏の教えを木や石に書きつけたという話をふまえるとする。「とかまし」は「説かまし」で、(もし説くならば)説いてほしい、の意に取った(→読みの分かれるところ)。
- 若田・若里も、とかましともとむべし:田であれ里であれ(そこで)説いてほしいと求めるべきである。宗務庁版英訳の注は、前の「若樹若石」としばしば並んで用いられ、釈尊が弟子たちに、聞いた教えを出かけて行って説くようすすめる『法華経』の一節をふまえるとする。
- 露柱に問取し:露柱に問い。宗務庁版英訳の注は、唐の石頭希遷(700–790)の名高いことばをふまえ、そのことばは道元禅師の真字『正法眼蔵』第41則に収められているとする。問取は「問う」に同じ。
- 牆壁をしても参究すべし:牆壁(かきね・かべ)をしても参究すべきである。宗務庁版英訳の注は、「牆壁」は「瓦礫」と並んで、心をもたないものでありながら、たとえば仏心のあらわれとして意味をもつ世界をあらわすのに用いられる語、とする。「牆壁をして」を、牆壁に(参究させる)と取るか、牆壁において(参究する)と取るかは原文の形からは決まらないので、訳文は原文の形のまま「牆壁をしても」とした。宗務庁版英訳は "investigate the fences and walls" と訳す(→読みの分かれるところ)。参究は訳さずに残した。
- 天帝釈:帝釈天。宗務庁版英訳の注は、インドラ(Indra)のことで、井戸に落ちた野干(狐)が十方の仏に呼びかけるのを聞いて天から下り、教えを求めた、とし、話は『未曾有因縁経』に見え、道元禅師は「帰依仏法僧宝」の巻で、湛然(711–782)の『止観輔行伝弘決』からこの話を引いている、とする。訳さずに残した。
- 大菩薩の称、つたはれり:大菩薩という称が伝わっている。だれの称か、主語が示されない。宗務庁版英訳の注は、英訳では「野干」を主語に取ったが、天帝釈と読む人もいる、とする。訳文は(その野干には)と補った(→読みの分かれるところ)。
- 依業の尊卑によらず:依業(の結果としての境遇)の尊い・卑しいにはよらない。宗務庁版英訳の注は、「依業」は「依報」と同じく、過去の行いの結果として生まれ合わせた境遇をいい、ここでは野干の卑しい境遇を指すのであろう、とする。依業は訳さずに残した。
- 不聞仏法の愚痴のたぐひ:仏法を聞かない(聞いたことのない)愚痴(おろか)のたぐい。
- われは……といふ:原文に括弧はないが、「おもはくは」から「といふ」の前までを、愚痴のたぐいの思うこと・言うこととして「 」に入れた。
- 大比丘:宗務庁版英訳の注は、沙弥(見習いの出家)に対して具足戒を受けた比丘をいう場合と、ここでありそうな、年功を積んだ上位の比丘をいう場合とがある、とする。訳さずに残した。
- 年少の得法:年若い得法の者。宗務庁版英訳の注は、「得法」は道元禅師の語彙としてはそれほど多く出る語ではないが、この巻では特に重く扱われ、仏法の真実を会得していることをいう、とする。得法は訳さずに残した。
- 久修練行:久しく修め、行を練ってきた者。訳さずに残した。
- 晩学:あとから学びはじめた者。訳さずに残した。
- 師号に署せり:師号(師としての称号)に署せられている、師号を授けられている。宗務庁版英訳は "I have been assigned the title 'master'" と訳す(→読みの分かれるところ)。
- 法務司:宗務庁版英訳の注は、どういう職かは確かでなく、古い日本では「法務」は、儀式を担当する僧、寺院の事務の役僧、または朝廷の僧綱の役人を指しうる、とする。訳さずに残した。
- 余僧:ほかの僧。
- 僧正司:宗務庁版英訳の注は、「僧正」は中国でも日本でも僧綱の長をいう語として用いられ、ここの「僧正司」を地方の役職とみる説もある、とする。訳さずに残した。
- 俗男・俗女:在家の男・女。
- 三賢十聖:宗務庁版英訳の注は、菩薩の道の段階をいう通例の語で、十の地(十地)にある「聖」と、それに先立つ段階にある三種の「賢」をいう、とする。訳さずに残した。
- 比丘尼等:比丘尼など。
- 帝胤:天子の血すじ。訳さずに残した。
- 臣家・相門:臣下の家・宰相の家。訳さずに残した。
【8】このような痴人は、いたずらに父国を離れて、他国の道路にさまよい歩いているために、仏道を見聞しないのである。
語注
- 痴人:おろかな人。
- いたづらに父国をはなれて:むなしく父の国を離れて。宗務庁版英訳の注は、『法華経』の、富める父の国から逃げ出して長年困窮のうちにさまよい、ついに戻って本来の財を受け継ぐ子のたとえ(信解品)をふまえるとする。父国は訳さずに残した(→読みの分かれるところ)。
- 他国の道路に跉跰する:他国の道をさまよい歩く。
- 見聞:見たり聞いたりすること。
解説#
はじめに――『礼拝得髄』という巻#
巻頭題と、巻の置かれる位置#
本書では、ここから「礼拝得髄」の巻を読んでいきます。巻のはじめには、
「正法眼蔵 礼拝得髄」
とあり、巻の終わりにも、本文のあとに「正法眼蔵礼拝得髄」と記されています。
宗務庁版英訳の解題によれば、この巻は七十五巻本では第二十八の巻にあたり、六十巻本には収められていません。一方、『秘密正法眼蔵』には、七十五巻本の約二倍の長さの形で収められていて、本山版(九十五巻本)は、その増えた部分を含む形で、この巻を第八に置いています。本山版の巻の順では、弁道話・摩訶般若波羅蜜・現成公案・一顆明珠・重雲堂式・即心是仏・洗浄に続いて、この「礼拝得髄」が置かれていることになります。
同じ解題は、増えた部分について、もとの形にあとから書き加えられたものと考えるよりも、『秘密正法眼蔵』のほうが草稿で、七十五巻本の形に整えるときにその部分が除かれたと見るほうがよいだろう、としています。本書の底本である本山版では、その部分は本文と切れ目なく続いていて、本書の第三回の途中(第三回の【6】)から後がそれにあたります。本書では、本山版のとおり、一つの巻として通して読んでいきます。
撰述――延応庚子、興聖寺#
巻末題のあとには、次の奥書があります。
「延応庚子清明日記、観音導利興聖宝林寺。」
延応庚子の年の清明の日に、観音導利興聖宝林寺において記した、という記録です。宗務庁版英訳の解題は、この巻を1240年の春、興聖寺での撰述としていて、『正法眼蔵』のなかでも早い時期の巻の一つに数えています。本書でこれまでに読んだ重雲堂式・洗浄の巻は、その前の年、同じ興聖寺の日付をもつ巻でした。ただし、宗務庁版英訳は、この奥書を七十五巻本の本文の終わり、すなわち本書の第三回の途中(第三回の【5】のあと)に置いていて、解題のいう「1240年の春」も、その七十五巻本の形についての日付です。解題は、増えた部分を含む『秘密正法眼蔵』の形には、それより数か月あとの、同じ年の冬の奥書がある、とも述べています。本山版では、この奥書は増えた部分(第三回の【6】以下)を含む本文全体のあとに置かれていますが、その日付が増えた部分にまでかかるとは言えません。奥書については、巻の終わりを読む第五回で、あらためて見ることにします。
巻名「礼拝得髄」#
巻名の「礼拝得髄」は、礼拝して髄を得る、という意味です。宗務庁版英訳の解題は、この巻名は、初祖菩提達磨と四人の弟子の、よく知られた話から取られている、としています。達磨が弟子たちにそれぞれの理解を述べさせ、一人目には「わが皮を得たり」、二人目には「わが肉を得たり」、三人目には「わが骨を得たり」と評し、何も答えずにただ礼拝した四人目――のちに達磨の後を継ぐ慧可――に、「わが髄を得たり」と言った、という話です。
ただ、同じ解題は、この巻で道元禅師が問題にしているのは、その話そのものよりも、師に礼拝するということ、巻頭の句のことばでいえば「導師をうること」である、としています。そして、学ぶ側にとって要となるのは、その志のまことであり、師の側について問われるのは、ただその人が道を得ているかどうかだけである、ということが巻のはじめに示され、そのあとの大半は、女性は師となる資格がないという当時の通念への批判にあてられている、と述べています。
今回の範囲は、まさにその「巻のはじめ」にあたります。導師に会うことのむずかしさ、法を重んじて身を軽んじること、そして、得法の人であれば、それがだれであっても礼拝すべきことが、ここで説かれます。巻全体の土台となる部分と受けとめることができるでしょう。
巻全体の流れ#
本書では、この巻を五回に分けて読みます。
- 第一回 導師にあう――導師をうること、法をおもくすること、不聞仏法の愚痴のたぐひ
- 第二回 趙州と志閑・妙信――趙州の誓い、志閑禅師と末山了然尼、妙信尼と十七人の僧
- 第三回 男女を論ずることなかれ――宋の国の比丘尼の住持、得法を敬重すること
- 第四回 女人をきらう愚
- 第五回 結界のわらひごと――そして巻末題と奥書
はじめに導師と礼拝の意味が説かれ、続いて中国の祖師たちの話によってそれが具体的に示され、そのうえで、女性を礼拝しない、女性を嫌う、女性を寄せつけない、という当時の風潮が、しだいに強い言葉で取り上げられていく、という組み立てになっています。
今回読むところ#
今回は、巻の冒頭から、「仏道を見聞せざるなり。」(【8】)までを読みます。内容のまとまりによって、次のように見ていきます。
- 【1】 導師をうること、もともかたし
- 【2】 万縁をなげすてて、精進弁道すべし
- 【3】 頭燃をはらひ、翹足を学すべし――断臂得髄の祖、脱落身心の師
- 【4】 法をおもくし、身をかろくする
- 【5】 露柱・燈籠・諸仏・野干・男女にも奉事する
- 【6】 釈迦牟尼仏のことば
- 【7】【8】 若樹・若石にも問う――不聞仏法の愚痴のたぐひ
この回の言葉は、短い句がたたみかけるように続き、一つ一つの句にいくつもの読みの幅があります。読みの分かれる箇所では、訳文の読みに沿って説きながら、一つの読みに決めず、受けとめ方の幅を示します。そのうえで、曹洞宗の宗門で大切にされてきた坐禅と日々の修行のなかで、これらの言葉をどう受けとめることができるかを考えていきたいと思います。
導師をうること、もともかたし〔【1】〕#
導師をうること#
巻は、次の言葉で始まります。
「修行阿耨多羅三藐三菩提の時節には、導師をうること、もともかたし。」(【1】)
阿耨多羅三藐三菩提――この上ない正しいさとり――を修行するときには、導師を得ることが、もっともむずかしい、と。
巻の第一声が、「導師をうること」です。修行のさまざまなむずかしさのなかで、道元禅師は、何よりもまず、みちびく師に出会うことを挙げておられます。
このことは、本書でこれまでに読んできた巻とも、深くつながっています。弁道話では、道元禅師ご自身の歩みが、「予、発心求法よりこのかた、わが朝の遍方に知識をとぶらひき。」(『弁道話』第一回)と語りはじめられ、宋の国に渡って、「つひに大白峰の浄禅師に参じて、一生参学の大事、ここにをはりぬ。」(『弁道話』第一回)と記されていました。ついに天童山の如浄禅師に参じて、一生の参学の大事がここに終わった、と。如浄禅師は、道元禅師の本師です。また弁道話では、「この疑迷をやめて、正師のをしへにより、」(『弁道話』第三回)、「ただ、正師の教道を、たづぬべし。」(『弁道話』第七回)と、くり返し正師の教えによるべきことが説かれていました。
弁道話のこれらの言葉からは、導師に出会うことが、道元禅師ご自身の修行の歩みと深く結びついていたことがうかがえます。その導師に出会うことが「もともかたし」――もっともむずかしい――と、この巻は言いきるところから始まります。
男女等の相にあらず、大丈夫なるべし#
続いて、その導師がどのようなものであるかが示されます。
「その導師は、男女等の相にあらず、大丈夫なるべし、恁麼人なるべし。」(【1】)
その導師は、男女などの相によるのではない。大丈夫であるべきであり、恁麼人であるべきである、と。
「相」は、外に見えるすがたかたちです。導師は、男であるとか女であるとかいう、すがたかたちによって定まるものではない、と訳文は取りました。ただ、この句には受けとめ方の幅があります。導師は男女の相を超えている、男女の相をもたない、と受けとめることもできますし、導師を男女の相によって見てはならない、という、見る側への戒めの含みを読むこともできるでしょう。
いずれの読みを取るにしても、巻の第二の文に「男女等の相にあらず」という言葉が置かれていることは、大切な手がかりです。この巻のあとの大半が、女性は師となれないという通念への批判にあてられていることを思えば、道元禅師は、その主題を、巻のはじめからはっきりと掲げておられる、と見ることができます。そして、この同じ言葉は、第二回で読む末山了然尼のことば「非男女等相」(男女等の相に非ず。第二回の【12】)として、もう一度あらわれます。
「大丈夫」について、宗務庁版英訳の注は、ふつうには勇ましく強い男子をいう語だが、仏教では梵語の mahā-puruṣa(偉大な人)の訳語として用いられ、仏の称号の一つである、としています。「男女等の相にあらず」のすぐあとに置かれていることを考えれば、ここでの「大丈夫」を、男女の相によらない、仏の称号としての大丈夫――偉大な人――として受けとめることができます。一方で、ふつうの意味の、りっぱな男子をいう語として読むこともできるでしょう。本解説では、どちらにも決めないでおきます。第二回では、仰山が妙信尼について「大丈夫の志気あり」(第二回の【18】)と言う場面にも、この語がふたたび出てきます。その箇所で、あらためて考えることにします。
「恁麼人」は、このような人、そのような人です。宗務庁版英訳の注は、九世紀の禅師、雲居道膺の名高いことばをふまえるものだろう、としています。「恁麼」は、「このような」「そのような」と指し示す言葉です。導師は、男女の相によってではなく、「そのような人」として言われている、と受けとめることができるでしょう。
古今人にあらず、野狐精にして善知識ならん#
「古今人にあらず、野狐精にして善知識ならん。」(【1】)
(導師は)古今の人ではなく、野狐精であって、しかも善知識であるだろう、と。
この句は、はじめて読むと驚かされる言葉です。「古今人」について、宗務庁版英訳の注は「歴史上の人物ではない」という意だとしています。導師は、昔や今の、名の知られた人であるとはかぎらない、と受けとめることができるでしょう。
そして、「野狐精にして善知識ならん」。野狐精は、狐の精、狐の化けたものです。善知識は、仏道にみちびく師をいう言葉です。導師は、狐の精であっても、善知識でありうる、と言うのです。
宗務庁版英訳の注は、この「野狐精」が、すぐあとに出てくる百丈と狐の話を導くとともに、【7】の天帝釈と野干の話、そして第二回で読む末山了然尼の「これ野狐精にあらず」(第二回の【14】)という言葉をも先取りしている、としています。巻のはじめの一句に、巻のあとに展開していくいくつもの話の糸口が、すでに織りこまれていると見ることができます。
この句の読みにも幅があります。導師は、ふつうの人ではなく、野狐精でありながら善知識であるような、はかりがたいものだ、と受けとめることもできますし、導師は人でなくてもよい、狐の精であっても善知識でありうる、と受けとめることもできます。また、「野狐精」を、次の句の「不昧因果」と結びつけて、百丈の話の狐に重ねて読むこともできるでしょう。
得髄の面目、導利、不昧因果、儞我渠#
「これ得髄の面目なり、導利なるべし。不昧因果なり、儞我渠なるべし。」(【1】)
これが得髄の面目であり、導利であるべきである。不昧因果であり、儞・我・渠(なんじ・われ・かれ)であるべきである、と。
「得髄の面目」は、髄を得たものの顔つき、ありようです。巻名の「得髄」がここにあらわれます。「導利」は、みちびき、利益を与えるもの。宗務庁版英訳は "a guide and benefactor" と訳しています。
「不昧因果」は、因果をくらまさない、ということです。宗務庁版英訳の注によれば、これは、「大修行の人は因果に落ちず(不落因果)」と答えたために五百生のあいだ狐の身に生まれた者が、百丈の「因果に昧からず(不昧因果)」という言葉によって救われた、というよく知られた話をふまえていて、道元禅師はこの話を「大修行」の巻で詳しく取り上げておられます。前の句の「野狐精」は、この話の狐と結びついています。
そして、「儞我渠なるべし」。本山版に拠る活字本に付けられた読み下しは「儞・我・渠」で、それぞれ「なんじ」「われ」「かれ」と読みます。導師は、なんじであり、われであり、かれである、と。
これらの句の主語を何と取るかは、本文に示されていません。訳文は、ここまでの流れのまま「導師」を主語に取りました。その読みでは、導師は、なんじでも、われでも、かれでもありうる、だれでもありうる、と受けとめることができます。一方で、導師がなんじ・われ・かれをつらぬいている、と受けとめることもできますし、修行するなんじ自身がそのまま導師である、という含みを読むこともできるでしょう。また、主語を「導師を得ること」や、修行者自身と取る読みもありえます。
どの読みを取るにしても、【1】の言葉が、導師というものを、男女の相によっても、古今の名によっても、人であるか狐であるかによっても、限らずに示していることは変わりません。導師は、外から見て「この人が師だ」と決められるようなものとしては、語られていないのです。それならば、何によって導師は導師なのか。その答えは、【4】【5】で「法」と「得法」という言葉によって示されていくことになります。
万縁をなげすてて、精進弁道すべし〔【2】〕#
「すでに導師を相逢せんよりこのかたは、万縁をなげすてて、寸陰をすごさず、精進弁道すべし。」(【2】)
ひとたび導師に相逢したならば、それからのちは、万縁をなげすてて、寸陰(わずかな時間)もむだに過ごさず、精進弁道すべきである、と。
導師に出会うことがもっともむずかしい。だからこそ、出会ったならば、そこからが本当の修行の始まりです。「万縁をなげすてて」は、あらゆるかかわりごとを投げ捨てて、ということです。宗務庁版英訳の注は、この句が、道元禅師の坐禅の手引きにくり返し出てくる定まった言い方を思わせるとして、「坐禅儀」の巻の、もろもろの縁を放ち捨て、よろずのことを休めよ、という句を挙げています。導師に出会ったのちの修行が、坐禅の心がまえと同じ言葉で語られている、ということは、心にとめておいてよいでしょう。
「寸陰」は、わずかな時間です。宗務庁版英訳の注は、道元禅師の著作にしばしば出てくる言い方だとしています。わずかな時間もむだにしない。これは、時を惜しんで修行することを説く道元禅師の言葉に、くり返し響いている心がまえです。
有心にても、無心にても、半心にても#
「有心にても修行し、無心にても修行し、半心にても修行すべし。」(【2】)
有心でも修行し、無心でも修行し、半心でも修行すべきである、と。
宗務庁版英訳の注は、「有心」「無心」の対は、意識しているかいないか、分別する心か分別しない心か、意図するかしないか、のいずれをも指しうるとし、「半心」は、道元禅師が遊び心で加えた三つ目だろう、としています。
この句は、心がどのようであっても修行せよ、と受けとめることができるでしょう。心がはっきりしているときも、ぼんやりしているときも、その中間のときも、とにかく修行する。また、有心であることも、無心であることも、半心であることも、そのありようのままで修行である、と受けとめることもできます。
坐禅をしていると、心が澄んでいると感じる日もあれば、雑念ばかりが浮かぶ日もあります。けれども、この句に照らせば、心の調子のよい日だけが修行なのではありません。どのような心であっても、坐る。その坐ることを、心の状態によって値うちづけない。そのように受けとめることもできるのではないでしょうか。
頭燃をはらひ、翹足を学すべし〔【3】〕#
頭燃と翹足#
「しかあれば、頭燃をはらひ、翹足を学すべし。かくのごとくすれば、訕謗の魔黨にをかされず。」(【3】)
そうであるから、頭燃をはらい、翹足を学ぶべきである。このようにすれば、訕謗の魔党(そしりけなす魔のともがら)におかされない、と。
「頭燃をはらふ」は、頭に燃えついた火をはらうように、ということです。宗務庁版英訳の注は、修行の切迫をいう定まった喩えで、『正法眼蔵』に何度か出てくる、としています。頭に火がついていれば、だれでも、ほかのことはすべて置いて、すぐにそれをはらおうとするでしょう。修行は、そのように、後回しにできないものとして行う、ということです。坐禅儀の巻にも、頭の火をはらうように坐禅を好むべきことが説かれています。
「翹足」について、宗務庁版英訳の注は、仏教では片足をあげて長く立ちつづける行をいい、釈尊が前世に弗沙仏をたたえて七日のあいだ片足で立った、という話があることを挙げ、道元禅師は『学道用心集』でこの行をたたえておられる、としています。同じ注は、「三昧王三昧」の巻ではこの行が外道の行として挙げられることにもふれています。ここでは、片足で立ちつづけるという行の形そのものよりも、仏をたたえ法を求めて、身をかえりみずに立ちつくす、その志を学べ、と受けとめるのがよいように思われます。
「かくのごとくすれば、訕謗の魔黨にをかされず」。このように修行すれば、そしりけなす魔のともがらにおかされない、と。宗務庁版英訳の注は、「魔」を、仏道の修行をさまたげようとする魔(マーラ)の軍勢としています。修行の道には、それをさまたげるものが、外からも内からもあらわれてきます。けれども、頭の火をはらうように修行していれば、それにおかされることはない、と言われます。
断臂得髄の祖、脱落身心の師#
「断臂得髄の祖、さらに他にあらず、脱落身心の師、すでに自なりき。」(【3】)
断臂得髄の祖は、決して他人ではなく、脱落身心の師は、すでに自己であった、と。
「断臂得髄の祖」は、宗務庁版英訳の注によれば、二祖慧可のことです。慧可は、こころざしのしるしに自らの臂を断って菩提達磨の弟子となり、のちに達磨から「わが髄を得たり」と言われました。巻名の「得髄」の話の、その当人です。
「脱落身心の師」について、宗務庁版英訳の注は、「脱落身心」(逆の順で「身心脱落」とも)は、道元禅師が本師の天童如浄禅師のことばとして伝える、定まった句であるとしています。弁道話にも、「ただし打坐して身心脱落することをえよ。」(『弁道話』第二回)と、この語が、坐禅の要として示されていました。
この二句は、今回の範囲のなかでもとくに大切で、読みの分かれるところです。
一つには、断臂得髄の祖も、脱落身心の師も、このように修行する自己と別の人ではない、と受けとめることができます。慧可や如浄禅師を、遠い昔の、自分とは関わりのない偉人として仰ぐのではない。頭燃をはらうように修行するとき、その祖師たちは、修行する自己と別ではない、という読みです。もう一つには、このように修行する自己が、そのまま断臂得髄の祖であり、脱落身心の師である、と、さらに一歩進めて受けとめることもできるでしょう。また、「脱落身心の師」を、道元禅師ご自身のことと取る読みも考えられますが、本文からはそこまで決められません。
「すでに自なりき」の「き」は、過去をあらわす語です。訳文は「であった」と訳しましたが、宗務庁版英訳は現在の形で訳しています。もとから自己であった、という含みを読むこともできるでしょう。
なお、この段は、本書の原文の句切りに従って、「をかされず。」で文を切って読みました。句切りによっては、「をかされず、断臂得髄の祖、」と続けて、「かくのごとくすれば」が、後の「断臂得髄の祖……自なりき」にまでかかるように読むこともできます。そう読めば、このように修行すれば、断臂得髄の祖も脱落身心の師も、自己と別ではなくなる、という、修行の結果としての意味あいが強くなります。「をかされず。」で切れば、断臂得髄の祖、脱落身心の師が自己と別でないことは、修行の結果というよりも、もとからそうであることとして言われているようにも読めます。ここでは、どちらにも決めないでおきます。
いずれにしても、ここで、巻名の「得髄」と、道元禅師が本師から受けた「脱落身心」とが、「他にあらず」「自なりき」という言葉で、修行する者自身に結びつけられていることは、目をとめておいてよいでしょう。【1】で「儞我渠なるべし」と言われた導師のありようとも、どこかで響きあっているように思われます。
法をおもくし、身をかろくする〔【4】〕#
至誠により、信心による#
「髄をうること、法をつたふること、必定して至誠により、信心によるなり。」(【4】)
髄を得ること、法を伝えることは、かならず至誠により、信心によるのである、と。
ここで、話は修行する者の側に向けられます。髄を得ることも、法を伝えることも、かならず「至誠」――この上ないまこと――により、「信心」によるのだ、と。
宗務庁版英訳の解題が、学ぶ側にとって要となるのは志のまことである、と述べていたのは、この段を指していると見ることができます。導師に出会うことはもっともむずかしい。けれども、出会ったとしても、学ぶ側に至誠と信心がなければ、髄を得ることも、法が伝わることもない、というのです。
誠心、ほかよりきたるあとなく、内よりいづる方なし#
「誠心、ほかよりきたるあとなく、内よりいづる方なし。」(【4】)
誠心(まことの心)は、外から来たあともなく、内から出てくる方(ところ)もない、と。
この一文は、短いながら、深い言葉です。まことの心は、外から与えられるものではない。かといって、内にもとからあって、そこから出てくるものでもない、と。
この句の受けとめ方には幅があります。訳文は、誠心は外から来るものでも内から出るものでもない、と取りました。そのうえで、誠心は内と外という区別を超えている、と受けとめることもできますし、誠心はどこかから来るものではなく、すぐあとに言われる「法をおもくし、身をかろくする」ことそのものである、と受けとめることもできるでしょう。
法をおもくし、身をかろくする#
「ただまさに法をおもくし、身をかろくするなり。世をのがれ、道をすみかとするなり。」(【4】)
ただまさに法を重くし、身を軽くするのである。世をのがれ、道をすみかとするのである、と。
この一文が、今回の範囲の、そしてこの巻全体の、要となる言葉と受けとめることができるでしょう。法を重んじ、わが身を軽んじる。
ここで言う「身をかろくする」は、自分の身体を粗末にせよ、という意味ではないでしょう。続く文に、
「いささかも身をかへりみること法よりもおもきには、法つたはれず、道うることなし。」(【4】)
とあります。わずかでも、身をかえりみることが法よりも重いようでは、法は伝わらず、道を得ることはない、と。身をかえりみる――自分の立場、自分の体面、自分の都合、自分のこれまでの積み重ねを、法よりも重く見る――そのことが、法の伝わることをさまたげる、というのです。
この言葉は、【7】で描かれる「不聞仏法の愚痴のたぐひ」の言葉と、ちょうど裏表になっています。われは大比丘なり、われは久修練行なり、われは師号に署せり……と、自分の立場をかえりみることを法よりも重くする人々です。巻のはじめに「法をおもくし、身をかろくする」と示しておいて、そのあとで、それとは逆のありようが具体的に描かれていく。そういう組み立てになっていると見ることができます。
他の教訓をまたずといへども#
「その法をおもくする志気、ひとつにあらず、他の教訓をまたずといへども、しばらく一二を挙拈すべし。」(【4】)
その法を重くする志気(のあらわれ)は一つではない。他の教訓を待つまでもないことではあるが、しばらく一つ二つを挙げてみよう、と。
「他の教訓をまたず」の受けとめ方には幅があります。訳文は、他人の教えを待つまでもない、と取りました。法を重くする志は、人から教えられて起こすものではなく、自ら知るべきことだ、という読みです。宗務庁版英訳も同じ向きに訳しています。一方で、ほかの(ここに挙げる以外の)教訓を待つまでもない、と受けとめることもできるでしょう。どちらにしても、道元禅師は、ここから、法を重くするということの具体的なありようを、一つ二つ挙げていかれます。
露柱・燈籠・諸仏・野干・男女にも奉事する〔【5】〕#
「いはく、法をおもくするは、たとひ露柱なりとも、たとひ燈籠なりとも、たとひ諸仏なりとも、たとひ野干なりとも、鬼神なりとも、男女なりとも、大法を保任し、吾髄を汝得せるあらば、身心を牀座にして、無量劫にも奉事するなり。」(【5】)
すなわち、法を重くするというのは、たとえ露柱であっても、たとえ燈籠であっても、たとえ諸仏であっても、たとえ野干であっても、鬼神であっても、男であっても女であっても、大法を保任し、吾髄を汝得している(「わが髄を汝は得た」といわれる)ものであるならば、自分の身心を牀座にして、無量劫にもわたって奉事することである、と。
たとひ露柱なりとも#
ここに並べられているものに、目をとめてみましょう。露柱――仏殿などのむき出しの柱。燈籠。諸仏。野干――狐の類の獣。鬼神。そして、男女。
柱や燈籠のような、ふつうには心をもたないとされるもの。この上なく尊い諸仏。卑しいとされる獣。人ではない鬼神。そして、男であれ女であれ、人。尊いものも卑しいものも、心あるものも心なきものも、同じ「たとひ……なりとも」の形で、一つに並べられています。
そのうえで、条件は一つだけです。「大法を保任し、吾髄を汝得せるあらば」。大法をたもちまもり、「わが髄を汝は得た」といわれるものであるならば。宗務庁版英訳の注は、この「吾髄を汝得せる」は、仏祖から伝わる教えの核心を得ていることをいい、菩提達磨が慧可に言った「汝、吾が髄を得たり」の句を、道元禅師がここで言いかえて用いている、としています。
つまり、問われているのは、そのものが何であるかではなく、法を得ているかどうか、ただそれだけです。宗務庁版英訳の解題が、師の側について問われるのは、ただその人が道を得ているかどうかだけである、と述べていたのは、この段の言葉と重なります。
「吾髄を汝得せるあらば」の読みには幅があります。訳文は、宗務庁版英訳の注に沿って、「わが髄を汝得たり」といわれる(髄を得ている)ものであれば、と取りました。一方で、「吾」を、奉事する側の自分と取り、わたしの髄をそのものが得ているならば、と読む余地もあるでしょう。
身心を牀座にして、無量劫にも奉事する#
そして、そのようなものに対しては、「身心を牀座にして、無量劫にも奉事するなり」。自分の身心を座席にして、はかりしれない長い時にわたって仕えるのだ、と。
宗務庁版英訳の注は、この言い方が、『法華経』提婆達多品の、前世の釈尊が国王として、『法華経』を説くと約束した仙人に仕え、木の実を採り、水を汲み、薪を拾い、食事をととのえ、ついには自らの身をもって牀座とした、という一節をふまえるのであろう、としています。法を聞くために、王の位も身も惜しまずに仕えた、という話です。
ここでもまた、「法をおもくし、身をかろくする」ということが、具体的な姿で示されています。法を得ているものに対して、自分の身心を座席として差し出す。それほどに、法を重く、身を軽く見る、ということです。
なお、この文の組み立てにも受けとめ方の幅があります。訳文は、「法を重くするというのは、……に奉事することである」と、法を重くすることの中身を言う文として訳しましたが、「法を重くする者は、……に奉事するのである」と受けとめることもできます。
身心はうることやすし、法はあふことまれなり#
「身心はうることやすし、世界に稲麻竹葦のごとし、法はあふことまれなり。」(【5】)
身心は得ることがたやすい。世界に稲麻竹葦のように(数多く)ある。(しかし)法は出会うことがまれである、と。
宗務庁版英訳の注は、「稲麻竹葦」を、(衆生が)世界に満ちあふれていることをいう、鳩摩羅什訳『法華経』に用いられる喩えだとしています。稲や麻や竹や葦が群がり生えているように、身心をもつものは、世界にいくらでもある。けれども、法に出会うことは、まれである。
この句の受けとめ方にも幅があります。身心(人の身)は得やすいが、法に出会うことはまれだ、と受けとめることもできますし、身心を投げ出すことはたやすいが、法に出会うことはまれだ、だから法のためには身心を惜しまない、という含みを読むこともできるでしょう。
いずれにしても、ここで、【1】の「導師をうること、もともかたし」と、「法はあふことまれなり」とが、響きあっているように読めます。導師に出会うことも、法に出会うことも、まれである。だからこそ、出会ったならば、身心を牀座にしてでも仕える。法を重くし、身を軽くする、ということの意味が、ここで、まれなるものに出会ったものの心がまえとして示されている、と受けとめることができるでしょう。
釈迦牟尼仏のことば〔【6】〕#
種姓を観ずることなかれ#
続いて、釈迦牟尼仏のことばが引かれます。
「釈迦牟尼仏のいはく、無上菩提を演説する師にあはんには、種姓を観ずることなかれ、容顔をみることなかれ、非をきらふことなかれ、行をかんがふることなかれ。」(【6】)
釈迦牟尼仏が言われた。この上ない菩提を説き示す師に会うならば、(その師の)種姓を観てはならない。容顔を見てはならない。非(あやまち)を嫌ってはならない。行いを考えてはならない、と。
宗務庁版英訳の注は、この一節の典拠は見つかっていないとし、少なくともその一部は、弟子が師をどう敬うべきかを説く『梵網経』の一節に拠るのではないか、という説があることを挙げています。
ここで挙げられている四つ――種姓(生まれ、家柄)、容顔(顔かたち)、非(あやまち、欠点)、行(おこない)――は、私たちが人を見るときに、ふつう目を向けるところばかりです。どのような家に生まれた人か。どのような顔かたちか。どのような欠点があるか。ふだんどのようにふるまっているか。そうしたことに目を向けることを、ここでは、師に会うときにしてはならない、と言われます。
「非をきらふことなかれ、行をかんがふることなかれ」という言葉は、師のあやまちを見ても見ないふりをせよ、何をされても従え、という意味に受けとられてしまうと、本文の意からはずれてしまうように思われます。本文は、師の非を非でないとせよ、とも、師のあやまちにそのまま従え、とも言ってはいません。この一節の結びには、「ただ般若を尊重するがゆえに」という言葉が置かれています。師を尊ぶのは、師の人がらや行いのゆえではなく、師の説く般若――仏の智慧――を尊ぶからだ、ということです。そして、この巻全体を通して、師であるかどうかを決めるものは、得法しているかどうか、ただそれだけである、と一貫して言われています。第二回の終わりには、「比丘の高年宿老なりとも、得法せざらん、なにの要かあらん。」(第二回の【24】)とあり、第三回の範囲には、「仏法の道理いまだゆめにもみざらんは、たとひ百歳なる老比丘なりとも、得法の男女におよぶべきにあらず、うやまふべからず、」(第三回の【5】)という言葉も出てきます。年齢や地位があっても、法を得ていなければ、うやまうべきではない、と。
つまり、この一節が戒めているのは、師を見る目を、種姓や容顔や、こちらから見た欠点や行いに向けて、それによって法を聞くことを妨げてしまうことだ、と受けとめることができるでしょう。師の言うこと、することを、何であれ正しいものとして受け入れよ、ということではなく、師の欠点を理由に、その師の説く法から耳をふさがない、という戒めとして読めるのではないでしょうか。自分の物差しで師をはかり、気に入らないところがあるから法を聞かない、というのでは、「身をかへりみること法よりもおもき」ことになってしまいます。
ただ般若を尊重するがゆえに#
「ただ般若を尊重するがゆえに、日日に百千両の金を食せしむべし。天食をおくりて供養すべし、天華を散じて供養すべし。」(【6】)
ただ般若を尊重するがゆえに、日々に百千両の金を食させる(ほどの供養をする)べきである。天食をおくって供養すべきであり、天華を散じて供養すべきである、と。
「日日に百千両の金を食せしむべし」は、宗務庁版英訳にならって、百千両の金に値するほどの供養をする、と補って訳しました。文字どおりの量をいうよりも、惜しみなく供養する、という誇張の表現と受けとめることもできるでしょう。天の食物をおくり、天の花を散じて供養する。それほどまでに師を敬うのは、ひとえに、師の説く般若を尊重するからです。
日日三時に礼拝し恭敬して#
「日日三時に礼拝し恭敬して、さらに患脳の心を生ぜしむることなかれ。」(【6】)
毎日、三時に礼拝し恭敬して、決して患脳の心を生じさせてはならない、と。
ここに、巻名の「礼拝」が出てきます。毎日、朝・昼・晩に礼拝し、うやまう。
「患脳の心を生ぜしむることなかれ」の受けとめ方には幅があります。「患脳」は、うれえ悩むこと、と取りました。そのうえで、だれの心に生じさせないのかは、本文に示されていません。礼拝し恭敬する自分の心に、師へのわずらわしい思いや悩みを起こさない、と受けとめることもできますし、師に悩みの心を起こさせない、と受けとめることもできるでしょう。
われ発心よりこのかた#
「かくのごとくすれば、菩提の道、かならずところあり。われ発心よりこのかた、かくのごとく修行して、今日は阿耨多羅三藐三菩提をえたるなり。」(【6】)
このようにすれば、菩提の道は、かならず(いたる)ところがある。わたしは発心してこのかた、このように修行して、今日、阿耨多羅三藐三菩提を得たのである、と。
「菩提の道、かならずところあり」は、菩提の道はかならず至るところがある、実を結ぶ、と受けとめることもできますし、宗務庁版英訳のように、菩提の道はかならずあらわれる、と受けとめることもできます。
そして、結びの「われ発心よりこのかた」。釈迦牟尼仏が、ご自身の修行をふり返って、わたしは発心してから、このように――師の種姓も容顔も問わず、ただ般若を尊んで、日々に礼拝し供養して――修行して、今日、この上ないさとりを得たのだ、と言われます。訳文は、原文に括弧がないところを、この「われ」を釈迦牟尼仏と取って、段落の終わりまでを釈迦牟尼仏のことばとしました。
仏ご自身が、師を礼拝し恭敬することによって、さとりを得た、と言われている。この言葉が、巻のはじめに置かれていることの意味は大きいと思われます。礼拝は、さとりを得たあとで、かたちだけ残る儀礼ではありません。仏が仏となった、その道のりそのものが、師を礼拝し恭敬する道のりであった、というのです。
この巻の巻名は「礼拝得髄」です。礼拝して、髄を得る。釈迦牟尼仏のことばは、その巻名を、仏ご自身の歩みによって裏づけている、と受けとめることができるでしょう。
若樹・若石にも問う――不聞仏法の愚痴のたぐひ〔【7】【8】〕#
若樹・若石も、とかましとねがひ#
「しかあれば、若樹・若石も、とかましとねがひ、若田・若里も、とかましともとむべし。露柱に問取し、牆壁をしても参究すべし。」(【7】)
そうであるから、木であれ石であれ、説いてほしいと願い、田であれ里であれ、説いてほしいと求めるべきである。露柱に問い、牆壁をしても参究すべきである、と。
「若樹・若石」について、宗務庁版英訳の注は、『涅槃経』に見える、雪山童子(前世の釈尊)が仏の教えを木や石に書きつけたという話をふまえる、としています。「若田・若里」は、それとしばしば並んで用いられ、釈尊が弟子たちに、聞いた教えを、田であれ里であれ出かけて行って説くようにすすめる『法華経』の一節をふまえるものだ、としています。
「露柱に問取し」について、宗務庁版英訳の注は、唐の石頭希遷(700–790)の名高いことばをふまえるとしています。「牆壁」は、かきねや壁です。同じ注は、「牆壁」が「瓦礫」と並んで、心をもたないものでありながら、仏心のあらわれとして意味をもつ世界をあらわすのに用いられる語だ、としています。
木や石、田や里、柱や壁。【5】で露柱や燈籠が挙げられていたのと同じように、ここでも、ふつうには法を説くとは思われないものに、法を求めよ、と言われます。法がどこにあるかを、こちらで決めない。法を説くものがどのようなものであるかを、こちらで限らない。そういう姿勢が示されている、と受けとめることができるでしょう。
「とかまし」の受けとめ方(説いてほしい、と願うのか、そこにも法を説くであろう、と見るのか)や、「牆壁をしても参究すべし」の受けとめ方(牆壁に参究させるのか、牆壁において参究するのか、牆壁をも参究するのか)には幅があります。訳文は、原文の形をできるだけ残しました。
野干を師として礼拝問法する天帝釈#
「むかし、野干を師として礼拝問法する天帝釈あり、大菩薩の称、つたはれり、依業の尊卑によらず。」(【7】)
むかし、野干を師として礼拝し法を問うた天帝釈があり、大菩薩の称が伝わっている。依業の尊卑によらないのである、と。
天帝釈は、帝釈天です。宗務庁版英訳の注によれば、井戸に落ちた野干(狐)が十方の仏に呼びかけるのを聞いて、帝釈天が天から下り、その野干に教えを求めた、という話で、『未曾有因縁経』に見え、道元禅師は「帰依仏法僧宝」の巻でこの話を引いておられます。天の主である帝釈天が、井戸に落ちた狐を師として礼拝し、法を問うた。【1】の「野狐精にして善知識ならん」は、この話をも先取りしていた、と宗務庁版英訳の注は見ています。
「大菩薩の称、つたはれり」は、だれの称なのかが本文に示されていません。宗務庁版英訳は野干を主語に取り、その注は、天帝釈と読む人もいる、としています。訳文は、(その野干には)と補いました。
「依業の尊卑によらず」。宗務庁版英訳の注は、「依業」は、過去の行いの結果として生まれ合わせた境遇をいい、ここでは野干の卑しい境遇を指すのであろう、としています。生まれ合わせた境遇が尊いか卑しいかによらない。狐の身であっても、法を得ていれば師であり、天の主であっても、その師を礼拝して法を問う。ここでも、問われているのは、法であって、境遇ではありません。
われは大比丘なり、……拝すべからず#
ところが、と本文は続けます。
「しかあるに、不聞仏法の愚痴のたぐひおもはくは、われは大比丘なり、年少の得法を拝すべからず、われは久修練行なり、得法の晩学を拝すべからず、われは師号に署せり、師号なきを拝すべからず、」(【7】)
それなのに、仏法を聞かない愚痴のたぐいが思うことには、「わたしは大比丘である。年少の得法(の者)を拝すべきではない。わたしは久修練行(長く修行を積んだ者)である。得法の晩学を拝すべきではない。わたしは師号に署せられている。師号のない者を拝すべきではない」、と。
そして、言葉はさらに続きます。
「われは法務司なり、得法の余僧を拝すべからず、われは僧正司なり、得法の俗男・俗女を拝すべからず、われは三賢十聖なり、得法せりとも比丘尼等を礼拝すべからず、われは帝胤なり、得法なりとも臣家・相門を拝すべからず、といふ。」(【7】)
「わたしは法務司である。得法のほかの僧を拝すべきではない。わたしは僧正司である。得法の在家の男・女を拝すべきではない。わたしは三賢十聖である。得法していても、比丘尼などを礼拝すべきではない。わたしは帝胤である。得法であっても、臣家・相門を拝すべきではない」と言う、と。
ここには、七つの「われは……なり、……拝すべからず」が、たたみかけるように並べられています。その一つ一つの形に、目をとめてみましょう。
どの句も、前半は「われは……なり」――わたしは、これこれの者である――という、自分の立場の主張です。大比丘であること、長く修行を積んだこと、師号をもっていること、役職についていること、菩薩の位にあること、天子の血すじであること。そして後半は、「得法の……を拝すべからず」――得法している者であっても、相手がこれこれであれば拝すべきではない――という言葉です。年少であること、晩学であること、師号がないこと、ほかの僧であること、在家の男女であること、比丘尼であること、臣下の家の者であること。
ここで並べられているのは、年齢、修行の年数、称号、役職、出家と在家、性、家柄、と、人を上下に分けるさまざまな物差しです。そして、どの句でも、相手は「得法」していることが前提になっています。法を得ていることはわかっている。けれども、自分のほうが年上だから、自分のほうが位が高いから、相手が女性だから、拝さない。
【4】で、「いささかも身をかへりみること法よりもおもきには、法つたはれず、道うることなし」と言われていました。ここに描かれているのは、まさに、身をかえりみることを法よりも重くするありようです。「われは……なり」と、自分の立場をかえりみる。そのために、目の前にある法を拝さない。道元禅師は、そのような人々を「不聞仏法の愚痴のたぐひ」――仏法を聞かない、おろかなたぐい――と呼ばれます。
この七つの句のなかで、とくに「われは三賢十聖なり、得法せりとも比丘尼等を礼拝すべからず」という句に、目をとめておきたいと思います。宗務庁版英訳の注は、「三賢十聖」を、菩薩の道の段階をいう通例の語だとしています。自分は菩薩の位にある、だから、得法していても比丘尼を礼拝すべきではない、と。この巻の主題である、女性の得法者を礼拝しないという風潮が、ここで、はじめてはっきりとした形で取り上げられています。この句を、自らを菩薩の位にあると言うことへの皮肉と取るか、位の名をそのまま挙げたものと取るかには、幅があります。
なお、「法務司」について、宗務庁版英訳の注は、どういう職かは確かでないとし、「僧正司」については、「僧正」は僧綱の長をいう語で、ここでは地方の役職とみる説もある、としています。「師号に署せり」の具体的な意味には、注はふれていません。ここでは、いずれも、僧としての称号や役職をいう言葉として読んでおきます。
父国をはなれて、他国の道路に跉跰する#
「かくのごとくの痴人、いたづらに父国をはなれて、他国の道路に跉跰するによりて、仏道を見聞せざるなり。」(【8】)
このような痴人は、いたずらに父国を離れて、他国の道路にさまよい歩いているために、仏道を見聞しないのである、と。
宗務庁版英訳の注は、この句が、『法華経』信解品の、富める父の国から逃げ出して長年困窮のうちにさまよい、ついに戻って本来の財を受け継ぐ子のたとえをふまえるものだ、としています。父の家には、もとから財がある。けれども、子はそれを知らずに、他国の道をさまよっている。
「父国」をどう受けとめるかには幅があります。宗務庁版英訳の注に沿って、本来の家である仏法を離れて、他国をさまよっている、と受けとめることもできますし、「父国」を、本来の自己、本分の意に取ることもできるでしょう。
いずれにしても、ここで言われていることは、きびしい言葉です。「われは……なり」と自分の立場にとらわれている人は、出家して修行をしているように見えても、実は本来の家を離れて、他国の道をさまよっているのであり、だから仏道を見聞することがない、と。年齢も、修行の年数も、称号も、役職も、ある意味では、修行の道のりのなかで得てきたものでしょう。けれども、それを法よりも重く見たとたんに、それは法から遠ざかる道となってしまう。そう受けとめることができるでしょう。
坐禅と日々の暮らしのなかで#
今回の範囲を、坐禅と日々の修行のなかで受けとめるとすれば、どのようなことが言えるでしょうか。以下は、本文が直接に坐禅について語っていることではなく、宗門の立場からの一つの受けとめ方として申し添えるものです。
師に出会うということ#
この巻は、「導師をうること、もともかたし」という言葉で始まりました。道元禅師ご自身が、各地に知識をたずね、ついに宋の国で本師如浄禅師に出会われた方でした。
坐禅は、書物を読んでひとりで始めることもできるかもしれません。けれども、曹洞宗の宗門では、坐禅は、師から弟子へ、身をもって伝えられてきたものです。弁道話にも、
「ただまさに、はじめ善知識をみんより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禅辦道して、一知半解を心にとどむることなかれ。」(『弁道話』第八回)
とありました。はじめて善知識にまみえたときから、修行の作法をたずね、ひたすら坐禅弁道して、なまはんかな理解を心にとどめてはならない、と。
坐禅を始めてみたいと思われる方は、書物だけでなく、近くの寺院の坐禅会などで、指導を受けながら坐ってみられるのがよいでしょう。坐り方、手の組み方、呼吸のととのえ方、堂への出入りの作法などを、指導する方の示すとおりに、一つ一つ教わりながら坐ってみてください。この巻の言う「導師」に出会うことは、たやすいことではないかもしれません。けれども、教えを請う、という一歩を踏み出すところから、その出会いは始まるのではないでしょうか。
心がどうあっても、坐る#
【2】の「有心にても修行し、無心にても修行し、半心にても修行すべし」という言葉は、坐禅をする者にとって、心強い言葉でもあります。
坐禅をしていると、心が静まらない、雑念が次々に浮かぶ、と感じる日があります。そういうとき、今日の坐禅はだめだった、と思ってしまいがちです。けれども、この言葉に照らせば、心が静まっているときだけが修行なのではありません。有心であっても、無心であっても、そのどちらでもない半ばの心であっても、修行する。心の調子のよしあしで、坐禅の値うちをはからない。そのように受けとめて、ただ坐りつづけることが大切なのだと思います。
「われは……なり」をおろす#
【7】に描かれた「不聞仏法の愚痴のたぐひ」の言葉は、遠い昔の、特別な人々の言葉として読むこともできます。けれども、「われは……なり」という思いは、私たちのだれの心にも起こりうるものではないでしょうか。
自分のほうが年上だから。自分のほうが長く続けているから。自分には肩書きがあるから。そうした思いから、年下の人や、あとから来た人の言葉に耳を傾けられなくなることは、修行の場に限らず、職場でも家庭でも、日々の暮らしのなかでしばしば起こることです。
坐禅会では、坐る前とあとに、合掌して頭を下げる場面がいくつもあります。坐禅会には、長く通っている方も、はじめて来た方も、年配の方も、若い方も、男性も、女性もおられます。その人々が、同じように合掌し、同じように頭を下げ、同じように坐る。そこでは、「われは……なり」という思いを、いったんおろすことが求められている、と受けとめることもできるでしょう。
「法をおもくし、身をかろくする」。それは、自分を卑しめることではなく、自分の立場や体面よりも、目の前にある法を重く見ることです。そのように心をひらくとき、木や石や、柱や壁にさえ、法を聞くことができる、と本文は言います。まして、身近な人々の言葉に、法を聞くことのできない理由はないでしょう。
礼拝ということ#
この巻の名は「礼拝得髄」です。【6】の釈迦牟尼仏のことばは、日々三時に礼拝し恭敬して、今日この上ないさとりを得た、と言っていました。
礼拝は、頭を下げ、身をかがめる行いです。からだで行う行いです。どれほど心のなかで「法を重くしよう」と思っていても、からだが頭を下げることを拒むならば、その思いはまだ本当ではないのかもしれません。反対に、頭を下げ、身をかがめるそのとき、からだのほうが先に、「身をかろくする」ことを教えてくれる、ということもあるでしょう。
お寺にお参りして仏さまに手を合わせるとき、坐禅会で合掌して頭を下げるとき、その一つ一つの礼拝を、形だけのものとせず、丁寧に行ってみる。そこに、この巻の言う「礼拝」への、身近な入り口があるように思われます。
むすびに――導師をうることから、趙州と志閑・妙信へ#
今回読んだ範囲を、あらためてふり返ってみましょう。
巻は、「修行阿耨多羅三藐三菩提の時節には、導師をうること、もともかたし。」(【1】)という言葉で始まりました。その導師は、男女等の相によるのではなく、大丈夫であり、恁麼人である。古今の人ではなく、野狐精であって善知識でもありうる。得髄の面目であり、導利であり、不昧因果であり、なんじ・われ・かれである、と示されました(【1】)。
導師に出会ったならば、万縁をなげすてて、寸陰もむだにせず、心がどうあっても修行すべきこと(【2】)、頭燃をはらい翹足を学ぶべきこと、そして、断臂得髄の祖も脱落身心の師も、修行する自己と別ではないことが説かれました(【3】)。
髄を得ること、法を伝えることは、至誠と信心による。ただ法を重くし、身を軽くするのである。わずかでも身をかえりみることが法よりも重ければ、法は伝わらない、と示されました(【4】)。そして、たとえ露柱・燈籠・諸仏・野干・鬼神・男女であっても、大法を保任し髄を得ているものであれば、身心を牀座にして無量劫にも仕えるべきこと(【5】)、師の種姓・容顔・非・行を問わず、ただ般若を尊んで日々に礼拝し恭敬すべきことが、釈迦牟尼仏のことばによって示されました(【6】)。
最後に、木や石、田や里、柱や壁にまで法を求め、狐を師として礼拝した帝釈天の話が引かれたうえで、「われは……なり、得法の……を拝すべからず」と、自分の立場にとらわれて得法の人を拝さない人々が、仏法を聞かない愚痴のたぐいとして、きびしく戒められました(【7】【8】)。
今回の範囲の要は、師を師とするものは、男女の相でも、年齢でも、地位でも、境遇でもなく、ただ法を得ているかどうかである、という点にあると受けとめることができるでしょう。そして、学ぶ側に求められているのは、法を重くし、身を軽くする至誠であり、そのあらわれとしての礼拝である、と。
次の回では、本文は、この教えを、中国の祖師たちの話によって具体的に示していきます。七歳の子にも学ぼうと誓って行脚に出た趙州。臨済のもとを離れて、末山了然尼を礼拝し、のちに「臨済爺爺」「末山嬢嬢」と語った志閑禅師。そして、仰山のもとで廨院主に選ばれた妙信尼と、そのひとことで有省した十七人の僧たち。今回の「われは……なり」とは逆の姿が、どのように描かれていくのかを、見ていくことにします。
読みの分かれるところ#
この回の範囲は、短い句がたたみかけるように続き、一つ一つの句に読み方の幅があります。主なものを挙げます。どれか一つを正解とするのではなく、読みの幅として示します。
-
「その導師は、男女等の相にあらず、大丈夫なるべし、恁麼人なるべし」【1】
「男女等の相にあらず」は、導師は男女の相によって定まるものではない、と取るのが本書の訳です。導師は男女の相を超えている(男女の相をもたない)と取ることも、導師を男女の相で見てはならない、という見る側への戒めの含みを読むこともできます。同じ言葉は、第二回で末山了然尼のことば「非男女等相」としてもう一度出てきます。「大丈夫」は、宗務庁版英訳の注によれば、ふつうには強い男子をいう語ですが、仏教では仏の称号の一つです。男女の相によらない、仏の称号としての「偉大な人」と受けとめることも、ふつうの意味のりっぱな男子をいう語として読むこともでき、本書ではどちらにも決めていません。第二回で仰山が妙信尼について言う「大丈夫の志気あり」も同じです。 -
「古今人にあらず、野狐精にして善知識ならん。これ得髄の面目なり、導利なるべし。不昧因果なり、儞我渠なるべし」【1】
導師は、ふつうの古今の人ではなく、野狐精でありながら善知識でありうるような、はかりがたいものだ、と取ることも、導師は人でなくてもよい、狐の精であっても善知識でありうる、と取ることも、「野狐精」を次の「不昧因果」と結びつけて、百丈の話の狐に重ねて読むこともできます。これらの句の主語も示されていません。本書の訳は「導師」としましたが、「導師を得ること」や修行者自身と取る読みもありえます。「儞我渠なるべし」も、導師はなんじ・われ・かれのだれでもありうる、導師はなんじ・われ・かれをつらぬいている、修行するなんじ自身がそのまま導師である、と幅があります。 -
「有心にても修行し、無心にても修行し、半心にても修行すべし」【2】
「有心」「無心」は、意識しているかいないか、分別する心かしない心か、意図するかしないか、のいずれとも取れる、と宗務庁版英訳の注は述べ、「半心」は道元禅師が遊び心で加えた三つ目だろう、としています。句全体も、心がどうあっても修行せよ、と取ることも、有心・無心・半心それぞれのありようがそのまま修行である、と取ることもできます。 -
「かくのごとくすれば、訕謗の魔黨にをかされず。断臂得髄の祖、さらに他にあらず、脱落身心の師、すでに自なりき」【3】
本書は原文の句切りに従い、「かくのごとくすれば」を「をかされず」までにかけて読みました。句切りによっては、「かくのごとくすれば」が「断臂得髄の祖……自なりき」にまでかかるようにも読め、その場合は、修行の結果として祖師が自己と別でなくなる、という意味あいが強くなります。二句そのものも、慧可や如浄禅師が、このように修行する自己と別の人ではない、と取ることも、修行する自己がそのまま断臂得髄の祖・脱落身心の師である、と取ることもできます。「脱落身心の師」を道元禅師ご自身と取る読みも考えられますが、本文からはそこまで決められません。「すでに自なりき」の「き」も、過去として「であった」と取るほか、もとから自己であった、という含みを読むことができ、宗務庁版英訳は現在の形で訳しています。 -
「誠心、ほかよりきたるあとなく、内よりいづる方なし」「他の教訓をまたずといへども」【4】
誠心は外から来るものでも内から出るものでもない、と取るのが本書の訳です。誠心は内と外という区別を超えている、と取ることも、誠心はどこかから来るものではなく、すぐあとの「法をおもくし、身をかろくする」ことそのものである、と取ることもできます。「他の教訓をまたず」も、他人の教えを待つまでもない(本書の訳、宗務庁版英訳も同じ向き)と取るほか、ここに挙げる以外の教訓を待つまでもない、と取ることができます。 -
「法をおもくするは、……吾髄を汝得せるあらば、身心を牀座にして、無量劫にも奉事するなり。身心はうることやすし」【5】
文の組み立ては、「法を重くするとは、……に奉事することである」と取るのが本書の訳ですが、「法を重くする者は、……に奉事する」と取ることもできます。「吾髄を汝得せる」は、宗務庁版英訳の注に沿って「わが髄を汝得たり」といわれる(髄を得ている)もの、と取りましたが、「吾」を奉事する側の自分と取る余地もあります。「身心はうることやすし」も、身心(人の身)は得やすい、と取ることも、身心を投げ出すことはたやすい、という含みを読むこともできます。 -
釈迦牟尼仏のことば【6】
宗務庁版英訳の注は、この一節の典拠は見つかっていないとし、一部は『梵網経』の一節に拠るのではないか、という説を挙げています。本書は、段落の終わりまでを釈迦牟尼仏のことばとしました。「非をきらふことなかれ、行をかんがふることなかれ」は、師の欠点や行いを理由に、その師の説く法から耳をふさいではならない、という戒めと読みました。師のあやまちを非でないとせよ、師の言うこと・することに何であれ従え、という意味ではありません。結びの「ただ般若を尊重するがゆえに」や、師であるかどうかを得法によって見る巻の論旨からも、そう受けとめられます。「百千両の金を食せしむ」は、それに値するほどの供養をする(本書の訳、宗務庁版英訳も同じ向き)とも、惜しみない供養をいう誇張とも取れます。「患脳の心を生ぜしむることなかれ」は、だれの心に生じさせないのかが示されず、自分の心に師へのわずらわしい思いを起こさない、とも、師に悩みの心を起こさせない、とも取れます。「菩提の道、かならずところあり」も、かならず至るところがある(実を結ぶ)とも、かならずあらわれる(宗務庁版英訳)とも取れます。 -
「とかまし」「牆壁をしても参究すべし」「大菩薩の称、つたはれり」【7】、「三賢十聖」「父国」【7】【8】
「とかまし」は、説いてほしい、と願うものと取りましたが、そこにも法を説くであろう、という含みを読むこともできます。「牆壁をしても」は、牆壁に参究させる、牆壁において参究する、牆壁をも参究する(宗務庁版英訳)と幅があり、訳文は原文の形のままにしました。「大菩薩の称」がだれの称かも示されておらず、宗務庁版英訳は野干と取り、その注は天帝釈と読む人もいる、としています。「われは三賢十聖なり」は、自らを菩薩の位にあると言うことへの皮肉と取ることも、位の名をそのまま挙げたものと取ることもできます。「父国をはなれて」は、宗務庁版英訳の注のいう『法華経』の窮子のたとえに沿って、本来の家である仏法を離れて、と取ることも、「父国」を本来の自己・本分の意に取ることもできます。
参考#
- 底本:『正法眼蔵』本山版(九十五巻本)第八「礼拝得髄」
- 参照:曹洞宗宗務庁『Treasury of the True Dharma Eye: Dōgen's Shōbōgenzō』Vol. II(Sōtō Zen Text Project、2023)
- 本巻の諸本での位置と増えた部分についての見方、撰述の時と場所、巻名の由来と巻の主題についての説明、大丈夫・恁麼人・古今人・野狐精・不昧因果(百丈と狐の話)・万縁・寸陰・有心と無心と半心・頭燃・翹足・魔・断臂得髄・脱落身心・吾髄を汝得せる・身心を牀座にして(『法華経』提婆達多品)・稲麻竹葦・釈迦牟尼仏のことばの典拠・発心・若樹若石と若田若里・露柱に問取す(石頭希遷)・牆壁・天帝釈と野干の話・依業・大比丘・得法・法務司・僧正司・三賢十聖・父国(『法華経』信解品)についての説明、百丈懐海・天童如浄・石頭希遷・湛然の生没年と、語注・解説・「読みの分かれるところ」に挙げた英訳の読みは、同書の本文・注・解題によります。