『洗浄』を読む――はじめに#
『正法眼蔵』の七つめの巻、「洗浄」を、原文・現代語訳・解説をそろえて、五回に分けて読んでいきます。宗務庁版英訳の解題によれば、「洗浄」は、宋代の禅院で、便所を用いるときの作法を婉曲にいう言葉でした。
『洗浄』という巻#
巻の終わりには「爾時延応元年己亥冬十月二十三日、在雍州宇治県観音導利興聖宝林寺示衆。」という奥書があり、延応元年(1239年)の冬十月二十三日に、観音導利興聖宝林寺で大衆に示された(示衆)という記録が残されています。宗務庁版英訳の解題では、奥書によれば、この巻は『正法眼蔵』のなかでも最も早い時期の巻の一つで、ひらかれてまもない興聖寺で書かれたものである、とされています。この巻は、宇治の興聖寺で示衆されたとされます。
宗務庁版英訳の解題によれば、この巻は七十五巻本では第五十四の巻にあたり、六十巻本には収められていません。本山版(九十五巻本)では、弁道話・摩訶般若波羅蜜・現成公案・一顆明珠・重雲堂式・即心是仏に続く第七巻に置かれています。また、宗務庁版英訳の「即心是仏」の巻の解題は、同じ1239年の日付をもつ「重雲堂式」「洗浄」「洗面」が、いずれも僧院での修行のありようを主とする巻である、と述べています。
解題はまた、ここに述べられる作法そのものは道元禅師が新しく定めたものではなく、巻の中の引用からもうかがえるように、『禅苑清規』(1103年編)などの清規類に拠っているが、道元禅師はそれに、仏祖の身をもってする修行としての意味を説き加えている、としています。巻は、「仏祖の護持しきたれる修証あり、いはゆる不染汚なり。」という言葉で始まります。そのあとに、爪の切り方、髪の剃り方、そして便所での作法と手の洗い方が、細かく説かれていきます。そして巻の終わりでは、それらの作法が仏祖正伝の威儀であることが説かれ、「仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし。」という一句で巻が閉じられます。
全体の構成と目次#
内容の切れ目にしたがって、次の五回に分けました。巻の最初と最後とに、作法の意味を説く言葉が置かれ、そのあいだに具体的な作法が説かれる、という組み立てになっています。
| 回 | 題 | 内容 |
|---|---|---|
| 第一回 | 修証の不染汚 | 南岳と六祖の問答、浄身の法、『華厳経』浄行品の偈と、洗浄の意義 |
| 第二回 | 爪と髪、大小便の洗浄 | 爪を切ること、長髪・長爪の戒め、洗大小便と舎利弗の話 |
| 第三回 | 二七丸と東司にいたる法 | 樹下・露地での洗浄、東司(便所)へ行くときの作法 |
| 第四回 | 厠内の作法と洗手 | 厠の中での作法、洗浄、手の洗い方 |
| 第五回 | 仏祖正伝の威儀 | この威儀が仏祖の正伝であること、『十誦律』『摩訶僧祇律』の引用、巻末題と奥書 |
各回の読み方#
各回の構成は、これまでの巻と同じです。
- 原文 底本の本文を、段落ごとに【1】【2】…と番号を付けて載せています。仮名づかいは底本のままです。
- 現代語訳 原文の段落番号と対応させて訳しています。漢文の句には、書き下しを示しています。南岳と六祖の問答、経・律・清規の引用、如浄禅師の言葉の書き下しは、本山版に拠る活字本に付けられた読み下しに従いました。奥書の書き下しは本書による一つの読みで、底本の訓ではありません。仏教語や人名は訳さずに残し、「語注」で説明しています。
- 解説 その段で道元禅師が示されていることを、坐禅や日々の暮らしとのつながりとともに、順にたどります。
- 読みの分かれるところ 言葉の取り方によって意味が変わる主な箇所を取り上げ、考えられる読み方を並べました。一つの読みを唯一の正解とはしていません。
- 参考 底本と、参照した資料です。
この巻には、爪の切り方から便所での作法、手の洗い方まで、ごく具体的な作法が細かく説かれています。それらの作法がどのような意味をもつのかは、主に第一回と第五回で説かれます。難しく感じられるときは、まず現代語訳と解説を読み、そのあとで原文に戻っていただくのもよいと思います。
底本と参照資料#
- 底本:『正法眼蔵』本山版(九十五巻本)第七「洗浄」
- 参照:曹洞宗宗務庁『Treasury of the True Dharma Eye: Dōgen's Shōbōgenzō』Vol. IV(Sōtō Zen Text Project、2023)
- 人名や年代、語句の出典の確かめ、読みの分かれる箇所の参考として用いました。本文中で「宗務庁版英訳」と呼んでいるのは、この書物のことです。この書物の日本語本文は本山版とは系統の異なる本文に拠っているため、字句が本山版と違う箇所があります。本書は本山版の本文に従っています。同じ書物の Vol. I にある「即心是仏」の巻の解題も参照しました。
解説は、曹洞宗の宗門の立場から書いています。
前の巻は『即心是仏』です。はじめから読みたい方は『弁道話』を読む――はじめにをご覧ください。